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あれから何時間が経ったのか。二人は華のベッドの上にいる。華が裕司の体の下でぐったりと力を失っていた。虚ろな両目は何も写していない。
「っ、華!」
裕司は制服のポケットから薬を取り出して華の口に押し飲む。部屋の水差しからコップへ水を移して華の口にあてがった。
「…お前が欲しいのは、俺の子供じゃない」
華の口から水がこぼれ落ちる。
「起きろ華!このままじゃ妊娠するぞ!」
裕司が妊娠と口にした瞬間、びくんと体が跳ねた。華は自分からコップを掴み、水を飲み干した。肩で大きく呼吸をする華の口の中に、錠剤は見当たらない。
華は青い顔で首に手を当てた。裕司は嫌な予感がして華の首筋を確認する。傷や噛み跡は、なかった。
「噛んでない。俺たちは、番になってない」
裕司は自分にも言い聞かせるように呟いた。ほっとした。華を抱いていた間の記憶が曖昧で、知らぬ間に噛みついてしまったかと思った。
裕司はまさかオメガのヒートがここまでとは思っていなかった。華がオメガである可能性は高い。自分がアルファである以上、なるべく近寄らないほうが良い。しかし、それでも自制ができると裕司は思っていた。本能など理性で押し込めるし、そうするべきだと思っていた。
甘かった、と裕司は思い知った。発情期に当てられて、華の中に出す以外考えられなくなった。せめて傷つけないように噛まないようにと思っていたような気がするが、それすら記憶は曖昧になっている。あまりに強い衝動に、裕司は心底恐怖を覚えた。
「いまの、は…?」
「今日、学校でもらった。アフターピルってやつ、やったあとに飲めば妊娠しないらしい」
華の体が震えている。ぽたぽたとシーツに水滴が落ちた。
「にん、し…僕、やっぱり、オメガ、に…」
華はうずくまって嗚咽を漏らした。オメガであることは両親の性を考えればわかることだと思うが、華はショックを受けている。華本人は自分がオメガであると、まだ知らなかったようだ。健司の番になりたがっていた華は、オメガであることを望んでいたのではないのだろうか。
「いやだ…僕は、男、なのに、…妊娠、したく、な…」
「華…」
裕司が震える華に手を伸ばす。裕司の掌が華に届く前に、部屋の扉が開いた。
「なぜあなたがここにいるの、裕司」
裕司の母、翠が部屋に入ってきた。華と裕司の衣服の乱れを見てすぐに何が起きたか察したようだ。翠が眉間に深いシワを刻む。
「発情期がきたのね。健司が来るまで待てなかったの?本当にオメガは卑しいのね。裕司、あなたも、健司には黙ってなさい」
翠は華の首を確認すると安堵の息を吐き出した。翠は震える華を見下ろす。
「華が中古品だなんて、ね」
翠は華を蔑むように笑った。華は震えながら嗚咽をこらえている。裕司は翠に飛びつき胸ぐらを掴んだ。
「ババア、てめぇ、」
「出ていきなさい裕司。この子は次期当主である健司のものです。華、これから部屋を出ないように。そこの。医者を呼んでちょうだい。孕まれたら困るわ」
「かしこまりました!」
翠は扉の外に声をかける。外にいたのは使用人だろう。大きな声で返事をして足音が遠ざかっていった。
「いつまでこうしているつもりなの?裕司。華、身を清めなさい」
裕司は翠を殴りつけてやろうと握りしめていた拳を開いた。翠を殴っても、華の処遇は変わらない。それどころか、悪くなるかもしれない。
裕司は翠から手を放した。体にシーツを巻き付けた華が、ゆっくりとベッドを降りる。おぼつかない足取りで浴室へ向かっていた。
「華、悪かった」
裕司は華の背中に声をかけ、部屋を後にした。


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