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華は散歩をしようと部屋を出た。部屋の外の廊下は唯一、華が出られる病室の外だった。つわりも大分落ち着き、医師からは安定期に入ったと伝えられた。裕司が見舞いに来たあの日から、華の部屋には誰も来ない。
裕司が来た日の後、医師から転院を勧められたことがあったが、華はできればここにいたいと転院を断った。
病室からは時々検診に来ている妊婦の姿が見えた。お腹の大きい男性の姿も多く、担当の男性看護師の土屋に聞くと、妊娠したオメガの男性だと教えてもらった。この病院はオメガ男性の妊娠出産を多く取り扱っているそうだ。オメガの男性である華が出産するのに、こんなに適した病院はきっと他にない。
どこかの病室から赤ん坊の泣き声がする。華は耳を澄ませて聞き入った。
「菊島さん、お散歩っすか?検温ですよ~」
華は頷いて土屋と共に部屋に向う。ベッドに上がり、検温をしながら土屋は血圧も測定していく。
「体調どうですか?」
「だいぶいいです。やっと食事が楽しみになりました」
「つわりん時、きつそうでしたもんねぇ」
土屋がしみじみと呟いた。森之宮の屋敷にいた時から始まった体調不良が医師に診断されるまでつわりとは知らずに過ごしていたが、日に日に悪化していった。なんともない日はすっきり過ごせるのに、駄目な日は1日中吐き気と嘔吐に苦しんだ。裕司が訪ねてきた日がちょうどひどくなり始めた頃で、あれからしばらく吐き気のひどい日が続いた。せっかく訪ねてきてくれたのに、目の前でひどく吐いてしまった。どうにもならなくて帰ってもらったが、今も気まずさと気恥ずかしさが入り混じっている。ひどい姿を見せたことを謝りたかったが、あれから裕司の姿を見ることはなかった。
「そういえば今日、旦那さん来るんじゃないすか?」
華の考えを打ち切るように、土屋が口を開いた。華は首を傾げた。土屋は今なんと言ったのだろうか。
「誰、ですか?」
「旦那さん、時々来てるじゃないっすか、夜中に。ほんとは駄目なんですよ?でもここ個室だし、院長許可出てるんでオッケーですけど…え、旦那さん、ですよね?あの、イケメンの。顔、間違いないはず…ヤバいんすけど、違う人だと、まじで…」
華は土屋の言葉に困惑した。華に、誰かが訪ねてきた記憶はない。特に夜は睡眠薬を飲んでいて眠ってしまっている。入院したばかりの時、医師からこの部屋には裕司しか来ないから安心してほしいと言われたことを思い出す。来るとすれば、裕司しかいないはずだ。
「この子の、父親です。たぶん。夜寝てるから、気づかなかった」
華はお腹をさする。以前よりもふっくらとしたお腹は、想像していたよりもずっと小さい。
『旦那』と聞いて、華は森之宮の先代の姿を思い起こした。屋敷で旦那様と呼ばれていた裕司と健司の父。旦那と聞くと彼の姿を思い浮かべるくらいには、他の意味を想像できなかった。事情を知らない人から見たら裕司は華の夫で子供の父親だ。子供の父親なのは間違いない。しかし彼が夫であると、華は言えなかった。この子が産まれたら、自分と裕司はどうなるのだろうか。
「睡眠薬、そんなに効いちゃってます?そしたらもう飲むのやめたほうがいいかも。先生と相談しときますよ。てことは、毎回寝顔見に来てたんすかね?ラブラブぅ」
「ラブラブ…なんですかね」
「わざわざ寝顔見に来るって、そんだけ好きなんじゃないっすか?じゃ、薬の件、確認してくるんで。今夜は待っててあげましょう」
土屋はぐっと親指を立てて去っていった。年上だが人当たりのいい土屋に、華は心を開いていた。オメガ男性の出産の多い病院なので男性看護師が数人いるそうだ。オメガとはいえ華も男なので、彼らの存在はありがたかった。
つわりで消耗していた時から妊娠中も飲める睡眠薬を処方してもらっていたが、人の気配に気づかないくらい眠っていたようだ。よく眠れるので助かっていたが、まさかそんなに効いていたなんて華自身気づいていなかった。
本当に、裕司が見舞いに来ているのだろうか。何度も裕司に連絡をしようと思って先延ばしにしてきていた。夜は起きていてみようと華は決心した。
裕司が来た日の後、医師から転院を勧められたことがあったが、華はできればここにいたいと転院を断った。
病室からは時々検診に来ている妊婦の姿が見えた。お腹の大きい男性の姿も多く、担当の男性看護師の土屋に聞くと、妊娠したオメガの男性だと教えてもらった。この病院はオメガ男性の妊娠出産を多く取り扱っているそうだ。オメガの男性である華が出産するのに、こんなに適した病院はきっと他にない。
どこかの病室から赤ん坊の泣き声がする。華は耳を澄ませて聞き入った。
「菊島さん、お散歩っすか?検温ですよ~」
華は頷いて土屋と共に部屋に向う。ベッドに上がり、検温をしながら土屋は血圧も測定していく。
「体調どうですか?」
「だいぶいいです。やっと食事が楽しみになりました」
「つわりん時、きつそうでしたもんねぇ」
土屋がしみじみと呟いた。森之宮の屋敷にいた時から始まった体調不良が医師に診断されるまでつわりとは知らずに過ごしていたが、日に日に悪化していった。なんともない日はすっきり過ごせるのに、駄目な日は1日中吐き気と嘔吐に苦しんだ。裕司が訪ねてきた日がちょうどひどくなり始めた頃で、あれからしばらく吐き気のひどい日が続いた。せっかく訪ねてきてくれたのに、目の前でひどく吐いてしまった。どうにもならなくて帰ってもらったが、今も気まずさと気恥ずかしさが入り混じっている。ひどい姿を見せたことを謝りたかったが、あれから裕司の姿を見ることはなかった。
「そういえば今日、旦那さん来るんじゃないすか?」
華の考えを打ち切るように、土屋が口を開いた。華は首を傾げた。土屋は今なんと言ったのだろうか。
「誰、ですか?」
「旦那さん、時々来てるじゃないっすか、夜中に。ほんとは駄目なんですよ?でもここ個室だし、院長許可出てるんでオッケーですけど…え、旦那さん、ですよね?あの、イケメンの。顔、間違いないはず…ヤバいんすけど、違う人だと、まじで…」
華は土屋の言葉に困惑した。華に、誰かが訪ねてきた記憶はない。特に夜は睡眠薬を飲んでいて眠ってしまっている。入院したばかりの時、医師からこの部屋には裕司しか来ないから安心してほしいと言われたことを思い出す。来るとすれば、裕司しかいないはずだ。
「この子の、父親です。たぶん。夜寝てるから、気づかなかった」
華はお腹をさする。以前よりもふっくらとしたお腹は、想像していたよりもずっと小さい。
『旦那』と聞いて、華は森之宮の先代の姿を思い起こした。屋敷で旦那様と呼ばれていた裕司と健司の父。旦那と聞くと彼の姿を思い浮かべるくらいには、他の意味を想像できなかった。事情を知らない人から見たら裕司は華の夫で子供の父親だ。子供の父親なのは間違いない。しかし彼が夫であると、華は言えなかった。この子が産まれたら、自分と裕司はどうなるのだろうか。
「睡眠薬、そんなに効いちゃってます?そしたらもう飲むのやめたほうがいいかも。先生と相談しときますよ。てことは、毎回寝顔見に来てたんすかね?ラブラブぅ」
「ラブラブ…なんですかね」
「わざわざ寝顔見に来るって、そんだけ好きなんじゃないっすか?じゃ、薬の件、確認してくるんで。今夜は待っててあげましょう」
土屋はぐっと親指を立てて去っていった。年上だが人当たりのいい土屋に、華は心を開いていた。オメガ男性の出産の多い病院なので男性看護師が数人いるそうだ。オメガとはいえ華も男なので、彼らの存在はありがたかった。
つわりで消耗していた時から妊娠中も飲める睡眠薬を処方してもらっていたが、人の気配に気づかないくらい眠っていたようだ。よく眠れるので助かっていたが、まさかそんなに効いていたなんて華自身気づいていなかった。
本当に、裕司が見舞いに来ているのだろうか。何度も裕司に連絡をしようと思って先延ばしにしてきていた。夜は起きていてみようと華は決心した。
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