うそつきな友情(改訂版)

あきる

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第37話

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 シクシクと心は泣いている。
 まるで降り止まない雨のようだ。
 見上げればポタポタと粒のような水が落ちてくる。

 降っているのは雨なのだろうか。
 それとも誰かの涙なのだろうか。

 ああ、 そうだ、 たぶん、 涙だ。

 だって此処は中庭で、外は雨が降っていて、あいつがぽつりと立っている。
 
 季節は夏のはじめだった。

 空を見上げていたあいつを、いつまでも動かないあいつを、俺はずっと見つめていた。
 決して俺を見ないあいつを、見続けていた。
 ぽたぽたと、足元に何かが落ちる。

 それは涙だった。
 俺も、泣いていた。

 外に降っているのはあいつが流す涙で、足元に溜まるのは俺が流す涙だ。

 ああ、夢かと、ぼんやり思った。

 あの日はただただ久賀が気になるばかりだったけど、今は好きという思いが溢れて悲しいから、これは夢なんだろう。

 今にも崩れ落ちてしまいそうなくらい、儚げな横顔を見ながら、こっち向けよなんて、ちょっと乱暴なことを思った。


 俺を見ろよ。
 俺に気づけよ。
 此処にいるぞ。
 お前が好きで、好きで、こんなに、好きなのに。
 なんで気づかないんだ。

 なんでだよ。と、理不尽な怒りすらわきあがる。
 だけど、それはアイツには全然関係のない話。

 俺が勝手にアイツを好きで、だからアイツが誰かを愛するのも自由。愛さないのも、自由だ。

 だけど悔しいな。

 この雨はアイツの涙だ。
 誰かの為に流す、自分では泣けないアイツの涙。

 見ていられなくて掌で顔を覆った。
 真っ暗になった視界の中でも、鮮明に思い描ける姿がある。

 好きが、心を埋め尽くして、悲しいが心にヒビをつくる。

 くが。

 名前を言葉にしたら、いっそう切なくなった。

『……マジかよ。信じらんねぇ』

 誰かの声に、顔を覆っていた手をのけた。
 雨の日の光景だけが残されて、久賀の姿はどこにもなかった。
 ただすぐ隣に、気配だけがあった。

『なんでそんな無防備に寝れるわけ』

 えっと、なんの話だろう。
 気配があるのに姿は見えなくて、なんだか不安だ。
 何を言っているのだろう。
 何を伝えたいんだろう。
 何をして欲しい?何をしてやったらいいんだ?

 知りたいよ。

 アイツを抱きしめてやりたかったのに、姿が見えなくて出来なかった。

 涙で沈む世界に、呆れたような声音だけが響いている。
 とても愛しい声だ。
 もっと近づきたくて、近づけなくて、必死に傍らにある気配だけを追い続けた。

『俺、帰ってもいいか』

 イヤだよ。
 何でそんな意地が悪いこと言うんだよ。
 置いていくなよ。


 じゃぁ俺行くね。


 そう言い残した後、席から立ち上がった久賀は、手をひらひら振りながら、スタスタと歩いていく。
 その背中を呆然と見つめた。
 瞬きを繰り返す。
 自分がいる場所は、見慣れた教室だった。

 え。なんで?何がどうなったの?と慌てて自分も席を立って教室から飛び出した。
 視線を巡らして、アイツの姿を探す。
 生徒たちで混雑する廊下を、すいすいと泳ぐみたいに歩いていくのを発見して、ヒトの波の中に飛び込んだ。
 まるでラッシュ時間の地下鉄状態。
 人に押しつぶされながら、遠ざかる背中を必死に追いかけた。
 腕を振って、ヒトをかき分けて、滅茶苦茶に足を動かしても、距離は広がるばかりだ。

 ちょっと、待って!

 一人で勝手に行くなよと叫んでも、ちっとも待ってはくれない。
 なんで、自らひとりになろうとするんだろう。
 置いていくなって、言ってるだろう、ばかやろう!

 ヒトの波の向こうに、追いかけている背中は消えてしまって、ひどく泣きたくなった。

 ひとりにするなよ。
 そんな事を考えて、違うやと、呟いた。
 違う。ひとりぼっちなのはアイツの方だ。
 誰といても、誰と話していても、椎名や西河原や、アイツの大好きな“トモちゃん”と笑っている時でさえ、アイツはどっか遠い場所に立っている。

 ひとりぼっちなのは、俺じゃなくてアイツだ。
 俺はひとりになるのが怖いんじゃなくて、アイツをひとりにするのがイヤなんだ。
 ぐっと腕で涙を拭って、もう一度、人の波を掻き分ける。
 がむしゃらにひたすらに、脳裏に思い描く背中を追いかけた。

 それはいつだって鮮明に、思い描けるモノ。

 教室で見慣れた後ろ姿。
 ひとりでふらりと遠い場所に行ってしまいそうな、そんな不安をかきたてる背中。

 それを目指して、がむしゃらに足掻いた。

 お前ホントにシツコいねと、姿は見えないあいつの声だけが聞こえた。
 気配だけを感じた。
 待って。と、その気配を必死に手繰り寄せた。
 力の限り抱きしめる。

 俺がいるから。
 お前が泣けないなら、俺が泣こう。
 お前が笑えないなら、俺が笑おう。
 苦しい時は抱きしめて、孤独なら、寄り添いたい。
 なんでも、してあげたい。出来ることならなんでも。
 何をしても、許してやる。
 俺は、お前が好きだから。
 とても、とても好きだから。

 俺が持っているものなら、なんでもあげる。
 全部、あげるよ。
 全部あげるから、だから。

「ひとりに、なるなよ……馬鹿やろう」

 勝手に、ひとりで行ってしまわないで。
 どんなに遠い場所にお前がいても、何時だって俺が―。

 すぽんっと間抜けな音を立てて、ヒトの波から抜け出した。
 あれ?俺はいま、アイツを抱きしめてはいなかった?と自分の腕を広げて、マジマジと掌を見つめる。
 何が起きてるの一体?と、ボケボケな頭で考える。

 お前、ホント意味不明だね。

 聞き慣れた軽口に視線を上げると、実に爽やかな笑みを浮かべる久賀がいた。
 あ、これ夢だ、と一瞬で脳が醒める。

 雨の日の夢の続きらしい。
 どう考えても、この笑顔はねぇでしょーと片思いの相手を見上げたら、クツクツとそいつが笑って、オガミンって寝坊助さん?と首を傾けた。

 ウルサいな。寝ぼけてなんかないよ。
 いやいや、寝ぼけてるでしょ。
 シツコいな久賀モドキ。なんだよコレ、俺の願望かよ。
 さぁて、どうでしょう?案外現実かもよ。

 なんて、やり取りの後に、ビシッとデコピンを食らわされた。

 さっさと起きて走れ青春ボーイ。

 すばっと爽やかな笑顔の久賀に励まされた。
 コレが俺の理想なんでしょうか?
 笑顔が胡散臭くて……なんともいえず複雑です。

 額を押さえて、力の限り叫ぶ。
 うるせぇよ、言われなくても走るよ!待ってろよ、絶対にっ。

「お前に追いついてやるからな!!」

 叫んだ後、覚醒した。




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