森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

Oj

文字の大きさ
上 下
14 / 78

13

しおりを挟む
華の泣き声が聞こえる。華はベッドの隅で体を震わせて泣いていた。さっき健司とすれ違った。何をしたのか問いただすべきだったかもしれない。
「ゆ、うじ」
華がこちらに気づいた。駆け寄ると、華が裕司の袖を掴む。
「こ、ここは、いやだ。ここに、いたくない」
「健司に、何された?」
華は首を横に振る。何もされていないはずがない。再度問いただしても華は涙を流すだけで何も答えなかった。華のしゃくりあげる声が大きくなり、呼吸が短くなっていく。また気を失ってしまうかもしれない。裕司は華の体を抱きしめて背中を擦る。
「落ち着け華。大丈夫。大丈夫だから…」
華は深呼吸を繰り返した。妊娠がわかり、翠と医師を怒鳴りつけていた時、気づけば華は眠るように意識を失っていた。
この家には華の平穏を脅かす障害が多すぎる。
「華、病院に入院しよう」
裕司は華が気を失ってからのことを思い出す。


翠は子供を諦めることはありえないと騒ぎ立てていたが、使用人に指示して翠の部屋に連れて行かせた。裕司は医師と向かい合う。
『どうして華に抑制剤を渡さなかった』
『それは、奥様の命令で』
『華は三日間部屋に閉じ込められて苦しんだ。俺の、アルファの抑制剤が効かないほど匂いを撒き散らしてた。本人が妊娠を望んでないことも知ってたよな?』 
裕司は爆発しそうな怒りを押し殺して医師に語りかけた。医師は歯を食いしばっている。オメガの抑制剤には避妊効果もある。万が一、華が閉じ込められていたあの時に、この家に別のアルファがいたらどうなっていたのか。もしも、健司がアルファだったら。
彼は産婦人科の医師だと言っていた。望まれない子供がどうなるか、その母親がどれだけ苦しむか、知らないはずがない。オメガの抑制剤には次の発情期の症状を抑える効果もある。抑制剤を貰えていれば発情期にあそこまで苦しむこともなかったはずだ。
『…霧島さんは今は産みたくないとおっしゃっていました。咄嗟に、緊急避妊薬を…』
医師は華に対して深い後悔を抱いているようだ。握りしめた手が震えている。
『華をここに置いておけない』
『…わかりました。特別室を準備します』
医師は頭を下げて携帯を取り出しながら部屋を出ていった。裕司は改めて華に向き合った。顔色の悪い華から寝息が聞こえる。医師が失神したまま眠ってしまったのだろうと言っていた。ここ何日か、華の体調は良くなかった。風邪だろうから近づかないようにしてほしいと言われて鵜呑みにしてしまっていた。まさか妊娠による体調不良だったなんて、想像もしていなかった。


裕司は華の部屋を出て階下へ降りた。古株の使用人に、華を見守るよう声をかける。その場にエリカの姿もあったが、彼女に頼むのはやめた。彼女に悪意がなかったとしても、今は華のそばに行かせないほうがいいだろう。
『準備が整いました』
玄関ホールに医師の姿が見えた。医師をダイニングルームに迎え入れる。今ダイニングには誰もいない。
『この家の人間誰にも伝えないで連れて行く。わかってるよな?華になにかあったら』
『私が責任を持って診察させていただきます。病室にもあなた以外は通さないよう、スタッフに徹底させます…こんなことしかできませんが、せめて、償わせていただきたい』
医師は深々と頭を下げた。華の妊娠に、深い自責の念を抱いているようだ。二度目の発情期に抑制剤を処方してくれていればこんなことにはならなかったはずだ。望まれない子供の妊娠に加担したことは、この男にとって深い傷になったらしい。
裕司は医師を見下ろしながら、これなら華を任せられるだろうと思った。こちらに負い目がある方が、なにかと使いやすい。裕司は華の部屋に向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

処理中です...