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第8話 俺の守護精霊が思ったより無能……ゲフンゲフン
しおりを挟む「流石にあの大きさの石が当たったらヤバイだろ」
ぱきぱきとガラスを踏み砕き、割れた窓に近づいた。
5歳児の身長だと窓を見上げるようになり、壁と壊れた窓枠と木々に覆われた空しか見えない。
ついつい15歳の感覚で動いちゃうんだよね、失敗、失敗っと。
なにか、足場になるもの……ああ、椅子でいいか。
危ないぞと制する炎王の声を聞きながら、椅子を引きずった。
好奇心が刺激されたのも理由のひとつだけど、誰が石を投げ込んだのか知っておくのは、今後の為にも良いと思うんだよね。
俺には頼もしい炎王がいるし、石が飛んできても身の安全は保証されている。そんなわけで情報収集を優先します。
それにしてもこの椅子、簡素なわりに結構な重量だな。
「炎王、この椅子動かせる?」
『……俺は精神体の精霊だからな。箱庭の物質に干渉すると影響が大きすぎる故に、双子神が課す制約は上位種の精霊になるほど強くなる』
「つまり」
『椅子じゃなくて炭になるな』
はい、出来ないってことですね、まどろい。
精霊王なのに、椅子も運べないのか……ま、火事になったら困るし、自分の事は自分でするからいいけどね。
おっと、流石に5歳じゃあ自分の身を守るのは限界があるので、そっちは遠慮なく頼りますよ。
「石が飛んできたら魔法で防げる?」
念のため確認はしてみるけど、こっちの答えはわかっている。
本に登場していた炎王の技の中に、目に見えない熱の壁?みたいなものを発生させる防御魔法があったはず。
登場人物の中で炎王と彼の宿主の赤鷹は、結構好きなキャラだったから、何となーく持ってる能力も覚えてるぜ。
ツンツンツンツンツンツンツンツンツンツン、デレな黒鷹王に献身的に仕える赤鷹の姿にコイツ可哀想過ぎるっと同情したのは俺です。
人の心と正気をゆっくり失っていく狂王に、人生どころか魂まで捧げた忠誠心の高さと友情は紛れもない見所のひとつなんだが、彼女もどきの幼馴染みに言わせると『それ、友愛も含む主従愛だから』とのことでした。
「あんた分かってない!独占欲が一番高いのは赤鷹と炎王だから!友情?そんな生温い!主従愛なんて言葉じゃ表現できないくらいの愛なのよ!」とか街中で叫ばれても「あ……はい、そーですね」としか返答のしようがねぇーわ。つか、なんで今それを思い出すかな。
唐突すぎるよ、坂谷くん!
腕を組み、隣でニヒルに笑っている炎王の感情に、主従に向ける以上の何かが含まれているのではないかと、警戒してしまうではないか。
『当然だ』
短い返事なのに、やたら嬉しそうですね。
ちなみに今の返事は【石を防げますか?】に対するアンサーだよね?
俺の心の声とか読んでないよね?
いや。先に言っとくけど、俺はノーマルだからね?
BL小説の登場人物に転生したけど、坂谷くんはノーマルな恋愛思考だからね?
思わず炎王を見上げながら後退りしてしまった。
それに気づいた炎王が、頭だけを動かして俺を見下ろす。
自信と喜びに溢れていた彼の表情が、瞬く間に硬いモノへと変わった。
「……うっ」
一瞬、雨に濡れて震える、捨て犬の幻覚が見えたよ。
炎王……それは反則じゃね?
でっかぃ図体していやがるのに、なんですかねその技は……。
その、犬っぽい目でこっち見んな。
おかしい。炎王は犬の精霊じゃなくて、本体は巨大な竜だったよな?だったらこう、爬虫類っぽくなるんじゃねぇーの?知らないけど。
お前はなぜ、そんな濡れた……切なそうな目をする、なにゆえに。マジでやめろ。なんか、ガリガリ削れる気がするから。こう、良心的な何かが。マジこっち見んな。
『どうかしたか、主』
「え……いや、その……い、椅子の上に靴を履いたまま乗るのはやっぱりダメだよね?」
無い脳みそを絞って必死に誤魔化しました。
王者の風格は早くも瓦解したぜ。
どーせ俺は平々凡々な庶民ですよ。
『なにを深刻そうな顔をしておるかと思えばそんな下らないことか……どちらでも主の自由にすればいいだろう』
素っ気ない口調だけど、あからさまに表情が明るくなったよ。
そんなにか。そんなにナジィカが好きか。
まぁ……知ってたけど。
本読んでるから知ってたけど。
いや、まて。そーいやぁ今はまだ、炎王は双子の神様から命じられた使命が優先で、ナジィカへの気持ちはラブじゃなくてライク程度、いや、いや、人間嫌いの炎王が、上の命令で仕方なく人に従ってるんですよ?今ならまだ、ライクほどの関心もないかもしれねぇ!
精霊種は基本的に人間が嫌いで、炎王も神さまに命じられてナジィカの側にいる。
色々あって赤鷹の体にinして人間の魂と混じって、ライクが生まれラブへと進化するって流れだったな。
希望の朝が来た!
炎王の気持ちはライクで阻止しよう。
流石にずっと隣にいる相手に嫌われてるのは精神的にキツいから、好感度は普通よりちょぃ上くらいが望ましいです。
で、好感度操作ってどうやるんだっけ?
「じゃあ、靴は脱ぐことにするよ……っと、ちょっと肩貸してね炎王」
『わざわざそんな物を使わずとも、俺が抱き上げれば済むのでは?』
むむっ。
それはずいぶん楽そうな……いやいや落ち着け坂谷くん。
例えばこれがゲームの選択肢だと【肩を借りる】と【抱っこして貰う】ってところだよな。これって後ろの方が絶対に好感度上がりそうじゃね?(坂谷くんの勝手な見解である)
よし、ここは【肩を借りる】を選択で!
「そーだけど、精霊が見えない人がその状況をみるとさ、僕は宙に浮いてることにならない?」
『そうだな。そう見えるだろうな』
「人って浮けるの?」
『加護を与える精霊によっては可能ではあるが……』
「この国って精霊加護持ちが少いんだよね?呪われた王子が守護精霊の力を使って牢獄でアレコレ良からぬ事をしている……なんて噂がたったら色々面倒だよ」
乳母を焼き殺したから、すでに手遅れではあるだろうけど……進んで新しいネタを提供してやる必要はないよね。
それにしても、そんな恐ろしい力を持つ俺を刺激するなんて、子どもとはいえちょっと無謀過ぎません?
「ふぅ、よし。これで外が良く見える」
さてさて、勇敢と無謀を履き違えてるのは、ナジィカの何番目のお兄さんかなぁー。
頑張って引っ張ってきた椅子の上に、炎王を杖がわりにしてなんとかよじ登った俺は、ちょっとだけワクワクしながら窓の外へと視線を向けて……石を持ち振りかぶったポーズの相手とばっちり目が合って固まった。
「……っ!」
少年が投げた石が飛んできた。
バシッとそれが見えない何かに当たって跳ね返り、床に転がった。
窓から一番近い場所に生えている木に、一人の少年がいた。
なるほど……そこから投げれば、確かに此処まで届くな。
「炎王ありがと」
小声で石を防いでくれた精霊にお礼を言う。
『当然だ』と得意気な精霊がちょっとバカっぽくて可笑しいな。
お前さ、クールキャラ設定どこいったし。
ま。今はそんなこと横に置いておいて……。
木の上の少年を真っ直ぐに見た。
少年の銀色の目はこの国では特に珍しくない。
ちなみに、ナジィカも青が混じった銀色の目と同色の髪をしている。
一番多いのは明るい茶色だと聞いた。
珍しいのは黒。
この国の紋章に描かれた黒い鳥は守り神でありこの国の王を示す色で、その色を持つ子どもは滅多に生まれてこない。
それよりももっと珍しい色が白。
生まれながらの白髪の子は、死神を呼ぶ者として、産まれて直ぐに殺されることもある、そんな不吉とされる色。
王族の中で、それを持つものはただ一人。
「ロイ・プロキオン」
何色も混じらない美しい白髪。
俺は無意識に少年の名前を呼んだ。
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