蒼い春も、その先も、

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花霞の中に見える君の顔

17-5

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 結局、昨日は穂希のことばかり考えてしまい一睡も出来なかった。明らかにコンディションが悪く、それが更なる自己嫌悪を招く。
 今日一日は何とか遣り過ごしたが、こんな状態が続くと思うと、気が気でなかった。

「佳澄先輩、今帰りですか?」

 疲れた背中に不図訊ねられ、振り向く。葉月だ。彼女は近付いてきて、丁寧に一礼した。

「昨日はありがとうございました、その、兄のところにいてくれて」

 どうやら、穂希との間に只ならぬ雰囲気があったことはばれていないようだ。
 安堵し、普段の表情に笑みを含める。

「穂希君、調子どう?」
「あ、昨日病院で見てもらったんですけど、貧血だったみたいです」
「そう」
「薬も貰ったし、もう大丈夫だと思います」

 自然と『よかった』と言う言葉が零れる。倒れていた時は死相と言っても過言ではないほど顔色が悪かったのだ。

「今はもう家に居るので、良かったら顔出してあげてください。きっと喜ぶと思うから」

 葉月は純一無雑な微笑を浮かべた。当たり障りのない返事をして彼女を見送ると、忽ち焦りが込み上げてきた。

 立ち尽くしていると、部活動を終えたばかりの千冬がやってきて、横並びになった。
 千冬の下駄箱はこの辺りではない。ゆえに、何か言いたい事があるのはすぐに分かった。

「行ってあげたら? 彼氏でしょー」
「早く帰って勉強しなきゃ」
「えー!? 嘘でしょ、穂希君病み上がりなんじゃないの? 何があったか知らないけどさ、椿が一方的に避けてるようにしか見えないんだけど」

 その口調は僅かに怒気を含んでいた。時々、千冬の察しの良さに驚かされることがある。

 図星を突かれ、もう逃げられないと悟った椿は、別れの挨拶だけを置いて足早に校舎を出た。

「穂希くん絶対待ってるよ!」

 後ろで、千冬が叫ぶ。彼女の言う“絶対”は、今回ばかりはきっと嘘ではない。

『傷作って待ってたよ』

 穂希の言葉を思い出し、再び胸がざわめき出す。

 ――――夏休みの間、穂希に会わない日々を経て気付いた事がある。
 多分自分は、傷が有るとか無いとかではなく、穂希自身が好きなのだ。

 勿論、傷や怪我に対しての性的な欲求が無くなったわけではない。だが、傷を見ても『嬉しい』や『美しい』といった感情だけではなくなったのも、また事実だった。

 君自身を愛している。

 その発言を阻んでいるのは、穂希と築き上げていた関係性そのものだ。

 あれだけ振り回しておいて、今更自傷行為をやめてほしいなどと言える勇気は、どこにも無かった。
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