蒼い春も、その先も、

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蒼い春も、その先も、

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 それから一週間が経った頃、穂希は荒れたベッドの上で呼び鈴の音を聞いた。続け様に三度鳴り、ドアの向こうに立っているのが葉月であると察知する。

 ――――この三週間の間で、彼女の来訪を彼是五回は無視している。無論、電話もメールも返していなかった。

 罪悪感が無かったわけではない。ただ、どうしても椿以外の人間と話す気になれなかったのだ。

 久し振りに顔を見せよう、と立ち上がるが、暫く無視していたということもあって、後ろめたさに苛まれた。

「お兄ちゃん、私だよ! いるんだよね? お願いだから出て! 話したいことがあるの!」

 ドア越しに聞こえる切羽詰った声に、半ば無意識に足を速める。
 だが、恐れからかドアはゆっくりとしか開けられなかった。

「ひ、久し振り……」

 顔にも声にも、明らかな動揺が現れてしまう。実妹との再会とは思えないほどの、異様な空気だ。
 葉月は何も言わずに穂希の姿を見つめていたが、やがて胸を撫で下ろした。

「よかった、生きてて」

 彼女の表情から、安堵している様がありありと伝わってくる。
 問い質す事も、責める事もなく微笑した葉月に、まるで酸素を奪われたかのような胸の苦しさを覚えた。

「話したいことって、なんだった?」

 敢えて居留守していた件には触れずに、訊ねてみる。

「あの……ね、これ佐々木先生から聞いたんだけど」

 その言葉で、葉月が何を話そうとしているのかすぐに分かった。
 さり気無く彼女を内玄関に招き、改めて耳を傾ける。

「佳澄先輩、事故に遭ったみたいで……もう学校に来れないんだって」

 予想通りの話に、黙り込む。

 知っていたし、見舞いにも行っていた。悲報を耳にしてから毎日通い、昨日、退院日を本人の口から聞いたところだ。

 隠す必要は無いはずなのに、穂希は何一つ発言する事が出来なかった。

「ごめんね、びっくりしたよね。お兄ちゃん、佳澄先輩と仲良かったもんね……」
「いや、ううん。わざわざありがとう。椿は大丈夫なの?」
「大丈夫って言ってたよ。それ以外は何も聞いてないから、そんな詳しくは知らないけど」
「そっか。……心配だね。久し振りに学校行って、先生に聞いてみよっかな」

 普段から抑揚のない口調で話しているおかげか、葉月は“嘘”に気付いていないようだった。

「それよりお兄ちゃん、傷減ったね」

 不図話題が切り替わったと共に、葉月の表情が和らいだ。同時に、脳内には彼女と同じ台詞を口にし、物悲しく微笑む椿の顔が浮かぶ。

 その時何故か、尋常ではない焦りが胸に込み上げてきた。

「学校にも来てなかったし、電話も出ないから心配してたんだけど……思ったよりも元気そうで安心したよ。報告しておいてなんだけど、先生も大丈夫だって言ってたから、あまり落ち込まないでね」
「うん、ありがとう。それと……ずっと出れなくてごめんね」
「気にしないで。お母さんに何も言わずに来ちゃったから、今日は早めに帰るね」

 葉月は満足げな顔で手を振った。彼女を見送った直後、居間に駆けていき、衝動的に散らかった床を探る。

「あった……!」

 散乱した書類の山から、穂希はあるものを拾い上げた。

 刃先が少し錆び付いた、カッターナイフだ。

 恐怖を上回る焦りが、ごく自然に右手を動かす。浅く切り裂けば、忽ち線状の傷が浮かび上がる。――――痛みと引き換えに、焦りが消えてゆく。
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