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第42話 呪い子
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〈ナジィカ視点〉
僕の世界はメアリーで出来ていた。
小さな世界で、僕はメアリーとふたりで生きていた。
ちいさな世界はそれで完全だったから、僕は彼女が居れば十分だったし、それ以上の何かを望んだりしなかった。
だから、メアリーが僕を嫌いで、要らないといった時には、もう、消えてしまっても構わないやと、そう思った。
彼女に憎まれたまま、誰にも愛されずにひとりぼっちで生き続けることよりも、消えて無くなっちゃった方が、ずっと楽な気がしたから……。
それに、メアリーは泣いてくれた。
僕がいなくなっても、彼女以外に泣いてくれるヒトなんていない。
父上も、異母さまも、異母兄弟姉妹たちも、僕を想って泣くことはきっとない。
メアリーしかいなかった。
メアリーだけが、泣いてくれた。
だから、本当に僕は、彼女がそれを望むなら、永遠に眠り続けてもかまわないと、そう思ったんだ。
だけど僕は生きていた。
彼女を殺して、僕は生き延びた。
生きたまま彼女は火に焼かれて、苦しみながら死んだ。
僕を見つめる彼女の濁った目と、最期に僕の名を悲鳴のように叫んだ声を、忘れることは出来ないと思う。
この日僕は、自分が【呪い子】と呼ばれる意味を知った。
僕はなにか悪いことをした記憶も、誰かの不幸を望んだことも無かった。
いつかは外に出られるのだと、信じてもいた。
絵本やメアリーのお話の中でしか知らない外の世界。そこがどんなところでも、きっとメアリーと一緒なら楽しくて……いつかはそんな日が来るのだと信じていた。
でも、違った。
僕は、そんな幸せなものを、望んじゃいけなかったんだ。
ひとりで、いるべきだ。
だって、僕は不幸を呼び寄せるもの。
たったひとり愛して、慈しんでくれたヒトまでも不幸にする。
だから僕は呪い子なのだと、メアリーを失った日に知った。
僕は死を覚悟したけれど、心のどこかでは生きたかったみたいで、バラバラの心が別の人格をつくった。
僕は【僕じゃない僕】が動くのを、どこか遠いあたたかな場所から見ていた。
最初は都合のいい夢なのだと思った。
僕自身ですら分からない、願いを、希望をカタチにした夢。
夢の中の【僕】は、信じられないくらい明るくて、騒がしかった。
素直に泣いて、じたばたしながら怒って、声をあげて笑った。
その【僕】はぎくしゃくしていた父上と打ち解けて、名前しか知らない弟とも仲良くなって、話したこともない門番や父上の側近にもあっという間に気に入られた。
おうまさんごっこってなに?
父上のお膝の上で、絵本の読み聞かせなんてされたことないよ。
門番にドアの向こうから話しかけられたり、お菓子を貰ったことなんて無い。
「ありがとー!」なんてにっこり笑ってお礼を言うなんて……幽閉されていても僕は王子だ。誰かに頭を下げる義務も、お礼を口にする必要も無かった。
王子の行動ではない。
正しい行動じゃない。
間違ってる。
だけど、もう一人の【僕】が笑うと、父上も父上の側近も、弟も門番も、精霊たちも嬉しそうだった。
僕は、そんな【僕】になりたかったのかな?いいや、違う。だってその【僕】は精霊とも仲良しだったから。
僕はメアリーを奪った炎が憎かった。
その炎を生み出した、精霊王が憎かった。
ふと、どうして、その精霊が炎の王で、メアリーを殺した相手だと知っているのかと、自分自身に疑問を抱いた。
すると、なんの前触れもなく、幾つかの映像が浮かんできた。
僕は【僕】の記憶の一部を知って、不意に理解した。ああ、これは夢じゃなくて現実なんだ、と。
それからは途端に忙がしくなった。
【僕】の記憶をひとつでも多く見て、情報を得なきゃいけなかった。だって【僕】はあまりにも無謀で警戒心がなかったから。
僕はメアリーがいない世界で生きたくなんて無いから、【僕】がナジィカとして生きてくれたらそれでいいやと思った。
でももし【僕】に何かがおきて、また僕がナジィカとして生きることになったら?だめだ、堪えられない。何よりも、炎の精霊王が側に居ることが無理だ。絶対無理だ。最悪、僕は炎の精霊王を消滅させる道を探す、そう断言できるほど無理だ。
だから僕は【僕】が安全であるように、サポートをすることにした。
【僕】の記憶も出来るだけたくさん読んでみた。
そのせいか、炎の精霊王に対する憎しみがほんの僅かに揺らいだけれど、消えることは無いだろう。
炎の精霊王がどれほど憐れでも、それを理由に許すことは出来ない。
【僕】には出来ても僕には無理だ。
メアリーは僕のすべてだったから。
それにしても【僕】は本当に無謀だね。
弟のために塔の窓から飛び降りただけでも問題なのに、今度はたかだか従者のひとりを救うために、渓谷に身を投げるとか……無謀というよりバカだ。
助けられるはずがない。
塔の窓から飛び降りた時と違って、今は精霊が近くにいない。氷王は真っ暗な闇みたいな、歪んだ形の精霊を相手に戦っていたし、炎の精霊王の気配は近くに無い。
へちゃんこにつぶれるのか、ばらばらに引き裂かれるのか、どっちにしろ二人とも死んじゃったなと思っていると、不思議な事が起こった。
【僕】の左手に巻き付いていた精霊が、【僕】の願いに答えるかのようにその姿を変えた。
細かな光の粒子に変わったそれが【僕】の背中に集まって、大きな2枚の赤と黒の羽を生み出した。
精霊の存在の消滅、とまではいかないけれど、多分、それに程近いことが起きたのだとわかった。
身を削って別の存在に変化したその精霊は、もう、元と同じ存在ではない。だけど、きっと迷うことも、【僕】を恨むことも無かっただろう。
ナジィカは精霊に愛されやすい存在らしぃ。そう【僕】の記憶の中にあった。
【僕】は2枚の羽で空を駆け、従者の体を掴まえた。ほんと【僕】は無茶をする、と呆れた次の瞬間、予想外の事が起きた。
『私たちの愛する支配者の魂よ。ここに戻って』
『主!!』
頭の中で響いた声に、僕の中の何かがごっそりと奪われる。
瞬きの間に、空にいるのは【僕】ではなくて僕になった。
「冗談でしょう……?」
コントロールが不安定になり、緑の大地に向かって落下しながら、僕は呆然とそう呟いたのだった。
僕の世界はメアリーで出来ていた。
小さな世界で、僕はメアリーとふたりで生きていた。
ちいさな世界はそれで完全だったから、僕は彼女が居れば十分だったし、それ以上の何かを望んだりしなかった。
だから、メアリーが僕を嫌いで、要らないといった時には、もう、消えてしまっても構わないやと、そう思った。
彼女に憎まれたまま、誰にも愛されずにひとりぼっちで生き続けることよりも、消えて無くなっちゃった方が、ずっと楽な気がしたから……。
それに、メアリーは泣いてくれた。
僕がいなくなっても、彼女以外に泣いてくれるヒトなんていない。
父上も、異母さまも、異母兄弟姉妹たちも、僕を想って泣くことはきっとない。
メアリーしかいなかった。
メアリーだけが、泣いてくれた。
だから、本当に僕は、彼女がそれを望むなら、永遠に眠り続けてもかまわないと、そう思ったんだ。
だけど僕は生きていた。
彼女を殺して、僕は生き延びた。
生きたまま彼女は火に焼かれて、苦しみながら死んだ。
僕を見つめる彼女の濁った目と、最期に僕の名を悲鳴のように叫んだ声を、忘れることは出来ないと思う。
この日僕は、自分が【呪い子】と呼ばれる意味を知った。
僕はなにか悪いことをした記憶も、誰かの不幸を望んだことも無かった。
いつかは外に出られるのだと、信じてもいた。
絵本やメアリーのお話の中でしか知らない外の世界。そこがどんなところでも、きっとメアリーと一緒なら楽しくて……いつかはそんな日が来るのだと信じていた。
でも、違った。
僕は、そんな幸せなものを、望んじゃいけなかったんだ。
ひとりで、いるべきだ。
だって、僕は不幸を呼び寄せるもの。
たったひとり愛して、慈しんでくれたヒトまでも不幸にする。
だから僕は呪い子なのだと、メアリーを失った日に知った。
僕は死を覚悟したけれど、心のどこかでは生きたかったみたいで、バラバラの心が別の人格をつくった。
僕は【僕じゃない僕】が動くのを、どこか遠いあたたかな場所から見ていた。
最初は都合のいい夢なのだと思った。
僕自身ですら分からない、願いを、希望をカタチにした夢。
夢の中の【僕】は、信じられないくらい明るくて、騒がしかった。
素直に泣いて、じたばたしながら怒って、声をあげて笑った。
その【僕】はぎくしゃくしていた父上と打ち解けて、名前しか知らない弟とも仲良くなって、話したこともない門番や父上の側近にもあっという間に気に入られた。
おうまさんごっこってなに?
父上のお膝の上で、絵本の読み聞かせなんてされたことないよ。
門番にドアの向こうから話しかけられたり、お菓子を貰ったことなんて無い。
「ありがとー!」なんてにっこり笑ってお礼を言うなんて……幽閉されていても僕は王子だ。誰かに頭を下げる義務も、お礼を口にする必要も無かった。
王子の行動ではない。
正しい行動じゃない。
間違ってる。
だけど、もう一人の【僕】が笑うと、父上も父上の側近も、弟も門番も、精霊たちも嬉しそうだった。
僕は、そんな【僕】になりたかったのかな?いいや、違う。だってその【僕】は精霊とも仲良しだったから。
僕はメアリーを奪った炎が憎かった。
その炎を生み出した、精霊王が憎かった。
ふと、どうして、その精霊が炎の王で、メアリーを殺した相手だと知っているのかと、自分自身に疑問を抱いた。
すると、なんの前触れもなく、幾つかの映像が浮かんできた。
僕は【僕】の記憶の一部を知って、不意に理解した。ああ、これは夢じゃなくて現実なんだ、と。
それからは途端に忙がしくなった。
【僕】の記憶をひとつでも多く見て、情報を得なきゃいけなかった。だって【僕】はあまりにも無謀で警戒心がなかったから。
僕はメアリーがいない世界で生きたくなんて無いから、【僕】がナジィカとして生きてくれたらそれでいいやと思った。
でももし【僕】に何かがおきて、また僕がナジィカとして生きることになったら?だめだ、堪えられない。何よりも、炎の精霊王が側に居ることが無理だ。絶対無理だ。最悪、僕は炎の精霊王を消滅させる道を探す、そう断言できるほど無理だ。
だから僕は【僕】が安全であるように、サポートをすることにした。
【僕】の記憶も出来るだけたくさん読んでみた。
そのせいか、炎の精霊王に対する憎しみがほんの僅かに揺らいだけれど、消えることは無いだろう。
炎の精霊王がどれほど憐れでも、それを理由に許すことは出来ない。
【僕】には出来ても僕には無理だ。
メアリーは僕のすべてだったから。
それにしても【僕】は本当に無謀だね。
弟のために塔の窓から飛び降りただけでも問題なのに、今度はたかだか従者のひとりを救うために、渓谷に身を投げるとか……無謀というよりバカだ。
助けられるはずがない。
塔の窓から飛び降りた時と違って、今は精霊が近くにいない。氷王は真っ暗な闇みたいな、歪んだ形の精霊を相手に戦っていたし、炎の精霊王の気配は近くに無い。
へちゃんこにつぶれるのか、ばらばらに引き裂かれるのか、どっちにしろ二人とも死んじゃったなと思っていると、不思議な事が起こった。
【僕】の左手に巻き付いていた精霊が、【僕】の願いに答えるかのようにその姿を変えた。
細かな光の粒子に変わったそれが【僕】の背中に集まって、大きな2枚の赤と黒の羽を生み出した。
精霊の存在の消滅、とまではいかないけれど、多分、それに程近いことが起きたのだとわかった。
身を削って別の存在に変化したその精霊は、もう、元と同じ存在ではない。だけど、きっと迷うことも、【僕】を恨むことも無かっただろう。
ナジィカは精霊に愛されやすい存在らしぃ。そう【僕】の記憶の中にあった。
【僕】は2枚の羽で空を駆け、従者の体を掴まえた。ほんと【僕】は無茶をする、と呆れた次の瞬間、予想外の事が起きた。
『私たちの愛する支配者の魂よ。ここに戻って』
『主!!』
頭の中で響いた声に、僕の中の何かがごっそりと奪われる。
瞬きの間に、空にいるのは【僕】ではなくて僕になった。
「冗談でしょう……?」
コントロールが不安定になり、緑の大地に向かって落下しながら、僕は呆然とそう呟いたのだった。
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