上 下
2 / 78

1

しおりを挟む
「菊島、課題終わった?」
菊島華は友人に声をかけられた。高校2年生に進級し、17歳になった。森之宮のおかげでこうして高校にも通えている。この辺では有名な私立高で、森之宮の子息である健司と裕司も通っている。他の生徒たちも家庭が裕福であり、上流階級の子供達ばかりだ。
健司と裕司と同じ学年だが、クラスが違うので顔を合わせることは少ない。特に裕司は学校に限らず高校に入学してからほとんど話さなくなった。
「うん。難しかったけど、なんとか」
「生徒会長に教えてもらったんだろ?あの人ならこんなの余裕だもんなぁ」
「健司さんは忙しいから。僕なんかに構ってる時間はないよ」
言えば教えてくれただろうが、健司の時間を割く勇気はない。健司は高校では生徒会長として信頼が厚く、家では当時期主として期待を背負っている。なにかと気にかけてくれるが、最近では頻度も減っていた。
「次の授業、視聴覚室に移動だって」
「うん。行こう」
次の授業は保健で、第二性についての授業だ。華は友人と連れ立って教室を出た。


この世界には男女の他に、第二の性別がある。数が少なく優秀な人間の多いアルファ。ほぼ全ての人間に当てはまる一般的なベータ。男女問わず妊娠可能なオメガ。オメガはアルファと同じく数が少なく希少である。
人により年齢に差はあるが、だいたい18歳で発情期がくる。そのため17歳から定期的に検査を行い、性別を確定させていく。
発情期を迎えたオメガは妊娠可能となる。発情期に発する匂い、フェロモンはアルファを誘い妊娠を誘発する。このフェロモンにアルファは逆らえず、これにより望まない妊娠をするオメガもいる。オメガは自衛のため、性別がわかり次第薬による抑制や避妊が勧められている。
また、アルファとオメガにのみ、番という結びつきができる。オメガはアルファに首を噛まれることで番となる。番になったオメガは番相手のアルファの匂いにしか反応できず、発情期を番のアルファとでしか解消できなくなる。
基本的に親の第二性が引き継がれていく。アルファ同士はアルファが、ベータ同士はベータが産まれやすいが、アルファ同士は中々妊娠が成立しない。極稀に親とは別の第二性が産まれることがある。


「各々第二性についてよく学び、検査結果について不安のあるものは校医や主治医に相談するように」
映像を交えながらの授業終わった。華は動けずにいた。
「菊島、教室戻ろうぜ」
友人が声をかけてきた。華は吐き気を堪らえて返事をする。
「ちょっと、保健室、行ってくる。先生に、言っておいて」
華は少しその場で休んだあと、保健室に向けて歩き出した。他のクラスの生徒が入れ違いでやってくる。その中に健司の姿があった。
「華。どうした?」
「健司、さん」
廊下の壁にもたれながら歩く華に、健司は駆け寄ってくる。
「顔色が悪いな。早退したほうがいいんじゃないか?」
「いえ、平気です。なんでもありません」
華は首を振って答えた。早退すれば、森之宮家の奥様がいい顔をしないだろう。迎えの車を呼ぼうとする健司を次の授業へ促す。
「保健室で少し、休みます。行ってください」
華は無理に笑顔を作って健司を見送った。健司のクラスはこれから同じ授業を受けるのだろう。
華はゆっくりと保健室に向かう。あたりは人気がなく、しんとしている。始業の鐘がなった。
嫌なタイミングで健司と出くわしてしまった。先程の授業を思い出す。
発情期を迎えたオメガは妊娠可能となる。
華の両親はオメガだった。父は幼い頃に他界している。元々体が弱かったが、番のいない発情期に耐えられなかったそうだ。母は抑制剤のおかけで存命だが、華が預けられてからアルファのいる森之宮家の屋敷にきたことはなかった。
基本的に、親の第2性が引き継がれていく。
華の第2性がオメガである可能性はかなり高い。あと数年、はやければ来年にでも発情期がきてしまうかもしれない。
そうなれば華は、健司か裕司の子を産むことになるだろう。
華が森之宮の家に引き取られたのはそのためでもある。
アルファ同士は中々妊娠が成立しない。
健司と裕司の両親はふたりともアルファだ。健司と裕司ができるまでに長い時間がかかったらしい。亡くなった前当主は、次の当主の番にオメガをあてがうことにした。オメガは妊娠に特化した性別だ。特にアルファに対してその能力を高く発揮する。発情期の性行為では、ほぼ間違いなくアルファの子供をその身に宿すらしい。最近では毎週医師が華の自室を訪れ、血液検査を受けている。当主である奥様の命令だった。華がオメガであるという確証を見逃さないためだ。華のオメガが確定したら、産む道具にさせられる。
階段の踊り場までたどり着いて、華はその場に座り込んだ。階下に保健室が見えているが、もう歩けそうにない。
周りの大人から華はどちらかの、当主となる人間の番になるのだと教え込まれてきた。
これまで自分がオメガかもしれないとぼんやり考えていたが、今日、生々しく現実を見せ付けられた。授業の中でそれぞれの第二性の行為や出産の映像も流れた。それは知識として華の頭に入っていたが、自分のことして受け止めきれていなかった。なにより、友人達が笑って指をさしながら映像を見ている姿に恐怖を覚えた。アルファであるだろう彼らの、オメガに対する本心を見せつけられた。これまでなんの隔たりもなく共に学んで遊んできた彼らは自分と対等ではなかった。それどころか欲のはけ口の対象と言ってもいいような存在だった。今更、わかっていたはずなのに、華は心をえぐられた。オメガとわかれば彼らの欲のはけ口にされてしまうだろう。相手がアルファであればあの行為に及ばなければならない。アルファ相手に、オメガに拒否権はない。その上妊娠をすれば体の変化と出産の苦痛を味わうことになる。
その瞬間が、すぐ目の前まできている。
「ふ、うっ」
華は必死にこみ上げるてくるものを抑え込む。階段を駆け下りる足音と共に、誰かが華の両肩を包んだ。華が顔を上げると、裕司の青い顔が目に入った。
「お前、何してんだよ!大丈夫か?!」
「っ、さ、触らないで!」
こんな時間に、裕司こそ何をしているのか。そんな疑問を口に出す前に、華は咄嗟に肩に置かれた裕司の手を振り払った。距離を取ってから、華は自分の行動に気づく。森之宮家の人間に取るべき態度ではない。
「ご、ごめんなさい。具合が、悪くて、保健室に行こうと」
「…階段降りるまで、我慢しろよ」
華は裕司に横抱きに抱えられた。体躯の良い裕司は軽々と華を抱えたまま、階段を降りていく。
「裕司さん、自分で歩けますから、」 
「それ、やめろ。さんつけんな」
裕司は華を抱えたまま保健室の扉を開く。中には女性の養護教諭がいた。
「あら!どうしたの?」
「コイツ具合悪いって。ベッド借りる」
裕司は華の靴を取り、丁寧にベッドに寝かせた。養護教諭が近づいてくる。
「悪化したら病院連れてくから教えて。家に帰すとババアがうるせぇから」
「こら、口が悪いわよ。あなたはちゃんと授業に出なさいね」
「うぃー。…じゃあな、華。ちゃんと休めよ」
裕司は保健室から去っていった。久しぶりに話をした裕司は、昔と変わらなかった。口は悪いが、本当は優しい。裕司の本当の性格に気づいたのは小学生の高学年になった頃だ。もっと小さいときは、ぶっきらぼうな裕司が怖かった。今は別の理由で裕司にも健司にも恐怖を感じている。
華は何度も寝返りを打ち、眠れない時間をやり過ごした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

陽キャのフリした陰キャ配信者がコラボきっかけで付き合う話

柴原 狂
BL
配信者×配信者のハチャメチャラブコメディです オル:本名は尾崎累(おざきるい) ▷元気いっぱいな配信で若者からの支持を得ているが、配信外では超がつくほどの人見知り。 ノーキ:本名は宇野光輝(うのこうき) ▷ゲームが上手いイケボ配信者。配信中にオルの名前を出し、コラボするよう企てた張本人。 普段は寡黙でほとんど喋らないが、オルの前だと──? (二章から登場)↓ キル︰本名は牧崎徹(まきざきとおる) ▷プロゲーマーとして活躍する男。オルに何やら、重い感情を抱いているらしい。 ナギ︰本名は乙坂柳(おとさかやなぎ) ▷キルと共にプロゲーマーとして活躍する男。 可愛い顔をしているが実は──?

婚約破棄は十年前になされたでしょう?

こうやさい
恋愛
 王太子殿下は最愛の婚約者に向かい、求婚をした。  婚約者の返事は……。  「殿下ざまぁを書きたかったのにだんだんとかわいそうになってくる現象に名前をつけたい」「同情」「(ぽん)」的な話です(謎)。  ツンデレって冷静に考えるとうっとうしいだけって話かつまり。  本編以外はセルフパロディです。本編のイメージ及び設定を著しく損なう可能性があります。ご了承ください。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)

青空一夏
恋愛
 従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。  だったら、婚約破棄はやめましょう。  ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!  悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...