蒼い春も、その先も、

春愁は君だけに

18-7

　極力傷を覆い隠し、俯いて教室まで歩く。集まる多数の耳目が、自身の錯覚である事を願った。

　――――こんな事を、椿と出会った頃にもした気がする。当時と同じ緊張感と恐怖が、まざまざと蘇る。変わったことと言えば、椿への愛情の深さだろう。

　会いたい一心で教室に辿り着く。だが、その中に入る勇気が無い。
　渡り廊下で間誤付いている方が目立つ事を分かっていながら、どうしても前進できなかった。

「穂希くん？」

　ざわめきの中で聞こえた声に、顔を上げる。帰り支度を済ませた千冬が立っている。

「あの、俺……」
「椿に会いに来たんだよね？」

　そう訊ねる千冬の顔は、どことなく悄然としていた。

「……椿に何かあったの？」

　恐る恐る問い掛けるが、返ってきたのは沈黙だけだった。
　この静寂が示しているものはきっと、椿の身に何かが起きたという事実に違いない。

　思わず言葉を失う穂希の手を、千冬が引っ張る。

「話すから、一旦保健室戻ろう」

　神妙な声に頷き、彼女の小さな歩幅に合わせて歩く。一歩踏み出す度に不安が圧し掛かり、穂希の表情は忽ち暗みを帯びていった。