上 下
6 / 78

5

しおりを挟む
母から、華がオメガとして発情期を迎えたと教えられた。そのため華は学校へも行けず、部屋に閉じこもったままだ。健司が一度部屋を訪れたとき、華は顔色悪く椅子に座っていた。
「次の発情期に俺の部屋に来てほしい」
華は大きく震えると、小さく首を振った。健司の部屋では嫌なのだろうか。
「じゃあ、この部屋のほうがいいか?」
華は大きく首を振る。顔を上げた華は涙を零していた。泣き出した華に、健司は驚いた。
「どうしたんだ、華」
しゃくりあげながら泣く華に近づく。華は怯えているように見える。
「…ごめん、なさい、僕、子供、は…」
健司は華を抱きしめて背中をさすった。どうやら興奮しているらしい。落ち着かせてやらなければ。発情期を迎えたあと、華は健司の妻になる。
「う、産みたく、な…」
「オメガがアルファの子供を産むのは当然だ。まして、森之宮の家に預けられた理由を、お前自身も知っているだろう」
華が息を呑む音がした。健司は心底不思議だった。華はなぜこんなに怯えているのか。もしかしたらオメガであることに劣等感を抱いて不安になっているのかもしれない。
森之宮家の嫁という肩書は、華には荷が重いのだろう。健司は華に優しく言い聞かせる。
「森之宮家の当主である俺の子供が産めるんだ。何も不安に思わなくていい」
正直健司も、まだ子供を作るには早いと思っていた。健司も華も大学を卒業して落ち着いてから、と考えていた。しかし、今のうちから作れるときに子供を作り、産めるときに産んでもらわなければ、本格的に当主としての責務を負うころにはそんな暇はなくなっているだろう。それが当主代行である母の考えだった。母は中々妊娠せずに苦労したと聞いている。早いうちに産めるだけ子供を産ませたいのだろう。
出産の時には森之宮の妻として手厚くもてなされる。子育てもシッターに任せられる。華はただ子供を産むだけでいい。健司は体を離し、華の目をまっすぐ見つめた。
「たくさん子供を作ろう」
華の涙で濡れた瞳は、光を失っていた。


それから一ヶ月が経った。華が発情期を迎えたと母から連絡が入った。次の発情期が来るには早いが、発情期を迎えたばかりの未成熟な時期にはよくあるらしい。
健司は学校を終えて帰宅し、母の書斎へ向かった。
「おかえりなさい。さっき連絡をした通りよ。オメガに孕ませるなんて、本意ではないのだけど」
次の当主にオメガの妻を指定したのは先代、健司と裕司の父だ。母はそれを快く思っていない。選民思考の強い母にとってアルファこそが至高であり、オメガは下賤の者。それが母の信条だった。できることならアルファ同士のほうがいいのだろうが、健司は亡くなった父の意向に沿いたかった。まして他の誰かと子供を作るくらいなら、慣れ親しんだ華のほうが良い。しかし、健司の中でやはり年齢がひっかかっていた。母親になる華はともかく、まだ17歳の自分が、父親になれるのだろうか。
「母さん。やはりまだ子供は早いのでは」
「今でなければだめなのよ!」
母は突然金切り声をあげた。勢いに健司は気圧される。
「発情したオメガはアルファの本能を引きずり出してくれる。華の部屋に入れば、あとは体が教えてくれるはずです。大丈夫よ健司。あなたはアルファなのだから。今すぐに、華の部屋へ行きましょう」
母と共に華の部屋へ向かう。華の部屋が近づくにつれて、母は鼻を抑えて顔をしかめていた。
「なんて、ひどいにおいなの…健司、ここからは一人で行ってちょうだい。私は部屋に戻ります。これだけの匂いだもの。きっと大丈夫」
健司は母から鍵を受け取る。最後は自分に言い聞かせるように呟いて、健司の母は素早く背中を向けて来た道を引き返していった。華の部屋のドアを鍵を使って開ける。このとき初めて華の部屋に外から鍵がかかることを知った。扉を開けた瞬間、床を這う華の姿が目に飛び込んできた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

花婿候補は冴えないαでした

BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

処理中です...