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第5話 精霊を呼び出す魔法の呪文を唱えよう(ぼくはちゅうにびょうでもふだんしでもない)
しおりを挟むぺたり、と床に座り込み、暖炉の灰に両手を差し入れた。
ふうっと息を吐き出して、俺は小説の言葉をなぞった。
「この世の全ての炎を司る、永遠に燃え尽きることなき原始の君。双子神の吐息から産み出されし炎の魂よ。君の主であるナジィカがここに願う。王の中の王なる君よ、今こそ僕の声に従いてその姿を顕せ!炎王!僕の前に来い!」
かっと両手が熱くなる。
あの夜、メアリーを焼き付くした炎は、幼いナジィカの心に傷を追わせた。
けれどあの炎はただただナジィカを守りたくて放たれた力だった。
それは精霊。
この世に確かに存在する、ひとあらざるモノたち。
ナジィカの側にいて彼を守る精霊の名は炎王。
全ての火の精霊の頂点に立つ、炎の精霊王だ。
暖炉に突っ込んだ手のあたりから炎が吹き出し、暖炉の中を一瞬だけ照らして消える。
「び……び、びったぁ」
突然燃え上がった火に驚いた俺は、無様に後ろ向きに倒れて天井を見上げていた。
顔にかかった灰をけふんっとくしゃみして吹き飛ばし、がばっと上半身を起こした。
部屋の中に視線を巡らせてみても、精霊の姿はどこにもない。いや、たが炎があんな動きを見せたのだ。近くにはいる、はずだ。
「いるはずってゆーか絶対にいるんだよね」
暖炉の中を覗き込む。
四つん這いで、頭だけ突っ込んで「おーい、えんおー」と呼んでみた。
一応、小声です。
兵士さんに聞かれたらビックリされるだろ。暖炉に頭を突っ込んで独り言をいっているとか、呪い子怖い呪い子怖いに拍車が掛かるじゃねーか。
ぺちぺちと暖炉の壁を叩いてみても、無反応です。
マジか……かなり厨二病っぽい台詞を勇気を持って言ってみたのですが?
これで放置プレイとか坂谷くんの精神が磨り潰されるっ、いやっ、恥ずかしいっ。
うん。現実逃避してる場合ではないよ。
もしかしてなんかやり方間違ったか?
ぶっちけ台詞の半分くらいはテキトーなんだけどな!
たった一回読んだだけの小説のキャラクターの台詞まで完璧に記憶出来るなら、俺は凡人の称号を返上します。
半分程度でも炎王に呼び掛けたナジィカの台詞を覚えていたのは、本の持ち主が飽きることなく隣で語って俺に聞かせたせいですよ。
つか一応、曲がりなりにも彼氏にさ、BL小説進めるかねぇ普通。
読んだけど。
あんまり感想感想煩いから読んだけど。
『ソフトなBLだから!精神LOVEだから!寧ろちょっと深すぎる友情でも通用するレベルだから!読んで!』と、ぐぃぐぃ来られて結局読んだけど。
『激しいエッチが無くて腐友には今一な反応されたけど、一葉ならこの良さが分かる!』って赤裸々な熱弁されて読んだけど。女の子が激しい~とか言うな。
後、激しいエッチシーンが無いとダメって、お前の友だち大丈夫か?
え?女子ってそんななの?
俺たちが猥談とかしようものなら『やだー、もー、男子サイテー』とか言うじゃん?
え?女子ってそんななの?(大事なことだから以下省略)
あの日、心に思い浮かんだ様々な疑問は、そっと胸の奥に押し込めて隠して蓋をして封印して無かったことにしました。
15の男子高校生の繊細なハート舐めんな。
異性には夢を持っていたいのです。
もやっとした何かを抱え、無理矢理押し付けたられた本を開いた午後11時。
気づくと、窓の外はうっすらと明るかったです。
本の表紙を閉じた後、俺は泣きました。
「あー……『誰でもいいから黒鷹王に愛の手を』って、アイツと語り合いましたねぇー、そーいえば」
なんだか遠い昔のことみたいですねーと、在りし日の記憶を辿りしみじみしちゃう。
『孤独な王に捧げる人形』
タイトルからして病んでる雰囲気が半端ねぇその物語は、愛し方も愛され方も知らないひとりの王様が、国を思い、民を思い、友を思い、ひたすらに足掻きもがき苦しみながら、何かを守るために戦い、少しずつ壊れていく話だった。
最終的に国は滅び、友も失った。
小説は王さまが死後の世界で友と再会するラストで締め括られていて、この物語はハッピーエンドなのかバッドエンドなのかとファンの間で物議を醸したらしい。
決して愉快な話ではなかった。
どちらかというと、常に痛みが傍らにあるような、少し暗い物語だ。
だけど、そこには愛があった。
国を滅ぼす程の、心が壊れるほどの、思いが強すぎる故に相手の命を奪う程の、深くて歪んだ愛があった。
たった二つの手で、守れる命の数などほんの僅かだ。
それを知った上で尚、黒鷹王は剣をとった。
この手でアイツを、たったひとりの友を守りたくて……って、うおっ!手が灰まみれじゃねーか。
そりゃそうだ、暖炉の灰に手を突っ込んだら、とーぜんそーなるよ。
パンパンと手を叩いて灰を払うが、指は真っ黒に汚れた。
ついでに服もところどころ汚れている。
きっと、顔も汚れているんだろーな。
メアリーがいたら、ハンカチで汚れたところを拭ってくれただろうにな。
着替えも用意してくれただろうにな。
ぐるりと部屋を見渡しても当然、誰もいない。
一人っきりの部屋。
鳥籠と呼ばれる牢獄。
ごろんと床に寝転がって、三角の天井を見上げる。
退屈は人を殺せる。
それは小説の中のナジィカの言葉だ。
乳母が死に、王様は塔に訪ねてこなくなり、門番はドアの向こうで気配を消して、部屋から見えるものは、窓の向こうの木々の波と、僅かな空の色だけだ。
そうやって、ナジィカの精神はゆっくりと蝕まれていった。
小説の中のナジィカと比べると、俺の状況は少しばかりマシだとは思うけれど、それでも……いまは塔の部屋にひとりっきりだ。
吐息の微かな音さえも、静かな部屋ではとても大きく聞こえて、それが更に孤独感を募らせた。
「『まるで生きながら、心が死んでいくみたいだ』」
無意識のうちにナジィカの台詞をなぞる。
ふと、指先が痺れた気がした。
メアリーを失ったあの夜みたいに。
「……炎王?」
虚空にそっと呼び掛ける。
再び、指先がぴりぴりと痺れた。
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