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第23話 メイドのあだ名はてっぴちゃん

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 配給係のお姉さんは、相変わらず鉄面皮を装着しております。
 食事を運んできて一定時間がたつと食器を下げに来る。

 日本人なら毎日入りたいと願っても不思議ではないお風呂ですが……満たされていた前世の事をうらやむのは止めよう。
 部屋に浴室はあるのだが、一人で使うことは許されていません。
 10日に一回くらいは監視つきで湯あみが出来ます。が、お湯で体を流して、頭を洗うだけで、湯船には浸からないようです。
 湯船に浸かってゆっくり体を伸ばしたい!と願っていますが、叶えられそうにありませんね。
 まぁ、ゆっくり出来なくても、10日ぶりの洗髪は滅茶滅茶気持ちいいけどね!

 ただ、いくら見た目が子どもとはいえ、俺の精神は思春期真っ只中なんですよ?
 若いお姉さんに裸を見られた上、隅々まで洗われるとか、羞恥プレイも甚だしいデス。
 ええ、まさに、今まさに、そのお時間ですがなにか?
 メアリーにしか触られたことがない、あんな場所やこんな場所までほにゃらら~です。
 ぐふっ……泣いて良いですか?
 いや、でもおねーさん、髪洗うの超上手いんだよなぁ……気持ちえぇわぁー、でも恥ずかしいわー。

 そんなわけで、出来るだけでいようと心がけております。
 恥ずかしくない、恥ずかしくなーい。ナジィカさんは5歳のおこちゃまです。ちっちゃいぞーさんをおねーさんに見られたくらいなんくるないさぁぁぁぁあ?あれ?そーいえば、食事を運んでくれるのも、このおねーさんですね。
 今気づいたがひょっとして、彼女が俺の新しいお世話係さんなのでしょうか?
 名前は知らないので、鉄面皮ちゃんを略して"てっぴちゃん"とこっそり呼んでます。

「殿下、腕をあげて頂けますか」

 体を洗う、あわあわのスポンジを手にしたてっぴちゃんが、静かな声で言いました。彼女の口調は抑揚がなく、メチャクールです。
 でも仕事は丁寧ですよ。
 ただ、表情が殆ど変わらないので、コミュニケーションをとるのは至難の技ですね。
 何せ、炎王とミソラを前にしても、てっぴちゃんの表情は1ミクロンも動かなかったからね。
 強敵だわ。
 あ。守護精霊たちは部屋の外で待機して貰ってます。
 ごねたけど、二度と口聞いてやらねぇと脅したら、大人しくなったよ。

「殿下、目を閉じてください」

 頭からお湯をかけて、石鹸を洗い流す。
 ふぅ、さっぱりだぜ。
 ついでに髪の毛も切ってくれると助かるんだけどなー。
 肩口を越えるほど延びた髪は、てっぴちゃんがタオルで丁寧に拭いてくれました。
 全身の水分をとって、服を着せて貰う。
 恥ずかしいけど必死に平静を装って我慢します。

「終わりました」

 汚れたタオルなどを回収して、てっぴちゃんがそれでは失礼します、と頭を下げて浴室から退出しようとする。
 その背中に俺はあの、と声をかけた。

「はい、なんでしょう」

 氷の女王……。
 いやいや、表情がないだけで、決して冷たいわけではないだろう。

「洗ってくれてどうもありがとう。とっても気持ちよかったです」

 ぺこりと頭を下げる。
 お礼って大切だよね。
 人間関係の基本は挨拶と感謝だよね。
 まぁ、風呂の回数が増える切っ掛けにならないかなぁ、なんて打算もちょっぴしあることは否定しませんけどね。

 顔をあげると、てっぴちゃんは相変わらずの無表情で俺を見ていた。
 薄い白金の瞳は、凪いだ水面のように静かだった。
 そして、彼女はそっと目を伏せた。

「お礼など不要です。仕事ですので」

 完璧な所作で頭を下げるてっぴちゃん。
 なんだか、薄い壁のようなモノを感じてしまいます。
 そーですよね、お仕事だから仕方なくですよねー。
 幽閉された呪い子の世話役とか、出世できなさそうで僅かに心苦しくはあります。
 まぁ、俺にはどうしようも無いんだけどね。

『主』

 浴室から出ると、ドアの前に待機していた炎王が、俺の体を抱き上げた。
 わんこかお前は……。
 足の裏を怪我してからこちら、自分で歩いた記憶がありません。

「あのさ……怪我はもう殆ど治ってるんだけど?」

『殆どは全てでは無いだろう』

 おーぃ、守護精霊ぇ。過保護なのも程々にしてくらはれ、俺の身を守ってくれるのは嬉しいんだけど、精神とかプライドも守ってくんないかな。

 ふと視線を感じて顔を動かすと、部屋の入口の前に立ったてっぴちゃんが俺たちを見ていた。
 白金の目が炎王をじっとみて、それから俺に移動する。
 気恥ずかしくてひらひらと手を振っておいた。
 てっぴちゃんは安定のクールフェイスです。
 メイドさんのお手本みたいな綺麗なお辞儀をして、出ていった。
 うーん。
 やっぱり仲良くなるのは、無理なんでしょうかね?
 乳母を焼き殺した子どもなんて、誰も近づきたくないか……ですよね。
 寧ろアルバートさんやデュッセンさんが特殊なんだろうな。

 別に、炎王とミソラがいるから平気なんだけど、やっぱり、少しだけ……。

『どうした主、どこか痛むのか?』

「……なんでもない。ね、炎王、何かお話して?炎王はどんなところに行ったことがあるの?」

 俺には俺だけの守護精霊がいるから平気ですよ。
 印象改善と関係回復は、これからも地味に頑張るけどさ。

『……』

「ん?」

 あれ、炎王が止まっちゃった。
 どーかしたのかな?
 ことりと頭を傾げて見せる。
 炎王は、むむっと眉間に皺を寄せ、思案顔だ。

『ふふふ、我が君よ。残念なことにそこなわっぱはあまりに物を知らぬのだ。ヒトが紡ぐ物語など知るはずがないのぉ。幼子の愛で方ひとつ知らぬのだから』

 それで良く、幼き我が君の護り手と言えようのぉ、とミソラがくすくす笑った。

 家の精霊たちって、なんでこんなに仲が悪いの?
 炎の精霊王と、水の精霊王だからですか……?
 水と油……のような水と火ですかね。

『……幼子の扱いくらい心得ている。頭を撫でればいいのだろう』

 いや。炎王さん。
 心得てるとかそんな見栄張るなよ。
 お前の撫で撫では力が強すぎて、へたすりゃ軽い暴力デスよ?
 俺の頭皮が心配です。

『ふぅむ?他には?』

 楽しそうにするなよ、ミソラさん。

『抱いてあやすんだろう』

 oh……。最近の抱っこで移動は、もしや炎王なりので方でしたか?

『それで?』

『……歌って寝かしつける』

 えー、ちなみにですね、炎王のリサイタルが開かれた事はありません。
 今後の事までは知りませんが、お前が子守唄を熱唱する姿とか、俺は見たくないよ。

『それだけかぃ?』

 ミソラさんの表情が生き生きしております。何百年も生きているそーですが、大人げないぞミソラさん。
 炎王は忌々しげにミソラ睨み付けた。

「ミソラ。そこまでにしてね」

 炎王は十分良くしてくれてます。
 別にそれ以上のなにかをコイツに求める気はありません。
 ただ、仲良くはしようよ。

「僕たちは家族なんだから」

 ミソラは優しく笑って、俺の知らない国の物語を話してくれた。
 炎王は俺を膝に抱いたまま、その日はずっと何かを考えているようだった。

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