蒼い春も、その先も、

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春愁は君だけに

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 その頃椿も、穂希と同様、虚脱状態に陥っていた。
 後悔は、生きる気力さえ奪う。

 一度は窓枠に足を掛けたが、父やモカを思い出して、何とか踏み止まった。痛みに対する恐怖も、行動をやめた理由のひとつだ。

 だが、一番の未練はやはり朝比奈穂希という存在だった。

 ざわつく教室から隔離されたように、穂希の席だけが静まり返っている。じっと見つめていると、次第にその景色が霞んでいった。

 突如、背中に振動が伝わる。
 振り向くと、千冬が平手を掲げていた。

「椿、授業終わってからずっとボーっとしてる」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。それより、昨日保健室行ったらさ、穂希くん居なかったの。佐々木ちゃんに聞いたら、最近学校来てないって。連絡も無いんだって」

 彼女の言葉を聞いて、心がサッと蒼褪める。脳内に浮かんだのは、最悪な光景だった。

 自身の性欲によって穂希の命を奪わない為、身を削る思いで別れを切り出したと言うのに、彼を孤独にさせて、追い込んでしまっていたら元も子もない。 

「椿……聞いてる?」

 椿の顔を覗き込んだ千冬は、怪訝に眉を潜めた。

 何があっても家の外では完璧に振舞っていた椿だが、この時ばかりは自分でも不思議なほどに動揺を隠せなかった。

 普段は溌剌としていて比較的無遠慮な千冬も、いよいよ神妙な表情になり、明らかに声調を落とす。

「穂希くんと別れたの?」

 頷きかけて、椿は動きを止めた。

「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

 彼女の返事も聞かず、擦り抜けるようにして教室を出た椿は、一直線に手洗場に向かった。自然に、深い溜め息が零れる。

 自ら別れを切り出し、一方的に穂希を突き放したにも関わらず、恋人関係が終わった事を認めたくない自分が居る。

 自己嫌悪に振り回され、自身を支えていた“理想像”も崩れてゆく。 
 『なんて駄目な人間なんだろう』という言葉ばかりが脳を巡る。

 しかし、現状を知った今、このまま逃げていてはいけない事にも気付いた。
 どんなに辛くても、謝罪と今までの感謝だけは直接伝えるべきだ。

 ――――何もかも失う前に、ちゃんと彼と話をしよう。
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