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「菊島、課題終わった?」
菊島華は友人に声をかけられた。高校2年生に進級し、17歳になった。森之宮のおかげでこうして高校にも通えている。この辺では有名な私立高で、森之宮の子息である健司と裕司も通っている。他の生徒たちも家庭が裕福であり、上流階級の子供達ばかりだ。
健司と裕司と同じ学年だが、クラスが違うので顔を合わせることは少ない。特に裕司は学校に限らず高校に入学してからほとんど話さなくなった。
「うん。難しかったけど、なんとか」
「生徒会長に教えてもらったんだろ?あの人ならこんなの余裕だもんなぁ」
「健司さんは忙しいから。僕なんかに構ってる時間はないよ」
言えば教えてくれただろうが、健司の時間を割く勇気はない。健司は高校では生徒会長として信頼が厚く、家では当時期主として期待を背負っている。なにかと気にかけてくれるが、最近では頻度も減っていた。
「次の授業、視聴覚室に移動だって」
「うん。行こう」
次の授業は保健で、第二性についての授業だ。華は友人と連れ立って教室を出た。
この世界には男女の他に、第二の性別がある。数が少なく優秀な人間の多いアルファ。ほぼ全ての人間に当てはまる一般的なベータ。男女問わず妊娠可能なオメガ。オメガはアルファと同じく数が少なく希少である。
人により年齢に差はあるが、だいたい18歳で発情期がくる。そのため17歳から定期的に検査を行い、性別を確定させていく。
発情期を迎えたオメガは妊娠可能となる。発情期に発する匂い、フェロモンはアルファを誘い妊娠を誘発する。このフェロモンにアルファは逆らえず、これにより望まない妊娠をするオメガもいる。オメガは自衛のため、性別がわかり次第薬による抑制や避妊が勧められている。
また、アルファとオメガにのみ、番という結びつきができる。オメガはアルファに首を噛まれることで番となる。番になったオメガは番相手のアルファの匂いにしか反応できず、発情期を番のアルファとでしか解消できなくなる。
基本的に親の第二性が引き継がれていく。アルファ同士はアルファが、ベータ同士はベータが産まれやすいが、アルファ同士は中々妊娠が成立しない。極稀に親とは別の第二性が産まれることがある。
「各々第二性についてよく学び、検査結果について不安のあるものは校医や主治医に相談するように」
映像を交えながらの授業終わった。華は動けずにいた。
「菊島、教室戻ろうぜ」
友人が声をかけてきた。華は吐き気を堪らえて返事をする。
「ちょっと、保健室、行ってくる。先生に、言っておいて」
華は少しその場で休んだあと、保健室に向けて歩き出した。他のクラスの生徒が入れ違いでやってくる。その中に健司の姿があった。
「華。どうした?」
「健司、さん」
廊下の壁にもたれながら歩く華に、健司は駆け寄ってくる。
「顔色が悪いな。早退したほうがいいんじゃないか?」
「いえ、平気です。なんでもありません」
華は首を振って答えた。早退すれば、森之宮家の奥様がいい顔をしないだろう。迎えの車を呼ぼうとする健司を次の授業へ促す。
「保健室で少し、休みます。行ってください」
華は無理に笑顔を作って健司を見送った。健司のクラスはこれから同じ授業を受けるのだろう。
華はゆっくりと保健室に向かう。あたりは人気がなく、しんとしている。始業の鐘がなった。
嫌なタイミングで健司と出くわしてしまった。先程の授業を思い出す。
発情期を迎えたオメガは妊娠可能となる。
華の両親はオメガだった。父は幼い頃に他界している。元々体が弱かったが、番のいない発情期に耐えられなかったそうだ。母は抑制剤のおかけで存命だが、華が預けられてからアルファのいる森之宮家の屋敷にきたことはなかった。
基本的に、親の第2性が引き継がれていく。
華の第2性がオメガである可能性はかなり高い。あと数年、はやければ来年にでも発情期がきてしまうかもしれない。
そうなれば華は、健司か裕司の子を産むことになるだろう。
華が森之宮の家に引き取られたのはそのためでもある。
アルファ同士は中々妊娠が成立しない。
健司と裕司の両親はふたりともアルファだ。健司と裕司ができるまでに長い時間がかかったらしい。亡くなった前当主は、次の当主の番にオメガをあてがうことにした。オメガは妊娠に特化した性別だ。特にアルファに対してその能力を高く発揮する。発情期の性行為では、ほぼ間違いなくアルファの子供をその身に宿すらしい。最近では毎週医師が華の自室を訪れ、血液検査を受けている。当主である奥様の命令だった。華がオメガであるという確証を見逃さないためだ。華のオメガが確定したら、産む道具にさせられる。
階段の踊り場までたどり着いて、華はその場に座り込んだ。階下に保健室が見えているが、もう歩けそうにない。
周りの大人から華はどちらかの、当主となる人間の番になるのだと教え込まれてきた。
これまで自分がオメガかもしれないとぼんやり考えていたが、今日、生々しく現実を見せ付けられた。授業の中でそれぞれの第二性の行為や出産の映像も流れた。それは知識として華の頭に入っていたが、自分のことして受け止めきれていなかった。なにより、友人達が笑って指をさしながら映像を見ている姿に恐怖を覚えた。アルファであるだろう彼らの、オメガに対する本心を見せつけられた。これまでなんの隔たりもなく共に学んで遊んできた彼らは自分と対等ではなかった。それどころか欲のはけ口の対象と言ってもいいような存在だった。今更、わかっていたはずなのに、華は心をえぐられた。オメガとわかれば彼らの欲のはけ口にされてしまうだろう。相手がアルファであればあの行為に及ばなければならない。アルファ相手に、オメガに拒否権はない。その上妊娠をすれば体の変化と出産の苦痛を味わうことになる。
その瞬間が、すぐ目の前まできている。
「ふ、うっ」
華は必死にこみ上げるてくるものを抑え込む。階段を駆け下りる足音と共に、誰かが華の両肩を包んだ。華が顔を上げると、裕司の青い顔が目に入った。
「お前、何してんだよ!大丈夫か?!」
「っ、さ、触らないで!」
こんな時間に、裕司こそ何をしているのか。そんな疑問を口に出す前に、華は咄嗟に肩に置かれた裕司の手を振り払った。距離を取ってから、華は自分の行動に気づく。森之宮家の人間に取るべき態度ではない。
「ご、ごめんなさい。具合が、悪くて、保健室に行こうと」
「…階段降りるまで、我慢しろよ」
華は裕司に横抱きに抱えられた。体躯の良い裕司は軽々と華を抱えたまま、階段を降りていく。
「裕司さん、自分で歩けますから、」
「それ、やめろ。さんつけんな」
裕司は華を抱えたまま保健室の扉を開く。中には女性の養護教諭がいた。
「あら!どうしたの?」
「コイツ具合悪いって。ベッド借りる」
裕司は華の靴を取り、丁寧にベッドに寝かせた。養護教諭が近づいてくる。
「悪化したら病院連れてくから教えて。家に帰すとババアがうるせぇから」
「こら、口が悪いわよ。あなたはちゃんと授業に出なさいね」
「うぃー。…じゃあな、華。ちゃんと休めよ」
裕司は保健室から去っていった。久しぶりに話をした裕司は、昔と変わらなかった。口は悪いが、本当は優しい。裕司の本当の性格に気づいたのは小学生の高学年になった頃だ。もっと小さいときは、ぶっきらぼうな裕司が怖かった。今は別の理由で裕司にも健司にも恐怖を感じている。
華は何度も寝返りを打ち、眠れない時間をやり過ごした。
菊島華は友人に声をかけられた。高校2年生に進級し、17歳になった。森之宮のおかげでこうして高校にも通えている。この辺では有名な私立高で、森之宮の子息である健司と裕司も通っている。他の生徒たちも家庭が裕福であり、上流階級の子供達ばかりだ。
健司と裕司と同じ学年だが、クラスが違うので顔を合わせることは少ない。特に裕司は学校に限らず高校に入学してからほとんど話さなくなった。
「うん。難しかったけど、なんとか」
「生徒会長に教えてもらったんだろ?あの人ならこんなの余裕だもんなぁ」
「健司さんは忙しいから。僕なんかに構ってる時間はないよ」
言えば教えてくれただろうが、健司の時間を割く勇気はない。健司は高校では生徒会長として信頼が厚く、家では当時期主として期待を背負っている。なにかと気にかけてくれるが、最近では頻度も減っていた。
「次の授業、視聴覚室に移動だって」
「うん。行こう」
次の授業は保健で、第二性についての授業だ。華は友人と連れ立って教室を出た。
この世界には男女の他に、第二の性別がある。数が少なく優秀な人間の多いアルファ。ほぼ全ての人間に当てはまる一般的なベータ。男女問わず妊娠可能なオメガ。オメガはアルファと同じく数が少なく希少である。
人により年齢に差はあるが、だいたい18歳で発情期がくる。そのため17歳から定期的に検査を行い、性別を確定させていく。
発情期を迎えたオメガは妊娠可能となる。発情期に発する匂い、フェロモンはアルファを誘い妊娠を誘発する。このフェロモンにアルファは逆らえず、これにより望まない妊娠をするオメガもいる。オメガは自衛のため、性別がわかり次第薬による抑制や避妊が勧められている。
また、アルファとオメガにのみ、番という結びつきができる。オメガはアルファに首を噛まれることで番となる。番になったオメガは番相手のアルファの匂いにしか反応できず、発情期を番のアルファとでしか解消できなくなる。
基本的に親の第二性が引き継がれていく。アルファ同士はアルファが、ベータ同士はベータが産まれやすいが、アルファ同士は中々妊娠が成立しない。極稀に親とは別の第二性が産まれることがある。
「各々第二性についてよく学び、検査結果について不安のあるものは校医や主治医に相談するように」
映像を交えながらの授業終わった。華は動けずにいた。
「菊島、教室戻ろうぜ」
友人が声をかけてきた。華は吐き気を堪らえて返事をする。
「ちょっと、保健室、行ってくる。先生に、言っておいて」
華は少しその場で休んだあと、保健室に向けて歩き出した。他のクラスの生徒が入れ違いでやってくる。その中に健司の姿があった。
「華。どうした?」
「健司、さん」
廊下の壁にもたれながら歩く華に、健司は駆け寄ってくる。
「顔色が悪いな。早退したほうがいいんじゃないか?」
「いえ、平気です。なんでもありません」
華は首を振って答えた。早退すれば、森之宮家の奥様がいい顔をしないだろう。迎えの車を呼ぼうとする健司を次の授業へ促す。
「保健室で少し、休みます。行ってください」
華は無理に笑顔を作って健司を見送った。健司のクラスはこれから同じ授業を受けるのだろう。
華はゆっくりと保健室に向かう。あたりは人気がなく、しんとしている。始業の鐘がなった。
嫌なタイミングで健司と出くわしてしまった。先程の授業を思い出す。
発情期を迎えたオメガは妊娠可能となる。
華の両親はオメガだった。父は幼い頃に他界している。元々体が弱かったが、番のいない発情期に耐えられなかったそうだ。母は抑制剤のおかけで存命だが、華が預けられてからアルファのいる森之宮家の屋敷にきたことはなかった。
基本的に、親の第2性が引き継がれていく。
華の第2性がオメガである可能性はかなり高い。あと数年、はやければ来年にでも発情期がきてしまうかもしれない。
そうなれば華は、健司か裕司の子を産むことになるだろう。
華が森之宮の家に引き取られたのはそのためでもある。
アルファ同士は中々妊娠が成立しない。
健司と裕司の両親はふたりともアルファだ。健司と裕司ができるまでに長い時間がかかったらしい。亡くなった前当主は、次の当主の番にオメガをあてがうことにした。オメガは妊娠に特化した性別だ。特にアルファに対してその能力を高く発揮する。発情期の性行為では、ほぼ間違いなくアルファの子供をその身に宿すらしい。最近では毎週医師が華の自室を訪れ、血液検査を受けている。当主である奥様の命令だった。華がオメガであるという確証を見逃さないためだ。華のオメガが確定したら、産む道具にさせられる。
階段の踊り場までたどり着いて、華はその場に座り込んだ。階下に保健室が見えているが、もう歩けそうにない。
周りの大人から華はどちらかの、当主となる人間の番になるのだと教え込まれてきた。
これまで自分がオメガかもしれないとぼんやり考えていたが、今日、生々しく現実を見せ付けられた。授業の中でそれぞれの第二性の行為や出産の映像も流れた。それは知識として華の頭に入っていたが、自分のことして受け止めきれていなかった。なにより、友人達が笑って指をさしながら映像を見ている姿に恐怖を覚えた。アルファであるだろう彼らの、オメガに対する本心を見せつけられた。これまでなんの隔たりもなく共に学んで遊んできた彼らは自分と対等ではなかった。それどころか欲のはけ口の対象と言ってもいいような存在だった。今更、わかっていたはずなのに、華は心をえぐられた。オメガとわかれば彼らの欲のはけ口にされてしまうだろう。相手がアルファであればあの行為に及ばなければならない。アルファ相手に、オメガに拒否権はない。その上妊娠をすれば体の変化と出産の苦痛を味わうことになる。
その瞬間が、すぐ目の前まできている。
「ふ、うっ」
華は必死にこみ上げるてくるものを抑え込む。階段を駆け下りる足音と共に、誰かが華の両肩を包んだ。華が顔を上げると、裕司の青い顔が目に入った。
「お前、何してんだよ!大丈夫か?!」
「っ、さ、触らないで!」
こんな時間に、裕司こそ何をしているのか。そんな疑問を口に出す前に、華は咄嗟に肩に置かれた裕司の手を振り払った。距離を取ってから、華は自分の行動に気づく。森之宮家の人間に取るべき態度ではない。
「ご、ごめんなさい。具合が、悪くて、保健室に行こうと」
「…階段降りるまで、我慢しろよ」
華は裕司に横抱きに抱えられた。体躯の良い裕司は軽々と華を抱えたまま、階段を降りていく。
「裕司さん、自分で歩けますから、」
「それ、やめろ。さんつけんな」
裕司は華を抱えたまま保健室の扉を開く。中には女性の養護教諭がいた。
「あら!どうしたの?」
「コイツ具合悪いって。ベッド借りる」
裕司は華の靴を取り、丁寧にベッドに寝かせた。養護教諭が近づいてくる。
「悪化したら病院連れてくから教えて。家に帰すとババアがうるせぇから」
「こら、口が悪いわよ。あなたはちゃんと授業に出なさいね」
「うぃー。…じゃあな、華。ちゃんと休めよ」
裕司は保健室から去っていった。久しぶりに話をした裕司は、昔と変わらなかった。口は悪いが、本当は優しい。裕司の本当の性格に気づいたのは小学生の高学年になった頃だ。もっと小さいときは、ぶっきらぼうな裕司が怖かった。今は別の理由で裕司にも健司にも恐怖を感じている。
華は何度も寝返りを打ち、眠れない時間をやり過ごした。
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