うそつきな友情(改訂版)

あきる

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第84話

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 ガシガシと手の甲で目元を擦った。

「傷になるって、前にも言ったのに」

 バカだね。お前。
 そうやって笑いながら、久賀は冷たい掌で頬を伝う涙を拭ってくれた。

 冷たい手だ。
 でも、優しい手だ。

「絵本見て泣くとか、子どもか?」

「っさいっ。しゃーねぇーだろ。悲しかったんだよ」

 感動、と、表現していいのかな?
 心は悲しいを“感じ”て揺れ“動いた”から、きっと間違ってはいない。

 悲しくて、キレーな物語。
 ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、悩んでしまうオハナシ。


「は……、感情豊かで羨ましい」

「一ミリも思ってもねぇな、お前」

 久賀の手が絵本を奪っていった。
 涙で濡れた手を服に擦り付けた後、愛おしそうに表紙に触れた。

 長い指が、星のイラストをそっと撫でる。
 その手の動きに、目を奪われた。
 ここにきてからずっと、久賀からは愛情が滲みでている気がする。

 美波ちゃんの頭を撫でる掌や、眼差し、絵本を手に取り、表紙を撫でる仕草。
 緩やかに笑んだ唇の端っこ。

 ドキドキする。

 軽くてテキトーで嘘つきで気紛れな久賀は、ホントはとても愛情深いイキモノなんじゃないかな。なんて、思う。

 だけど、俺の常識ではかりきれないコイツは、俺の感動なんて一瞬で粉々に打ち砕きもする。

 本を扱う手は優しいままで、眼差しも綺麗なまま、久賀は「ただの下らないオハナシだろ」と、酷いセリフを吐きやがった。

 お前、自分が美波ちゃんにその絵本をあげたくせに、なんつー言い草。

 開いた口が塞がらない。

「まさに、エゴの塊みてぇーな、それでいてお涙ちょーだいなハナシね」

「お前っ……!」

 なんてゆーやつだ。
 手の優しさとか、笑顔のキレーさに目が眩んじゃってましたが、基本、久賀は性格破綻したサイテー男だった。
 忘れてたぜ、コノやろう!

「エゴって……ドコが!悲しくてキレーなハナシじゃん!」

「悲しくてキレイでも、利己的で自己中だろ。獣も星も」

 大事そうに。
 まるで壊れ物を扱うように、それを棚の上に置きながら言う。
 こんな本なんて大嫌いだと言ってるみたいなのに、扱い方は愛に溢れていて、言葉と行動がちぐはぐだった。

「利己的で自己中?なんで?人間はそうかかれてたけど……」

「そ、だから、そーゆーイキモノしか出てこない絵本。獣は卑屈だし。星は身勝手だ」

「っなんでだよ!獣はただ臆病だっただけで、星は、一途だったじゃん」

 それは利己的で自己中で、卑屈で身勝手なのだろうか?


「ふー……フィクションになぁに熱くなってんだ?やめやめ、ほら、ツリーの飾り付けを」

「勝手にハナシ終わらすなよ。質問に答えてない」

 だいたい熱くなってんのは、お前だって一緒なんじゃねぇの?
 ホントの表情をつくらないように、感情を抑えつけてただ笑っているけど、つい「下らない」なんて言葉にしちゃうくらいには、怒りを抱いていて、だけど多分、愛している。

 たぶん……だけど。

 久賀は面倒臭そうに頭を掻き「たかが絵本だろ」と溜息混じりに言った。

 そう。たかが絵本だ。
 俺だって同じことを思った。だけど、ホントはちっとも“たかが”じゃない。

 だって、お前……俺をピカピカだって言ったじゃないか。
 それは、この本に出てくる星のことじゃないのか?お前が自己中で身勝手だと言う星のこと。

 考え過ぎかも知れないけど、俺はこの絵本の星に、痛いくらい共感出来てしまうんだ。

 だから……この星みたいに、俺もお前にうざってぇとか、思われてるのかなって、怖くなる。

 俺が抱いている恋心なんかホントは見透かされていて、“おまえの気持ちは身勝手なだけのただの自己満足だ”とそう言われている気がして、悲しくなる。
 ただ心で想って、愛しているヒトの側に寄り添いたいと願う気持ちは、下らないと一笑されるほどに無意味なのだろうか。

 呆れ顔で背を向けた久賀の腕を、とっさに掴んだ。

「なに……?」

「逃げんなよ!」

「別に逃げてないよ、つか、声のトーンを落とせ。ミナに聞こえたらビックリするだろ」

 もう一つの部屋で、楽しそうに飾り付けをする美波ちゃんを見て、久賀が笑った。
 愛しいの半分を眼差しに込めて、残りの半分を唇の端っこに乗っけて、柔らかく優しく久賀が笑った。

 俺には絶対に向けられることのない、愛情。
 多分、一生を費やしても、手にすることが出来ない笑顔。

 星は獣の心を得ることが出来たけれど、きっと俺には無理だ。
 想っても想っても、叶わない恋だってある。
 そんな恋を、手放せないコトだってある。

 誰かを想うことは、ままならないということだ。

「そんな……大事な目を向ける相手に“下らない”絵本をあげたのか?」

「ん?」

 久賀の視線が動く。
 美波ちゃんから俺に。
 目の中に輝く愛情は身を潜めて、何にも感じ取れない闇色があるばかりだ。

「だって、そーゆーコトだろう?」

 じぃっと見上げると、久賀がほんの一瞬だけ遠い目をして「そうだな」と呟いた。

「アレくらいしか、あげられるモノが無かったんだよ。父親のモノはな」

「父親って美波ちゃんの?お前のお兄さん?」

「そ。俺が持ってる唯一のモノがアレだった。あとは残らず捨てたんだよ。小さい頃に貰ったゲームやぬいぐるみやオモチャ。誕生日に貰った時計や服や靴やアクセも、全部、ね」

「……なんで?」

「なんで?あはっ……そんなの、大っ嫌いだからに決まってるだろ」

“上の兄さんには昔 恐怖を植え付けられたな。年端もいかねぇガキをマジで脅すようなヒトだったよ”

 そうやって昔のハナシをしてくれた久賀の目は、確かに優しかった。
 言葉の端々から、寂しさと優しさが滲みでていた。
 大事な思い出の箱の、蓋を開くような。
 そんな慈しみを持って昔を語ったくせに。

 綺麗な宝物を抱きしめるような。
 そんな仕草で絵本を撫でたくせに。

 ソレなのに、なんで。

「俺はね、上の兄も、あの絵本も、絵本の中の星も、大嫌いなんだ」

 そんな事を笑って言葉に出来るんだろう。
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