うそつきな友情(改訂版)

あきる

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第18話

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 状況の認識には、痛みよりもさらに時間がかかった。
 覗き込んでいた顔を、いつの間にか見上げている。
 呼吸が苦しいのは、首を押さえつけられているからだ。

 冷たい目がすぐそこにあった。
 眼光だけで、コイツは人を殺せるんじゃないだろうか。

 視界を埋め尽くすのは、ひとりの男の姿だ。
 今まで見たことがない、冷たい目がそこにあった。
 秘密を知ったあの日に感じた冷たさよりも、さらに冷たい表情が見上げる先にあった。

 冷たいけれど……かなしい色。
 あぁ、そうだ、かなしい。その言葉がぴったりと合う。

 冷たいと感じたのは、そこに何もなかったからだ。
 憎しみでもない、怒りでもない、苦しみでもない、痛みでもない、でも、その全てでもある。

 此処ではない何処かに向けられた、二つの黒。
 雨に濡れて、空を見上げていたお前の横顔に、滲んでいたモノ。

 深い深いかなしみの色に、沈んでいた。


 痛みや苦しみを上回る恐怖が、体を硬直させてた。
 それから、久賀のかなしみに共鳴して、心の奥がズキリと痛んだ。

 唇が無意識に震えて、かすれた呟きが零れ落ちる。

 ―くが。 

 自分が発した音なのに、どこか遠い。
 知らないヤツがいる。
 知っているのに、知らないヤツだ。

「…………おがみ?」

 知らないヤツの唇が、俺の名前を紡いだ。
 よく知った声で、彼は俺を呼ぶ。
 ふっと首にあった圧迫感が無くなった。

 むせて、げほげほと咳き込む俺を見下ろす相手。
 その表情かおがゆっくりと知らないヤツから、友人へと変わる。

「お前、なにやってんの?」

 呆れたような声音に、久賀をじっと見上げた。
 困惑した表情かおを見せる相手を見上げながら、安堵した。

(よかった、久賀だ)

 ちゃんと、俺の知ってる久賀だ。
 ほっとすると、打ちつけた背中は急に痛みを増した気がして、ふつふつと怒りが再沸騰した。

「テメェ、殺す気か……けほっげほげほっ」

 怒鳴りつけようとして失敗し、咳き込んだ。

「あー……?殺されるようなことしでかしたのか、お前」

「してねぇーし!何でそうなる!まずはゴメンナサイとか言えよ」

 なんつー男だ。
 頭のネジが何本が折れてやがるんじゃねぇーだろうか。

「で、なんのよう?」

 ……こいつ、謝る気はさらさらねーな。
 ぶすりと口を歪め、無言で睨みつける。

 しばらくそうしていたら、はぁと短いため息をついて久賀が離れていった。
 5歩くらい離れた場所に腰を下ろすと、こっちに背を向けて寝転がった。

「おい、テメェー。シカトすんな」

 屋根の上を這って移動し、相手の頭をペシッと叩いた。

「いたいよ。用がないなら教室戻れば?授業中でしょ」


 あ。何時もの表情かおと喋り方だ。
 良かった。……いや、良くないのか。
 どっちかな。と胸にいだいた疑問を押し込めて、心臓のドキドキを必死に意識しないフリをした。

 大丈夫。怖くなんてない。
 いつも通り、接すればいい。
 お前がどう思おうと、俺はトモダチでいたいから。

 トモダチでいようと、勝手に決めた。
 悩んで悩んで、そう決めた。

 久賀にとっては友人ではないのかもしれないが、ならこいつにも友人だと認められるように努力しよう。

 一応ね、言葉ではトモダチだって言ってたけどな、コイツ。
 でも、きっと。

(ホントは……いても、いなくても、変わらない存在だよな、お前にとったら)

 背中を見ながら考える。
 四日ぶりに登校したくせに、挨拶ひとつしないでこんな場所でサボリだとか……ホント、最低だな。

「今は自習なんだよ」

「自習でも授業中に変わりないでしょ。授業サボっちゃダメだろーオガミン」

「誰がオガミンだ!つか、今日全く授業受けてないテメェがいうな」

「あーはいはい、そうですね。オヤスミナサイ」

「待てぃ!なにがオヤスミナサイだっ!」

「うるさいよ。こっちは寝不足なんだから静かにしてくれない?」

「こんなところで寝るなよ、体調悪いなら保健室にいけ」

「保健室ぢゃ爆睡出来ないからヤだ」

 どーゆーことだ。
 ベッド完備の保健室より吹きさらしの屋根の上がいいとか、変わってるにもほどがある。

 新しい建物だから十分綺麗だし、ラッキーな事に鳥の糞なんかも落ちてないけれど、屋根は屋根だ。
 屋根とベッド。寝心地の良さは、わざわざ比べるまでもないだろう。

 布団や枕が変わると寝付けないタイプなのか?いや、そんな繊細なヤツが屋根の上で寝るとかありえねぇ。

 意味が分からないと、頭をコトリと傾けた。


 背中を向けている相手をまた暫く無言で見つめた。
 言葉ひとつ発しない相手に、そういえば顔色が悪かったなぁこいつ、と、急に不安になった。
 手を動かしたのは無意識だ。
 額に触れようと伸ばした手をバシッと払われた。

 まだ、指一本触れてないのに。

「いてっ」

「さわんな」

 何だよこのヤロウ。
 心配してるのに。

 ムカついて、肩を叩き返す。

 なにすんの。と久賀がようやく体を動かしてこっちに顔を向けた。

 やっぱり顔色が悪くて、疲労の色が見えた。

「やっぱ、熱あるんじゃねぇの。計らせろ!」

「ないから、止めろって」

 しつこく手を伸ばすと、今度は手首を掴まれた。
 Yシャツの袖口から覗く手首に視線が釘付けになる。

 手首がくるりと一周、赤く擦り切れ、所々打ち身みたいに青く鬱血していた。

「お前ね、人の睡眠を邪魔する前にやることが……」

「ちょ!どうしたんだよこの手!!」

言葉を遮って、相手の手を掴み返しながら言った。


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