24 / 65
第23話 メイドのあだ名はてっぴちゃん
しおりを挟む配給係のお姉さんは、相変わらず鉄面皮を装着しております。
食事を運んできて一定時間がたつと食器を下げに来る。
日本人なら毎日入りたいと願っても不思議ではないお風呂ですが……満たされていた前世の事を羨むのは止めよう。
部屋に浴室はあるのだが、一人で使うことは許されていません。
10日に一回くらいは監視つきで湯あみが出来ます。が、お湯で体を流して、頭を洗うだけで、湯船には浸からないようです。
湯船に浸かってゆっくり体を伸ばしたい!と願っていますが、叶えられそうにありませんね。
まぁ、ゆっくり出来なくても、10日ぶりの洗髪は滅茶滅茶気持ちいいけどね!
ただ、いくら見た目が子どもとはいえ、俺の精神は思春期真っ只中なんですよ?
若いお姉さんに裸を見られた上、隅々まで洗われるとか、羞恥プレイも甚だしいデス。
ええ、まさに、今まさに、そのお時間ですがなにか?
メアリーにしか触られたことがない、あんな場所やこんな場所までほにゃらら~です。
ぐふっ……泣いて良いですか?
いや、でもおねーさん、髪洗うの超上手いんだよなぁ……気持ちえぇわぁー、でも恥ずかしいわー。
そんなわけで、出来るだけ無でいようと心がけております。
恥ずかしくない、恥ずかしくなーい。ナジィカさんは5歳のおこちゃまです。ちっちゃいぞーさんをおねーさんに見られたくらいなんくるないさぁぁぁぁあ?あれ?そーいえば、食事を運んでくれるのも、このおねーさんですね。
今気づいたがひょっとして、彼女が俺の新しいお世話係さんなのでしょうか?
名前は知らないので、鉄面皮ちゃんを略して"てっぴちゃん"とこっそり呼んでます。
「殿下、腕をあげて頂けますか」
体を洗う、あわあわのスポンジを手にしたてっぴちゃんが、静かな声で言いました。彼女の口調は抑揚がなく、メチャクールです。
でも仕事は丁寧ですよ。
ただ、表情が殆ど変わらないので、コミュニケーションをとるのは至難の技ですね。
何せ、炎王とミソラを前にしても、てっぴちゃんの表情は1ミクロンも動かなかったからね。
強敵だわ。
あ。守護精霊たちは部屋の外で待機して貰ってます。
ごねたけど、二度と口聞いてやらねぇと脅したら、大人しくなったよ。
「殿下、目を閉じてください」
頭からお湯をかけて、石鹸を洗い流す。
ふぅ、さっぱりだぜ。
ついでに髪の毛も切ってくれると助かるんだけどなー。
肩口を越えるほど延びた髪は、てっぴちゃんがタオルで丁寧に拭いてくれました。
全身の水分をとって、服を着せて貰う。
恥ずかしいけど必死に平静を装って我慢します。
「終わりました」
汚れたタオルなどを回収して、てっぴちゃんがそれでは失礼します、と頭を下げて浴室から退出しようとする。
その背中に俺はあの、と声をかけた。
「はい、なんでしょう」
氷の女王……。
いやいや、表情がないだけで、決して冷たいわけではないだろう。
「洗ってくれてどうもありがとう。とっても気持ちよかったです」
ぺこりと頭を下げる。
お礼って大切だよね。
人間関係の基本は挨拶と感謝だよね。
まぁ、風呂の回数が増える切っ掛けにならないかなぁ、なんて打算もちょっぴしあることは否定しませんけどね。
顔をあげると、てっぴちゃんは相変わらずの無表情で俺を見ていた。
薄い白金の瞳は、凪いだ水面のように静かだった。
そして、彼女はそっと目を伏せた。
「お礼など不要です。仕事ですので」
完璧な所作で頭を下げるてっぴちゃん。
なんだか、薄い壁のようなモノを感じてしまいます。
そーですよね、お仕事だから仕方なくですよねー。
幽閉された呪い子の世話役とか、出世できなさそうで僅かに心苦しくはあります。
まぁ、俺にはどうしようも無いんだけどね。
『主』
浴室から出ると、ドアの前に待機していた炎王が、俺の体を抱き上げた。
わんこかお前は……。
足の裏を怪我してからこちら、自分で歩いた記憶がありません。
「あのさ……怪我はもう殆ど治ってるんだけど?」
『殆どは全てでは無いだろう』
おーぃ、守護精霊ぇ。過保護なのも程々にしてくらはれ、俺の身を守ってくれるのは嬉しいんだけど、精神とかプライドも守ってくんないかな。
ふと視線を感じて顔を動かすと、部屋の入口の前に立ったてっぴちゃんが俺たちを見ていた。
白金の目が炎王をじっとみて、それから俺に移動する。
気恥ずかしくてひらひらと手を振っておいた。
てっぴちゃんは安定のクールフェイスです。
メイドさんのお手本みたいな綺麗なお辞儀をして、出ていった。
うーん。
やっぱり仲良くなるのは、無理なんでしょうかね?
乳母を焼き殺した子どもなんて、誰も近づきたくないか……ですよね。
寧ろアルバートさんやデュッセンさんが特殊なんだろうな。
別に、炎王とミソラがいるから平気なんだけど、やっぱり、少しだけ……。
『どうした主、どこか痛むのか?』
「……なんでもない。ね、炎王、何かお話して?炎王はどんなところに行ったことがあるの?」
俺には俺だけの守護精霊がいるから平気ですよ。
印象改善と関係回復は、これからも地味に頑張るけどさ。
『……』
「ん?」
あれ、炎王が止まっちゃった。
どーかしたのかな?
ことりと頭を傾げて見せる。
炎王は、むむっと眉間に皺を寄せ、思案顔だ。
『ふふふ、我が君よ。残念なことにそこな童はあまりに物を知らぬのだ。ヒトが紡ぐ物語など知るはずがないのぉ。幼子の愛で方ひとつ知らぬのだから』
それで良く、幼き我が君の護り手と言えようのぉ、とミソラがくすくす笑った。
家の精霊たちって、なんでこんなに仲が悪いの?
炎の精霊王と、水の精霊王だからですか……?
水と油……のような水と火ですかね。
『……幼子の扱いくらい心得ている。頭を撫でればいいのだろう』
いや。炎王さん。
心得てるとかそんな見栄張るなよ。
お前の撫で撫では力が強すぎて、へたすりゃ軽い暴力デスよ?
俺の頭皮が心配です。
『ふぅむ?他には?』
楽しそうにするなよ、ミソラさん。
『抱いてあやすんだろう』
oh……。最近の抱っこで移動は、もしや炎王なりの愛で方でしたか?
『それで?』
『……歌って寝かしつける』
えー、ちなみにですね、炎王のリサイタルが開かれた事はありません。
今後の事までは知りませんが、お前が子守唄を熱唱する姿とか、俺は見たくないよ。
『それだけかぃ?』
ミソラさんの表情が生き生きしております。何百年も生きているそーですが、大人げないぞミソラさん。
炎王は忌々しげにミソラ睨み付けた。
「ミソラ。そこまでにしてね」
炎王は十分良くしてくれてます。
別にそれ以上のなにかをコイツに求める気はありません。
ただ、仲良くはしようよ。
「僕たちは家族なんだから」
ミソラは優しく笑って、俺の知らない国の物語を話してくれた。
炎王は俺を膝に抱いたまま、その日はずっと何かを考えているようだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,046
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる