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第56話 これは爬虫類ですか?はい、精霊です。

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〈炎王視点〉

 俺という自我が目覚めたのは、箱庭に降り立つ1年ほど前の事だった。
 自我の確立と同時に、器の形成も完了する。鋭い鉤爪と立派な牙と巨大な翼を持つ、竜のカタチを成したのは双子の神がそう命じたからだ。
 俺は腹のあたりに、まだカタチの定まらない魂を抱えていた。
 自我の目覚める前から、傍らにあったそれ。それが俺の創らうまれた理由なのだと、誰に言われるでもなく理解した。
 これを守ることが俺の使命だ。
 腕の中でふよふよと動き、あらゆる色に変わるちっぽけな魂を優しく腕に抱き、翼で包み、尻尾で遠くに飛んで行かないように引き寄せて、鼻先でそっと触れる。そうやって、その魂を守ってきた。
 それが人の器に押し込められると知ったときは、少しだけ不満だった。
 俺と同じ精霊であれば良かったのに。
 そうすれば大地を共に駆け、空を飛び、同じ世界で同じ時を刻むことが出来る。
 人では無理だ。人と精霊は触れあうことが出来ない。そう、神に定められている。

 どうしても人でなければダメなのか?と双子神に尋ねた。
 人でなければソレは存在できないよ?と返された。

 双子神がそう定めたのならば仕方ない。
 人に頭を下げるのは屈辱に他ならないが、コレは俺が守り続けた魂だ。愛しい魂だ。人の器を得ても魂の気高さは変わらないだろう。
 ふわふわと揺れる魂をぺろりと舐める。すると、炎が揺らめくしんよりも熱い何かが身体中を駆け抜けた。それは双子神に与えられるものよりも、ずっと深い悦びだ。
 翼で魂を包み込む。腕の中で僅かに揺れるソレに、グルルルルと咽が鳴った。
 はやく此方へ来いと願う一方で、人の器など永遠に得なければ良いとも願った。入れ物を持たない魂はいずれ消滅してしまうが、ここにいれば俺の魂をコレに分け与えてやることが出来る。
 そうやって、静かなこの世界で寄り添って生きて、共に消滅すればいい。
 決して叶うことのない未来を、僅かな微睡みの中で夢に見た。双子神の望みを叶えるために存在する精霊には、抱くことすら許されない夢だ。
 一瞬の気の迷いだろう。コレのために創らうまれた俺が、コレの死を願うことなど、決してあり得ないのだから。

「時が来たよ、炎王。彼の器が実った。まもなく箱庭に産まれ出でるだろう」

 白い青年の姿をした神の片割れが俺に語りかけ、微睡みの中にあった意識が浮上した。
 ゆるりと両のまぶたを開き、頭を上げた。

 時が来たのか……ならば箱庭に渡って、主となる愛しい魂に器を与え、傍で守ることが俺の今後の役目だ。
 なに、いままでと変わらないさ。ただ、コレに触れることが出来なくなるだけだ。
 最後にもう一度、愛しい魂を隅々まで舐めて慈しむために、翼を動かして……腕の中にそれが居ないことを知った。
 視線を巡らせる。
 世界を覆う石の冷たい青だけが、目に映るすべてだった。

 GRroo!

 空に向かって吠える。
 どこにいる?と呼び掛けた。
 身体を起こして、大地を蹴って駆け出した。
 炎の吐息を吐きながら、空へと羽ばたく。

 GRォォオオオオオオオオオオオオ!

 俺の、愛しい魂。
 俺の主!
 どうしていない。なぜ。先ほどまで確かにこの腕の中にいた。ここにいたはずなのに……っ!

『GRォォオオオオオオオオオオオオ!』

「うわっ……!ちょっと炎王!火炎放射はやめてー!!」

 あまりに間抜けな、場にそぐわない声が、俺を表す記号なまえを呼んだ。


◇◆◇◆◇◆◇

 落ちた先は、真っ赤な湖で……それに突っ込んで必死に水面に這い出た俺は、赤い湖が水ではなくて、大地が溶けて液体化したのだと知りました。
 一瞬で溶けて死ぬかと思いました。
 どうやら無事です。不思議です。
 熱さは……ちょっと温度が高めの風呂みたいな感じですかね。粘っこいけど。

「いやいやいや訂正っだんだん熱くなってきたぁぁぁ!あちっあちちちちちぃぃぃ」

 必死に手足を動かして、なんとか陸地?に這い上がります。
 ぜぇぜぇと肩で息をして、炎の精霊王の加護持ちでホント良かったと胸を撫で下ろします。アイツのご主人様になったから、こんな面倒なことになってるんじゃね?なんて真実からは今だけ目を逸らしとこうぜ、坂谷くん。心折れるからさ……。

「と、取り敢えず、即死しなくて良かった」

 今の俺は魂だけの存在らしいので、リテイクはないんですよ。
 そんなわけで、こんな危険なところにはいつまでもいられませんよね。
 さて、炎王を連れてとっとと帰るぞ!

 ゴウッと頭上で空気の揺れる音がして、空を見上げると……火の玉が視界を横切っていきました。
 反射的にそれを目で追います。
 火の玉は、薄青の石の山にぶつかって、地響きを発生させながら、石の山を粉砕しました。
 直撃を免れた部分もどろりっと溶けて真っ赤になり、下へ下へと流れ落ちました。

「わー…………ガチでやべぇ」

 ギギギッと軋む音が聞こえそうなくらい小刻みに、火の玉が飛んできた方向に顔を向けた。

「……oh」

 巨大な、爬虫類がいました。
 いやごめん、いくらなんでも説明が酷すぎるか……えーと、赤いドラゴンですね、ええ。
 ドラゴンは口から四方に火を吐き散らして、暴れています。森の中で襲ってきた巨大な狼より凶悪そうです。
 もしかしなくても、あれが俺の守護精霊サマですか?

「……oh」

 踏み潰されるか、炎で焼かれるか、丸飲みにされる未来しか想像できません。いくらなんでも反抗期が激しすぎるだろう、お前。もはや天災レベルじゃん。

「いや……反抗期じゃなくて、おやばなれ出来ない子どもの癇癪だっけ?」

 双子の神さまが言うには、彼らが俺を勝手に連れ去ったせいで俺の気配が消失して、炎王は怒りと混乱で我を忘れている……とのことでしたね。じゃ、俺が戻ってきたことを教えてやれば、正気に戻るんじゃね?

「戻って貰わなきゃ困るっ………おおーーーーぃ!炎おぉぉぉぉってうぎゃぁぁぁぁ!」

 炎王の吐いた炎が俺がさっきまで立っていた場所に直撃し、俺は再び水……ってゆーか溶岩流?……の中に落ちました。

「いぎやぁぁぁぁ燃えちゃう燃えちゃう燃えちゃうぅぅぅぅ!!」

 燃えるってゆーか溶けるっ!死ぬ死ぬっ。
 必死で目の前のドロドロを掻き分けて、陸地に這い上がりました。なんか、俺の体から湯気が出てるんですけど……?もしかして溶けてる?ちょびっと溶けてたりするの?
 
「え、えええ炎王ぉぉぉーーー!マジでちょっと落ち着けぇー!!冗談抜きで俺が死ぬぅぅぅ!!!」

 力一杯叫んでみたが、炎王の叫び声に掻き消された。ちくしょー。距離が遠すぎるか。
 だったら近づくしかない、と立ち上がり、先程より陸地が減っていることに気づいて、ごくりっと喉を鳴らした。
 あれ、これって陸地がなくなる前にどーにかしないと、マジでエンドじゃね?

「っくそーー!やってやんよー!!坂谷くんの根性なめんなぁぉぁ!」

 徐々に減っていく陸地を、俺は全速力で駆け抜けた。目指すは泣いて暴れる赤いドラゴンだ。
 俺はこんなとこで死んだりしないっ!炎王!お前を絶対に連れて帰るからな!

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