46 / 135
第37話
しおりを挟む
シクシクと心は泣いている。
まるで降り止まない雨のようだ。
見上げればポタポタと粒のような水が落ちてくる。
降っているのは雨なのだろうか。
それとも誰かの涙なのだろうか。
ああ、 そうだ、 たぶん、 涙だ。
だって此処は中庭で、外は雨が降っていて、あいつがぽつりと立っている。
季節は夏のはじめだった。
空を見上げていたあいつを、いつまでも動かないあいつを、俺はずっと見つめていた。
決して俺を見ないあいつを、見続けていた。
ぽたぽたと、足元に何かが落ちる。
それは涙だった。
俺も、泣いていた。
外に降っているのはあいつが流す涙で、足元に溜まるのは俺が流す涙だ。
ああ、夢かと、ぼんやり思った。
あの日はただただ久賀が気になるばかりだったけど、今は好きという思いが溢れて悲しいから、これは夢なんだろう。
今にも崩れ落ちてしまいそうなくらい、儚げな横顔を見ながら、こっち向けよなんて、ちょっと乱暴なことを思った。
俺を見ろよ。
俺に気づけよ。
此処にいるぞ。
お前が好きで、好きで、こんなに、好きなのに。
なんで気づかないんだ。
なんでだよ。と、理不尽な怒りすらわきあがる。
だけど、それはアイツには全然関係のない話。
俺が勝手にアイツを好きで、だからアイツが誰かを愛するのも自由。愛さないのも、自由だ。
だけど悔しいな。
この雨はアイツの涙だ。
誰かの為に流す、自分では泣けないアイツの涙。
見ていられなくて掌で顔を覆った。
真っ暗になった視界の中でも、鮮明に思い描ける姿がある。
好きが、心を埋め尽くして、悲しいが心にヒビをつくる。
くが。
名前を言葉にしたら、いっそう切なくなった。
『……マジかよ。信じらんねぇ』
誰かの声に、顔を覆っていた手をのけた。
雨の日の光景だけが残されて、久賀の姿はどこにもなかった。
ただすぐ隣に、気配だけがあった。
『なんでそんな無防備に寝れるわけ』
えっと、なんの話だろう。
気配があるのに姿は見えなくて、なんだか不安だ。
何を言っているのだろう。
何を伝えたいんだろう。
何をして欲しい?何をしてやったらいいんだ?
知りたいよ。
アイツを抱きしめてやりたかったのに、姿が見えなくて出来なかった。
涙で沈む世界に、呆れたような声音だけが響いている。
とても愛しい声だ。
もっと近づきたくて、近づけなくて、必死に傍らにある気配だけを追い続けた。
『俺、帰ってもいいか』
イヤだよ。
何でそんな意地が悪いこと言うんだよ。
置いていくなよ。
じゃぁ俺行くね。
そう言い残した後、席から立ち上がった久賀は、手をひらひら振りながら、スタスタと歩いていく。
その背中を呆然と見つめた。
瞬きを繰り返す。
自分がいる場所は、見慣れた教室だった。
え。なんで?何がどうなったの?と慌てて自分も席を立って教室から飛び出した。
視線を巡らして、アイツの姿を探す。
生徒たちで混雑する廊下を、すいすいと泳ぐみたいに歩いていくのを発見して、ヒトの波の中に飛び込んだ。
まるでラッシュ時間の地下鉄状態。
人に押しつぶされながら、遠ざかる背中を必死に追いかけた。
腕を振って、ヒトをかき分けて、滅茶苦茶に足を動かしても、距離は広がるばかりだ。
ちょっと、待って!
一人で勝手に行くなよと叫んでも、ちっとも待ってはくれない。
なんで、自らひとりになろうとするんだろう。
置いていくなって、言ってるだろう、ばかやろう!
ヒトの波の向こうに、追いかけている背中は消えてしまって、ひどく泣きたくなった。
ひとりにするなよ。
そんな事を考えて、違うやと、呟いた。
違う。ひとりぼっちなのはアイツの方だ。
誰といても、誰と話していても、椎名や西河原や、アイツの大好きな“トモちゃん”と笑っている時でさえ、アイツはどっか遠い場所に立っている。
ひとりぼっちなのは、俺じゃなくてアイツだ。
俺はひとりになるのが怖いんじゃなくて、アイツをひとりにするのがイヤなんだ。
ぐっと腕で涙を拭って、もう一度、人の波を掻き分ける。
がむしゃらにひたすらに、脳裏に思い描く背中を追いかけた。
それはいつだって鮮明に、思い描けるモノ。
教室で見慣れた後ろ姿。
ひとりでふらりと遠い場所に行ってしまいそうな、そんな不安をかきたてる背中。
それを目指して、がむしゃらに足掻いた。
お前ホントにシツコいねと、姿は見えないあいつの声だけが聞こえた。
気配だけを感じた。
待って。と、その気配を必死に手繰り寄せた。
力の限り抱きしめる。
俺がいるから。
お前が泣けないなら、俺が泣こう。
お前が笑えないなら、俺が笑おう。
苦しい時は抱きしめて、孤独なら、寄り添いたい。
なんでも、してあげたい。出来ることならなんでも。
何をしても、許してやる。
俺は、お前が好きだから。
とても、とても好きだから。
俺が持っているものなら、なんでもあげる。
全部、あげるよ。
全部あげるから、だから。
「ひとりに、なるなよ……馬鹿やろう」
勝手に、ひとりで行ってしまわないで。
どんなに遠い場所にお前がいても、何時だって俺が―。
すぽんっと間抜けな音を立てて、ヒトの波から抜け出した。
あれ?俺はいま、アイツを抱きしめてはいなかった?と自分の腕を広げて、マジマジと掌を見つめる。
何が起きてるの一体?と、ボケボケな頭で考える。
お前、ホント意味不明だね。
聞き慣れた軽口に視線を上げると、実に爽やかな笑みを浮かべる久賀がいた。
あ、これ夢だ、と一瞬で脳が醒める。
雨の日の夢の続きらしい。
どう考えても、この笑顔はねぇでしょーと片思いの相手を見上げたら、クツクツとそいつが笑って、オガミンって寝坊助さん?と首を傾けた。
ウルサいな。寝ぼけてなんかないよ。
いやいや、寝ぼけてるでしょ。
シツコいな久賀モドキ。なんだよコレ、俺の願望かよ。
さぁて、どうでしょう?案外現実かもよ。
なんて、やり取りの後に、ビシッとデコピンを食らわされた。
さっさと起きて走れ青春ボーイ。
すばっと爽やかな笑顔の久賀に励まされた。
コレが俺の理想なんでしょうか?
笑顔が胡散臭くて……なんともいえず複雑です。
額を押さえて、力の限り叫ぶ。
うるせぇよ、言われなくても走るよ!待ってろよ、絶対にっ。
「お前に追いついてやるからな!!」
叫んだ後、覚醒した。
まるで降り止まない雨のようだ。
見上げればポタポタと粒のような水が落ちてくる。
降っているのは雨なのだろうか。
それとも誰かの涙なのだろうか。
ああ、 そうだ、 たぶん、 涙だ。
だって此処は中庭で、外は雨が降っていて、あいつがぽつりと立っている。
季節は夏のはじめだった。
空を見上げていたあいつを、いつまでも動かないあいつを、俺はずっと見つめていた。
決して俺を見ないあいつを、見続けていた。
ぽたぽたと、足元に何かが落ちる。
それは涙だった。
俺も、泣いていた。
外に降っているのはあいつが流す涙で、足元に溜まるのは俺が流す涙だ。
ああ、夢かと、ぼんやり思った。
あの日はただただ久賀が気になるばかりだったけど、今は好きという思いが溢れて悲しいから、これは夢なんだろう。
今にも崩れ落ちてしまいそうなくらい、儚げな横顔を見ながら、こっち向けよなんて、ちょっと乱暴なことを思った。
俺を見ろよ。
俺に気づけよ。
此処にいるぞ。
お前が好きで、好きで、こんなに、好きなのに。
なんで気づかないんだ。
なんでだよ。と、理不尽な怒りすらわきあがる。
だけど、それはアイツには全然関係のない話。
俺が勝手にアイツを好きで、だからアイツが誰かを愛するのも自由。愛さないのも、自由だ。
だけど悔しいな。
この雨はアイツの涙だ。
誰かの為に流す、自分では泣けないアイツの涙。
見ていられなくて掌で顔を覆った。
真っ暗になった視界の中でも、鮮明に思い描ける姿がある。
好きが、心を埋め尽くして、悲しいが心にヒビをつくる。
くが。
名前を言葉にしたら、いっそう切なくなった。
『……マジかよ。信じらんねぇ』
誰かの声に、顔を覆っていた手をのけた。
雨の日の光景だけが残されて、久賀の姿はどこにもなかった。
ただすぐ隣に、気配だけがあった。
『なんでそんな無防備に寝れるわけ』
えっと、なんの話だろう。
気配があるのに姿は見えなくて、なんだか不安だ。
何を言っているのだろう。
何を伝えたいんだろう。
何をして欲しい?何をしてやったらいいんだ?
知りたいよ。
アイツを抱きしめてやりたかったのに、姿が見えなくて出来なかった。
涙で沈む世界に、呆れたような声音だけが響いている。
とても愛しい声だ。
もっと近づきたくて、近づけなくて、必死に傍らにある気配だけを追い続けた。
『俺、帰ってもいいか』
イヤだよ。
何でそんな意地が悪いこと言うんだよ。
置いていくなよ。
じゃぁ俺行くね。
そう言い残した後、席から立ち上がった久賀は、手をひらひら振りながら、スタスタと歩いていく。
その背中を呆然と見つめた。
瞬きを繰り返す。
自分がいる場所は、見慣れた教室だった。
え。なんで?何がどうなったの?と慌てて自分も席を立って教室から飛び出した。
視線を巡らして、アイツの姿を探す。
生徒たちで混雑する廊下を、すいすいと泳ぐみたいに歩いていくのを発見して、ヒトの波の中に飛び込んだ。
まるでラッシュ時間の地下鉄状態。
人に押しつぶされながら、遠ざかる背中を必死に追いかけた。
腕を振って、ヒトをかき分けて、滅茶苦茶に足を動かしても、距離は広がるばかりだ。
ちょっと、待って!
一人で勝手に行くなよと叫んでも、ちっとも待ってはくれない。
なんで、自らひとりになろうとするんだろう。
置いていくなって、言ってるだろう、ばかやろう!
ヒトの波の向こうに、追いかけている背中は消えてしまって、ひどく泣きたくなった。
ひとりにするなよ。
そんな事を考えて、違うやと、呟いた。
違う。ひとりぼっちなのはアイツの方だ。
誰といても、誰と話していても、椎名や西河原や、アイツの大好きな“トモちゃん”と笑っている時でさえ、アイツはどっか遠い場所に立っている。
ひとりぼっちなのは、俺じゃなくてアイツだ。
俺はひとりになるのが怖いんじゃなくて、アイツをひとりにするのがイヤなんだ。
ぐっと腕で涙を拭って、もう一度、人の波を掻き分ける。
がむしゃらにひたすらに、脳裏に思い描く背中を追いかけた。
それはいつだって鮮明に、思い描けるモノ。
教室で見慣れた後ろ姿。
ひとりでふらりと遠い場所に行ってしまいそうな、そんな不安をかきたてる背中。
それを目指して、がむしゃらに足掻いた。
お前ホントにシツコいねと、姿は見えないあいつの声だけが聞こえた。
気配だけを感じた。
待って。と、その気配を必死に手繰り寄せた。
力の限り抱きしめる。
俺がいるから。
お前が泣けないなら、俺が泣こう。
お前が笑えないなら、俺が笑おう。
苦しい時は抱きしめて、孤独なら、寄り添いたい。
なんでも、してあげたい。出来ることならなんでも。
何をしても、許してやる。
俺は、お前が好きだから。
とても、とても好きだから。
俺が持っているものなら、なんでもあげる。
全部、あげるよ。
全部あげるから、だから。
「ひとりに、なるなよ……馬鹿やろう」
勝手に、ひとりで行ってしまわないで。
どんなに遠い場所にお前がいても、何時だって俺が―。
すぽんっと間抜けな音を立てて、ヒトの波から抜け出した。
あれ?俺はいま、アイツを抱きしめてはいなかった?と自分の腕を広げて、マジマジと掌を見つめる。
何が起きてるの一体?と、ボケボケな頭で考える。
お前、ホント意味不明だね。
聞き慣れた軽口に視線を上げると、実に爽やかな笑みを浮かべる久賀がいた。
あ、これ夢だ、と一瞬で脳が醒める。
雨の日の夢の続きらしい。
どう考えても、この笑顔はねぇでしょーと片思いの相手を見上げたら、クツクツとそいつが笑って、オガミンって寝坊助さん?と首を傾けた。
ウルサいな。寝ぼけてなんかないよ。
いやいや、寝ぼけてるでしょ。
シツコいな久賀モドキ。なんだよコレ、俺の願望かよ。
さぁて、どうでしょう?案外現実かもよ。
なんて、やり取りの後に、ビシッとデコピンを食らわされた。
さっさと起きて走れ青春ボーイ。
すばっと爽やかな笑顔の久賀に励まされた。
コレが俺の理想なんでしょうか?
笑顔が胡散臭くて……なんともいえず複雑です。
額を押さえて、力の限り叫ぶ。
うるせぇよ、言われなくても走るよ!待ってろよ、絶対にっ。
「お前に追いついてやるからな!!」
叫んだ後、覚醒した。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる