うそつきな友情(改訂版)

あきる

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第4話

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 初夏の雨の日以来、久賀のことが気になった俺は、友人になるために努力した。

 久賀はいつも屈託無く笑って、冗談を言って女の子を侍らしていて、俺は笑って冗談を返して女の子には優しくしなさいとふざけて偉ぶった。

 雨の日の横顔は、明るい友人のソレと全く違っていて、見間違いだったのかと思うくらいリンクしない。
 だけど、あの赤い髪は間違いなく彼だろうし、悔しいぐらい整った顔を他の誰かと見間違えるとは思えない。

 単純な俺は、久賀と仲良くなればあの日、雨の中に佇んでいた理由が解るかもしれない、なんて思ったのだ。

 久賀にとってはその他大勢のヒトリという認識でしかなかったと思う。それでも「お前らいつも一緒で仲良いよな」と周りから言われるくらいには、近づくことが出来た。

 登下校は恋人にとられたけれど、休み時間や自由に組をつくる授業では、いつも一緒だった。

 楽しくて面白いヤツで、嘘臭くて、最低な男。

 次々と恋人を変えるのに恨まれない理由は何だろうと真剣に考えた。そして、誰も本気で好きだから付き合っているわけではない、という答えに辿りつくまでに、あまり時間はかからなかった。

 ゲームのようなビジネスのようなお付き合い。

 実際に、金を貰っている事を知ってからは、ビジネスなお付き合いなのかという印象はより強くなった。



 その現場に遭遇したのは偶然だった。

 久賀はその日、数枚の万札をサラリーマン風の男から受け取っていた。

 スーツを着て、前髪を上げて、不敵な笑みを浮かべる友人は、制服を着ているときより随分と大人びて別人のように見えた。
 しかし、見間違いようがない。

 薄く開いた久賀の唇を男が自らのソレで軽く塞ぎ、久賀は札をポケットにしまうと、投げキッスをして男に手を振った。

 男が立ち去って、久賀も男に背を向けて歩き出す。
 俺は慌ててその背中を追った。

 追いかけて、腕をつかんで路地に引っ張り込む。
 
 なにやってんだよ。あのおっさん誰。その金はなに。

 たたみかけるように質問する俺に向けられたのは、笑みを含んだ眼差しだ。
 慈悲深いと思えるくらい優しくて、どこかツクリモノっぽい極上の微笑みが俺を捕らえた。

「なんでいるの、尾上」

 首を傾げた久賀の胸元に視線が釘付けになった。

 ボタンを外したシャツ。
 ちらりと覗く鎖骨。
 赤く鬱血した肌。
 頭の中が真っ白になった。
 無意識のうちに掴んでいた胸ぐらを引き寄せて、がむしゃらにキスをした。

 舌を差し込んで口内を犯す。
 歯列を舐めて、ついばむように唇を離し、また深く重ねた。

「………情熱的」

 くくっと笑った久賀に、腰をホールドされた。

「んっ」

 舌が絡み合った。
 息継ぎも惜しいくらい欲しがる俺に、ガキを宥める余裕さで応える久賀。

 キスの上手さにとろけそうだ。
 場所も忘れて身体を密着させて、まだ足りないと態度で訴えた。


「尾上。たってる」

「!!!」

 笑みを含んだ言葉に、全身から火が噴いた。
 ガバッと相手から離れて、その場にしゃがみ込んでしまった。

 いま何をした、俺。

 急に、夢からリアルに引き戻されたような感覚に陥って、自分の行動に絶望する。

 口元を掌で覆い隠した。
 気持ち的には顔面蒼白、実際にはどこもかしこも燃えてるみたいに熱くて赤かった。

「おーがみ、だいぢょーぶ?」

 楽しそうな声音が神経に障る。顔を上げることが出来なくて、足元ばかり見ていた。

 黒い皮の靴。
 大人っぽいスーツ。
 クラクラする香り。
 甘い唇。
 ああ駄目だ。熱が引かない。

「耳、赤いよ?」

 しゃがんで視線を合わせてきた久賀が首を傾けながら言った。
 ちょっ、本気でやめろ。どんな顔すりゃぁいいんだよっ。

「うるさい。見るなっ。向こう行けよ!」

 自業自得なのにパニクってそんな可愛い気のないことを吐き出す俺に、久賀は変わらず明るい口調で返してきた。

「ん?帰っていいの?」

「帰れ!」

「あー、そう?そんな状態で置き去りにするのはちょっと可哀相かなぁーって思ったんだけど、帰れってゆーなら仕方ないや。よいしょっと、ぢゃぁな尾上。また明日ー」

 立ち上がってマジで帰ろうとする相手の背中を無言でガン見。
 いやいやまてまて!確かに帰れとは言いましたがこの状態で見捨てて帰るとか無いだろう。開いた口が塞がらない。

 でも、掛ける言葉も浮かんでこない。 

「あ。そうだ」

 一個だけ忠告と久賀は振り返り、しゃがんだままの俺に言った。

「この辺、そっち系のおぢさんが多いから、お持ち帰りされないように気をつけろよ?」

 にやにやと意地悪く笑う相手の言葉に、目が点になった。
 そっち系って……どっち?

「可愛い男の子が好みな性癖のおぢさんだよ。あ、尾上は可愛いには該当しないから大丈夫かな。まぁ、たで食う虫もなんとやらだし用心するに越したことはないよ」

 それぢゃあね、とにこやかに笑って立ち去ろうとする相手を慌てて引き止めた。
 こんな状態で、恐ろしい忠言の後に、ヒトリになる勇気はない。
 弱虫でも良いしタデムシとか、なんかよく分からない生物でもいい!
 少年嗜好のおぢさんにお持ち帰りされるなんて死んでもゴメンだ。
 たでむしがどんな虫なのかはあとで久賀に聞いてみることにして。兎に角、だ!

「く、久賀っ」

「なぁに?」

 余裕な笑みと、平然とした声音。緩い口元がエロい。
 セットが崩れた前髪が、ぱらりと目蓋の上に落ちていてセクシーだ。
 ちょっぴり着崩したスーツ姿が似合いすぎてムカつく。
 チクショー。
 腹立つくらいカッコイイ。
 神様は不公平だ!
 俺にもせめて身長ぐらい寄越せよ!

 ちょっと状況に合わないずれた怒りを自覚しながら胸の奥に突っ込んで。今重要なのは誰かさんの色気でも俺の僅かに足りない身長でもなくて、だ。

「た、助けろよ」

 屈辱だが、身の安全を確保したい。
 ああ、屈辱だ。今までに無いほどの屈辱だ。
 自分のとった行動にもイラつくし、余裕綽々よゆうしゃくしゃくな相手にも腹が立つ。

 ホントに何で、俺はコイツにキスなんかっ……。

「良いけど、見返りあるのソレ」

「はっ?見返り」

 友人の口から発せられた信じられない言葉に、思考が停止した。

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