上 下
15 / 78

14

しおりを挟む
「あ、裕司様、こちらでしたか。華様が目を覚まされましたのでお探ししましたよ。まぁ仲のおよろしいことで」
使用人が部屋を訪れた。姿が見えないと思ったら裕司を探していたらしい。華は裕司から離れた。華の妊娠がわかって数時間、使用人達の態度は一変した。華を裕司の妻として扱い祝福している。彼らに悪気はないのだが、その全てが華の重荷になるのが見て取れた。
「俺がここにいるから。悪いけど、下がってくれるか?」
「ええ、ええ。かしこまりました」
使用人はニコニコと笑い、一礼して部屋を去っていった。使用人達の祝福の空気は裕司ですら負担に感じてしまう。華にとってはそれ以上だろう。
「ここじゃ、なければ…どこでもいい」
華が小さく呟いた。さっきの問いに対する答えだろう。裕司は華を抱えて医師の待つ車へと歩き出した。


病院に到着し、華は個室に通された。ベッドに寝かされ簡単な検査を受けている間、終始無言だった。医師も看護師も部屋を去り、裕司だけが部屋に残された。華はベッドに横になり、ぼんやりとどこかを見つめている。華のそばにより、裕司は声をかけた。
「なにかあったら連絡してくれ。今日は、ゆっくり休んで…今後のことは、また考えよう」 
華が小さく頷いた。裕司の片手が無意識に華に向う。触れる前に手を止めて部屋を出た。



裕司が自宅に着くやいなや、翠が叫びながら駆け寄ってきた。
「華は、あの子はどこなの。あんな体で、どこに連れて行ったの!」
髪を振り乱して半狂乱になっている翠を、裕司はじっと見返した。裕司が華を連れて行ける場所なんて限られている。冷静に考えればすぐに答えは出ると思うが、翠は冷静さを失っている。華の二度目の発情期から会うことがなかったが少しずつおかしくなっていたようだ。きっかけは健司の性別検査だろう。健司がベータだったからだ。アルファだのベータだのくだらないと裕司は思っているが、翠にとっては何よりも大切な事柄なのだろう。ここまで狂ってしまえるほど。
「この人を別荘に連れて行ってくれ。今すぐに」
「は、い?」
裕司はそばにいた翠専属の執事に声をかけた。彼は翠の体を支えている。
「二度言わせるな。アンタら二人でさっさと出て行け」
「何を言っているの?私は華のことを」
「裕司様。奥様もお疲れですし、後日またお話いたしましょう。そもそも、急にそのようなことを言われましても、別荘の準備もございますし…」
執事は翠の話を遮り裕司に笑いかけた。翠よりも遥かに若いが裕司よりも年上の、笑顔と物腰の柔らかい男だ。他人に安堵感を与えるであろうその笑顔を裕司は真っ直ぐ見つめ返す。
「誰に意見してる?」
執事は息を呑んだ。翠も声を殺して裕司を見ている。
「お前はこの家の、アルファの俺に楯突くのか?」
執事はすぐに目を反らした。この家には翠以外に裕司しかアルファがいない。次期当主は裕司になる。その自分に逆らうのかと、裕司はもう一度執事と翠に語りかける。
「この女は二度とこの家には入れない。華にも近づけさせない。わかったらさっさと行け」
「…奥様、お部屋に戻りましょう。車を手配します」
執事は半ば強引に翠を引きずっていった。翠はまだ何か言っていたが、裕司は背を向けて別の使用人を探した。見かけた年配の執事に弁護士に連絡するよう伝え、裕司は自室に戻る。裕司は扉の前に座り込んだ。今日一日、とても長い時間が過ぎた気がする。
華が妊娠した。子供の父親が自分だった。
裕司の両手が震える。裕司は頭を抱えた。
何よりも大切で守りたいと願っていた相手を自分自身が傷つけた。よりにもよって、あんなに怖がっていたのに。
裕司は眠れない一夜を過ごした。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛
BL
ハピエン約束! 義兄にしか興味がない弟 × 無自覚に翻弄する優しい義兄  番外編は11月末までまだまだ続きます~  <あらすじ> 「柚希、あの人じゃなく、僕を選んで」   過剰な愛情を兄に注ぐ和哉と、そんな和哉が可愛くて仕方がない柚希。 二人は親の再婚で義兄弟になった。 ある日ヒートのショックで意識を失った柚希が覚めると項に覚えのない噛み跡が……。 アルファの恋人と番になる決心がつかず、弟の和哉と宿泊施設に逃げたはずだったのに。なぜ? 柚希の首を噛んだのは追いかけてきた恋人か、それともベータのはずの義弟なのか。 果たして……。 <登場人物> 一ノ瀬 柚希 成人するまでβ(判定不能のため)だと思っていたが、突然ヒートを起こしてΩになり 戸惑う。和哉とは元々友人同士だったが、番であった夫を亡くした母が和哉の父と再婚。 義理の兄弟に。家族が何より大切だったがあることがきっかけで距離を置くことに……。 弟大好きのブラコンで、推しに弱い優柔不断な面もある。 一ノ瀬 和哉 幼い頃オメガだった母を亡くし、失意のどん底にいたところを柚希の愛情に救われ 以来彼を一途に愛する。とある理由からバース性を隠している。 佐々木 晶  柚希の恋人。柚希とは高校のバスケ部の先輩後輩。アルファ性を持つ。 柚希は彼が同情で付き合い始めたと思っているが、実際は……。 この度、以前に投稿していた物語をBL大賞用に改稿・加筆してお届けします。 第一部・第二部が本篇 番外編を含めて秋金木犀が香るころ、ハロウィン、クリスマスと物語も季節と共に 進行していきます。どうぞよろしくお願いいたします♡ ☆エブリスタにて2021年、年末年始日間トレンド2位、昨年夏にはBL特集に取り上げて 頂きました。根強く愛していただいております。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

処理中です...