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第98話
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視線を動かすと、冷めた表情の西河原と目があった。
にまにま笑われていた方が、まだ、何かがマシだったのかも。シリアスな顔して突っ込まれると、物凄く痛い。
恥ずかしいとか、申し訳なさとかで、ぐわんぐわんしながら、ひぃっと息をのみ、久賀の肩を押した。が、動きやがらない。
焦ってジタバタもがく。
「ちょっ!!久賀っ、ンぁ、しょ、正気にっ……っゃ」
あっつい吐息を吐きながら首筋を舐められて、心臓が爆発しそうになった。
男だ。
間違いなく、彼はオスだ。
それなのに、他の誰かとは全然違う。
茶髪男に同じ場所を舐められたときは、不快感と吐き気しか込み上げてこなかったけど、今は違う。
おんなじオスでも、久賀は違う。
久賀だけが、特別。
久賀だけが、唯一。
ああ、俺。ホントにコイツが好きなんだなぁ……なんて、うっかり、うっとりしている場合じゃなかった。
「な、俺ら邪魔かなぁ。気ぃ利かせた方がいい?」
「どうみてもラリってるだろう。チビが惨すぎるから、正気に戻してやれ」
「えー……まぁた俺が憎まれ役かよ?愛してなくても、嫌われるのは地味に傷つくんだぞ」
「いいからさっさとしろ、見るに堪えん」
「うっわぁ。ムカつくなぁ。自分だけ安全ゾーン内かよっ。二人がイチャイチャしてるの見たくないなら、自分でどーにかすればいいのにっ!りゅーぅ!おーがみが蒸発しちゃうから、いい加減に戻ってー」
西河原の、いつも通りなちょっぴり間延びした語尾。
「あー、もうっ。仕方ないなぁ」
荒療治だ、と、久賀のカラダを無理矢理引っ張って俺から引き離した西河原は、彼ら的診断で“ラリっている”らしい久賀にぶちゅっと口づけた。
襲撃映像に、俺はビシッと固まった。
それはもう、バックに赤いバラの幻覚が見えちゃうくらい、ねっとりしっとりしたディープなキスで……見ている方が照れるのですが。というか、何を見せられてんの、俺は。そもそも、さっきまで久賀とチューしてたのは俺だよね?
いや、うん、なんだろーか、この複雑な心境は……。
たっぷり20秒はあっただろうか。濃厚な♂×♂のキスシーン。からの、突然の暴力。
「ってめぇ。人の夢の中にまで図々しく顔を出すな」
拳を握りしめた久賀さんが、力一杯西河原を殴りつけましたよ。いやさ、もう、何がなんだか。俺はほんと、何を見せられてんの?
「いい加減うぜぇわ、失せろストーカー」
辛辣な台詞のわりに、抑揚の無い、淡々とした口調で久賀がそう言った。
「ビックリだしっ!!正気に戻してやったお礼も無しにひっどぃ暴言吐かれたんですけど!りゅーこそ脳内妄想が過ぎて、夢と現実の区別がついてないんじゃないのっ!!」
「あー、うっせぇな。取り込み中だ。とっとと消え失せろ、ストーカー」
「二回も言ったー!つかそれが本心なのとか滅茶苦茶気になって問い詰めたいんけど、取り合えずこれだけは言わせて!なぁにが取り込み中だよバァァァカ!一回死んでこいエロにゃんこ!!!」
「テメェにエロい云々で文句言われる筋合いは」
「龍二。紛うことなく現実だ。そして、お前が組み敷いてるのはチビだ」
「あ?」
椎名が久賀の言葉を遮って、低俗な口喧嘩に終止符が打たれた。
西河原の後ろに立っていた椎名を、久賀はしばし見上げて……ふっと視線が俺に戻ってくる。
目が合って、心臓がドキンと跳ねた。
ヤバいヤバいっ!
俺、今絶対変な顔してるっ。
ああ、何で俺はコイツの視線に耐えうる容姿を……ってコレは前にも思ったな。
じっと見下ろされて、あと5秒その状態が続いていたら、俺は恥ずかしさのあまり奇声を発しながらコンクリに穴を掘って埋まっていたかも知れない。掘れないけど。
「悪い……俺が、間違った」
無表情な相手がそんなコトを言った。
久賀は、ホントに、俺を地獄に叩き落とすことが上手だな。
深々と、言葉の刃は胸に突き刺さる。
また、お前の大好きなトモちゃんと間違ったの?それとも、別の誰か?
天国から地獄に叩き落とされて、何度も叩き落とされて、それでも、なんで俺はコイツを嫌いになれないんだろう。
近づいたと思ったら、すぐに離れていく。
追いかけるほど、遠くに。
でも、傷つくのが怖くてつい立ちすくんだら、手を伸ばせば届くんじゃないかって錯覚するくらい、近くに感じたりもする。
ふっとカラダの上にあった重みと温もりが離れていった。
世界は、悲しいと寂しいだけになった。
久賀はやっぱり振り返らない。
雨に濡れていたあの日と同じように、やっぱりひとりっきりな気がした。
支えようとした西河原の手も振り払って、頑なに、他人の手を拒む。
まるで、そうする事で……なんと言えば良いんだろう、ひとりになることで、ようやっと立っている事が出来ているような、そんな気がした。
なんで、そんな風に、俺は思うのかな。
拒絶されるのは、いつも俺の方なのに。
今だって、そうなのに。
なのに、久賀の方が、悲しそうに見えたのは、一体どうしてだ?
抱きしめて、ひとりでいくなよ!と叫びたかったのに、カラダが動かなかった。
好きな人が悲しんでいるのだから、自分の悲しみなんて後回しだ……と、思ったのに、やっぱり俺の心もしっかりと傷ついていて、心に力が入らない。
思考と気持ちは別物みたいだ。そしていま、俺のカラダは気持ちに支配されているらしい。
振り返らない背中を見る。
何度も見つめてきた背中。
何度も、見た。夢にだって見た。夢の中でも追いかけていた。
夢の中。生徒たちで犇めく廊下でもがきながら、ひたすらにアイツを追いかけた。俺はあの時……。
ポスッと、頭の上に掌が乗っかって、思わず隣を見上げた。
椎名が、俺と同じように冷たい背中を見たまま、こっちには顔を向けずただ一言「傷ついても、アレが欲しいなら足掻け」と、熱の籠もらない声音でそう言った。
それだけを告げて、椎名は久賀に近づいていく。その背中を見ながら思う。
ああ、そうだ、俺。
久賀を、ひとりにしたくなかったんだ。
にまにま笑われていた方が、まだ、何かがマシだったのかも。シリアスな顔して突っ込まれると、物凄く痛い。
恥ずかしいとか、申し訳なさとかで、ぐわんぐわんしながら、ひぃっと息をのみ、久賀の肩を押した。が、動きやがらない。
焦ってジタバタもがく。
「ちょっ!!久賀っ、ンぁ、しょ、正気にっ……っゃ」
あっつい吐息を吐きながら首筋を舐められて、心臓が爆発しそうになった。
男だ。
間違いなく、彼はオスだ。
それなのに、他の誰かとは全然違う。
茶髪男に同じ場所を舐められたときは、不快感と吐き気しか込み上げてこなかったけど、今は違う。
おんなじオスでも、久賀は違う。
久賀だけが、特別。
久賀だけが、唯一。
ああ、俺。ホントにコイツが好きなんだなぁ……なんて、うっかり、うっとりしている場合じゃなかった。
「な、俺ら邪魔かなぁ。気ぃ利かせた方がいい?」
「どうみてもラリってるだろう。チビが惨すぎるから、正気に戻してやれ」
「えー……まぁた俺が憎まれ役かよ?愛してなくても、嫌われるのは地味に傷つくんだぞ」
「いいからさっさとしろ、見るに堪えん」
「うっわぁ。ムカつくなぁ。自分だけ安全ゾーン内かよっ。二人がイチャイチャしてるの見たくないなら、自分でどーにかすればいいのにっ!りゅーぅ!おーがみが蒸発しちゃうから、いい加減に戻ってー」
西河原の、いつも通りなちょっぴり間延びした語尾。
「あー、もうっ。仕方ないなぁ」
荒療治だ、と、久賀のカラダを無理矢理引っ張って俺から引き離した西河原は、彼ら的診断で“ラリっている”らしい久賀にぶちゅっと口づけた。
襲撃映像に、俺はビシッと固まった。
それはもう、バックに赤いバラの幻覚が見えちゃうくらい、ねっとりしっとりしたディープなキスで……見ている方が照れるのですが。というか、何を見せられてんの、俺は。そもそも、さっきまで久賀とチューしてたのは俺だよね?
いや、うん、なんだろーか、この複雑な心境は……。
たっぷり20秒はあっただろうか。濃厚な♂×♂のキスシーン。からの、突然の暴力。
「ってめぇ。人の夢の中にまで図々しく顔を出すな」
拳を握りしめた久賀さんが、力一杯西河原を殴りつけましたよ。いやさ、もう、何がなんだか。俺はほんと、何を見せられてんの?
「いい加減うぜぇわ、失せろストーカー」
辛辣な台詞のわりに、抑揚の無い、淡々とした口調で久賀がそう言った。
「ビックリだしっ!!正気に戻してやったお礼も無しにひっどぃ暴言吐かれたんですけど!りゅーこそ脳内妄想が過ぎて、夢と現実の区別がついてないんじゃないのっ!!」
「あー、うっせぇな。取り込み中だ。とっとと消え失せろ、ストーカー」
「二回も言ったー!つかそれが本心なのとか滅茶苦茶気になって問い詰めたいんけど、取り合えずこれだけは言わせて!なぁにが取り込み中だよバァァァカ!一回死んでこいエロにゃんこ!!!」
「テメェにエロい云々で文句言われる筋合いは」
「龍二。紛うことなく現実だ。そして、お前が組み敷いてるのはチビだ」
「あ?」
椎名が久賀の言葉を遮って、低俗な口喧嘩に終止符が打たれた。
西河原の後ろに立っていた椎名を、久賀はしばし見上げて……ふっと視線が俺に戻ってくる。
目が合って、心臓がドキンと跳ねた。
ヤバいヤバいっ!
俺、今絶対変な顔してるっ。
ああ、何で俺はコイツの視線に耐えうる容姿を……ってコレは前にも思ったな。
じっと見下ろされて、あと5秒その状態が続いていたら、俺は恥ずかしさのあまり奇声を発しながらコンクリに穴を掘って埋まっていたかも知れない。掘れないけど。
「悪い……俺が、間違った」
無表情な相手がそんなコトを言った。
久賀は、ホントに、俺を地獄に叩き落とすことが上手だな。
深々と、言葉の刃は胸に突き刺さる。
また、お前の大好きなトモちゃんと間違ったの?それとも、別の誰か?
天国から地獄に叩き落とされて、何度も叩き落とされて、それでも、なんで俺はコイツを嫌いになれないんだろう。
近づいたと思ったら、すぐに離れていく。
追いかけるほど、遠くに。
でも、傷つくのが怖くてつい立ちすくんだら、手を伸ばせば届くんじゃないかって錯覚するくらい、近くに感じたりもする。
ふっとカラダの上にあった重みと温もりが離れていった。
世界は、悲しいと寂しいだけになった。
久賀はやっぱり振り返らない。
雨に濡れていたあの日と同じように、やっぱりひとりっきりな気がした。
支えようとした西河原の手も振り払って、頑なに、他人の手を拒む。
まるで、そうする事で……なんと言えば良いんだろう、ひとりになることで、ようやっと立っている事が出来ているような、そんな気がした。
なんで、そんな風に、俺は思うのかな。
拒絶されるのは、いつも俺の方なのに。
今だって、そうなのに。
なのに、久賀の方が、悲しそうに見えたのは、一体どうしてだ?
抱きしめて、ひとりでいくなよ!と叫びたかったのに、カラダが動かなかった。
好きな人が悲しんでいるのだから、自分の悲しみなんて後回しだ……と、思ったのに、やっぱり俺の心もしっかりと傷ついていて、心に力が入らない。
思考と気持ちは別物みたいだ。そしていま、俺のカラダは気持ちに支配されているらしい。
振り返らない背中を見る。
何度も見つめてきた背中。
何度も、見た。夢にだって見た。夢の中でも追いかけていた。
夢の中。生徒たちで犇めく廊下でもがきながら、ひたすらにアイツを追いかけた。俺はあの時……。
ポスッと、頭の上に掌が乗っかって、思わず隣を見上げた。
椎名が、俺と同じように冷たい背中を見たまま、こっちには顔を向けずただ一言「傷ついても、アレが欲しいなら足掻け」と、熱の籠もらない声音でそう言った。
それだけを告げて、椎名は久賀に近づいていく。その背中を見ながら思う。
ああ、そうだ、俺。
久賀を、ひとりにしたくなかったんだ。
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