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第25話 心の奥で燻る感情の名は

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 幼いナジィカは、メアリーを失った時くらいしか泣かなかった。

 感情が希薄であった、というよりも、ショックが大きすぎて心が麻痺したんだろうな。
 高い高い塔の上で、笑うことも泣くことも話すこともせずに、ただ息だけをしていた。

 死ななかったのは、メアリーを殺した自分への罰だったのか……それとも死を想う事も出来ないくらいオカシクなっていたのだろうか。
 おおよそ、普通とは言いがたい精神と思想を形成した原作ナジィカの幼少期と比べると、良く泣き、良く凹み、良く打ちのめされて拗ねる、感情豊かな普通のおこちゃまになっていると思います。

 喜怒哀楽の、喜と楽の割合が少な過ぎる気もしますけどね。


 そんな俺ですが、現在、枕を涙で濡らし中です。

 "あーんでご飯"の公開羞恥プレイに打ちのめされているわけではありません。

 問題なのは、てっぴちゃんが落下させた爆弾発言です。


"此方で見聞きしたことは全て、クレイツァー将軍に御伝えすることになっております。"


 俺のプライバシーは保護されておりませんでした。
 いや、それはまぁいい。
 俺の立場は幽閉中の王子です。
 プライバシーなんか、はなから無いだろうって事くらい理解できる。

 滂沱ぼうだの涙の理由は、そんなことではないのだ。

 此処に来て随分と経つが、アルバートさんやデュッセンさんには一度も会えていない。

 勿論、王さまにもだ。

 てっぴちゃんの言葉通り、此処での会話や出来事が全て報告されているのなら、アルバートさんには伝わっているはずだ。
 そう、俺がアルバートさんやデュッセンさんに会いたがっていることも、伝わっているはずなのです。
 けれど、まだ彼等は一度も此処には訪れていないし、返事すらないのだ。

 これって、塔に居た時より、状況は悪いんでない?


「い、今まで呑気に過ごしていた俺のばかっ」


 顔をベッドのシーツに埋め、頭を枕の下に潜り込ませてじたばたする。
 しても無駄だとわかっているが、息苦しさとドキドキがおさまらない。
 そして、どんどん悪い展開へと、想像が暴走します。

 此のまま閉じ込められて一生をここで過ごすなら、まだマシな方だろう。

 最悪死ぬ、殺される。

 もしやもしや、戦力を集結していたりします?ええ、そうですね。精霊加護持ちと戦うなら、相応の武力が必要ですよね。

 それとももしや、秘密裏に暗殺計画が進行していたり?ああ、明日からの食事が恐怖の時間に変わりそうだ。

 歴史の闇に沈む……なんて、良くある言い回しですね。


「ぎゃぁぁぁああっ!気付いたら人生詰みかけ一歩手前じゃないか!状況悪化してんじゃん!」


 バタバタバタ。
 ベッドの上で足をバタつかせると、毛布が滑り落ちた。
 あー……そんな些細な事すら、悲しく感じます。


『おやおや、我の愛しい幼子はなにをそんなに憂いておるのかぇ?』


 モノは言いようですねミソラさん。
 なんか暴れてもどーにもならないのに、癇癪を起こしている場合かよ、って気持ちになります。

 だけど、5歳のお子ちゃまでもある俺は、弱っちくて無力でどーすれば状況が好転するのかもわからなくて、やっぱり泣くくらいしか出来ないんですけどね。

『……脆弱な。お前は俺の主だぞ。簡単に涙など流すな』

『幼子とは泣くものぞ、炎のわっぱ

『俺の主ならばそれに相応しい行いをしろ。丁度いい、お前の敵を殲滅する為に俺を使え。先程の女を殺すか?それとも武器を向けた者たちか?石を投げつけてきた者すべての首をもぎ取ってくるか?』

 やべぇ、炎王の理想のご主人様像が血みどろ過ぎるだろう。
 お前はいったい俺をどうしたいんだよ。

『ふふふ。我が君に仇なす咎人の血で、双子神の愛する大地を染める気かのぅ』

 ミソラさん!もっと言ってやって!
 血の気が多い若者を、年長者らしく諭してやって!

わっぱよ、頭をもぎ取るではなく、丸呑みにしておやり。そうすれば、穢れた血で汚れる心配もないわいな?』

 …………みそーら、おまえもか。

 実は俺の守護精霊までもが俺の味方で無い件について、ちょっとだけ首を突っ込んだり突っ込まなかったりなトークを誰かしてくれない?

 ああ、落ち着け俺。もっと落ち着け守護精霊っ!!

 枕の下から頭を出して、守護精霊たちをきっと睨み付けた。

「俺は穏やかな日々を送りたいだけなの!!メイドさんにも兄たちにも手を出しちゃダメだかんね!俺は生首も人間の踊り食いにも興味ないし、血とか死体とか見たくもないし関わりたくもないのっ!!勝手なことしてみろ、二人とも本気で追い出すからな!」

『何を悠長なことを。この地の支配者たるお前の敵を退ける為に、俺は側にいるのだぞ』

 知るかそんなもん!
 そっちが勝手に決めたことだろっ!
 神さまの思惑とか世界の筋書きシナリオに、なんで従わなきゃいけねぇーんですか!

 そのシナリオ、死亡エンドまっしぐらなんだぞ!

 親兄弟どころか逆らうヤツ等を一族の末端まで処刑した冷酷なる殺戮王とか、心なき狂王なんて呼ばれた挙げ句、唯一の友人さえも失うんだぞ!

 そこの赤い方の守護精霊!

 シナリオ通りに動いたら、お前だって死ぬんだからな!

「え、炎王のばかぁぁ!!そもそも俺はひとっことも王さまになりたいなんて言った覚えはない!」

 ただ生きたかっただけだ。
 あの塔の中の、小さくて完璧で完全な世界で、僕とメアリーだけの世界で生きていけるなら、ただそれで良かった。
 父上に会えない寂しさも、義母上ははうえ異母兄弟姉妹きょだいに蔑まされても、誰に憎まれて嫌われても、耐えられた。
 メアリーが側にいてくれるなら、それだけで良かった。
 ただ、彼女と一緒に、生きたかった。

「"僕"からメアリーを奪って世界を壊した敵はお前じゃないか!!」

 手から放たれた枕が、スローモーションのように飛んでいく。

 それは炎王の体をすり抜けて床に落ち、思ったよりも大きな音がした。

 見開かれた赤い目が俺を見下ろしている。
 茫然とするその姿を見てはっとする。

 ふるふると震える掌で唇を覆い、自分の行動と言葉に愕然とした。

 いまっ……何が起こった!?
 勝手に、言葉が飛び出したぞっ。

 いや……本当は解っている。
 今のはナジィカの感情だ。

 心の奥底にある、決して消えることの無い怒りと憎しみだ。
 それが俺の感情の高ぶりに合わせるかのように浮上して、小さな体を付き動かした。

 ナジィカは火を恐れる。
 そして、最愛を奪った精霊を、決して許したりしない。
 許すことなんて、出来ないんだ。

わっぱ!』

 ふっと炎王の姿が揺らいで消えた。
 ベッドの上で口を塞いだまま、俺はあいつが立っていた場所をどうしようも無いままただ見つめていた。


 赤い瞳の残像が、いつまでも俺の脳裏に焼き付いていた。

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