うそつきな友情(改訂版)

あきる

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第23話

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 平凡が服を着て歩いている。

 俺の評価なんてそんなモノ。
 自他共に認めるよ。
 たまぁーにお人好しとか、優しいなんて言われたりもするけれど、それだって普通の枠から逸するほどではない。

 あくまでも『普通程度』の優しさだ。

 俺は取り立ててボランティア精神が強いわけでも、正義感に溢れているわけでもない。

 危険なことは避けて通るタイプだし、石橋は一回くらいは叩いてから渡るだろう。

 本当にね、あんな無謀なことをしたなんて、自分でも信じられないんだ。

(そもそも…………屋根によじ登ったところから、既に冷静じゃないじゃん)

 いくら友だちが心配だったからって、そこまでするか、俺。

(それにコイツにはトモダチだと思われてないって、この間わかったのに)

 それでも勝手にトモダチでいようと決めて、嫌がる相手に強引に近づこうとしている。

 一体、俺はどうしたのだろう。

 コイツは金のために誰とでもヤるようなヤツだ。
 人を脅すことだって躊躇ためらわないし、嘘ばかり吐き出すし、危険なことだって平気でやってのけるヤツなのに。
 そんなヤツにどうして、俺はここまで必死になるんだろう。

 雨の日の横顔が忘れられないから?
 たった、それだけのことで?

「なぁ。なんで泣いてんの、オガミン」

「なんでって」

「ん?」

 微かに頭を傾けながら久賀が答えを促した。
 どうして、俺は……。

「お、俺が後先、考えなかった所為で、お、お前がっ、死ぬかと」

 後先も考えずにあんな危険なことをしたのだろう。

「あのさ、俺生きてますが、まだ泣く必要あるの?」

「だ、だって」

「なに?くたばった方が良かった?」

「ふざけんな。冗談でも言うな!馬鹿じゃねぇの!」

 ほら、冗談でもいっちゃあダメなことを平気で言葉にするし、俺も無謀だったけど久賀の方がもっと無謀だし、そもそも俺が無茶した原因はコイツだし。

(だからっ。なんでコイツのために、無茶苦茶なことやってんだよ、俺は!)

 ぎりっと奥歯を噛み締める。
 答えは解らない。

 それとも……わかりたく、ない?

「ああっ。クソッ。止まらねぇーし」

 何かを誤魔化すように声を出しながら目元をごしごしと拭った。

 警鐘が聴こえる。
 心の奥で鳴り響いている。

 知りたいけど知りたくない、と、必死でそれが聴こえない振りをした。

 だって、俺はずっと普通の枠の中を生きてきたから。
 そこから飛び出したことも、平凡なレールの上から飛び降りたこともないんだ。

 ただ、日々を平坦に穏やかに過ごせたらいい。
 そう生きていけたら幸せだと、信じていた。

「……別のショックを与えたらいい」

 呟くような声に「なんか言った?」と返すと、目元を擦っていた腕をきゅっと握られて引っ張られた。
 驚いて顔をあげると目が合った。

 暗い夜色の瞳。
 視界が支配されたみたいに、彼の姿だけがリアルだった。

 見上げる先で唇の端がゆるりと笑みをつくって、たったそれだけのことで、内側も外側も揺さぶられた。

 どうして、と。衝動の意味もわからずに静止する俺の唇に、そっと柔らかなものが落とされる。


 奪うような激しさはなかった。
 だけど、心が捕らわれて、魂がつれていかれた。

 がむしゃらに追いすがった一度目よりも、うねるような波に翻弄された二度目よりも、ただ触れるだけのキスは、まるで幼子の戯れのように軽く、永遠の誓いのように深くて神聖なモノだった。

 そんな風に感じた自分の心に、冷静な部分で愕然とする。

 まるで……そうまるで、誓いが欲しいと、望んでいるみたいじゃないか。
 そんなはず、ないよな。

「……止まった?」

「は?え、ええっ!?」

 平然と見下ろしてくる相手に、何も言えなくなった。

 嵐が、渦巻く。
 常識とかいままでの人生をひっくり返しそうな、そんな嵐。

 臆病な俺は、必死にそれから目を逸らした。

 うー……ち、違う。
 絶対に違うよ、こんなことは間違っている。

 だって、久賀は男で、俺も男で、トモダチでいたい、というかなりたくて、スキンシップは苦手じゃないけど、ここは日本だし、キスはスキンシップの範疇をこえてあ"ー、何が言いたいのか俺はっ。

 知りたくない、と、心のどこかで声がする。
 同時に知りたいと、そう願う自分がいる。
 矛盾した二つの願いに、混乱する。
 ただただ『どうしてだ?』という思いが、頭の中でくるくると回り続けていた。

 どうして、俺は、こいつに……こんなに執着してしまうのか。
 知りたい、だけど知りたくない。

 ごくりと唾液を飲み下した音が、やけに大きく耳の中に響いた。
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