蒼い春も、その先も、

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冷たい春雷

16-4

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 半ば無意識のまま、穂希は椿の自宅まで来ていた。

 緊張の面持ちで、呼び鈴を鳴らす。五分ほど待ってみるものの、聞こえてきたのはモカがフローリングを走る細やかな音くらいだ。

 やはりあの時、連絡先を聞いておくべきだった。

 遣り切れない気持ちで引き返す。

 次の日も、その次の日も、穂希は炎天下を歩き、呼び鈴を鳴らしたが椿に会うことは出来なかった。



 
 蝉時雨が、日没後の外気を蒸し暑くする。
 立っているだけでも体力を奪われるが、穂希は昨日と同様、爪先を椿の居る方向へと向けていた。

 何故こんなに必死になっているのか、もう自分でも分からない。それなのに会いに行く理由を言葉にするならば、体が勝手に動くから、で十分だろう。

 やけに静まり返った建物を前に、穂希は息を整える。そして呼び鈴を押そうとしたその時――――背後から足音が聞こえた。

 振り向いた瞬間、脚にモカが飛び付いてくる。顔を上げた先には、唖然と立ち尽くす椿がいた。リードが手から擦り抜けたことにも気付かないほどに、彼は驚いているようだった。

「……久し振りだね、穂希君。どうしたの? 僕、もしかして忘れ物とかしてたかな」
「違う、そうじゃなくて……えっと」

 じゃれ付くモカを抱き上げる。椿は何故か目を逸らし、一歩も動こうとしない。

「会いに来たんだ。その……寂しくて」

 椿の表情が揺らぐ。様子がおかしいことは明らかだ。違和感を抱きつつも穂希から近付いて、顔を覗き込んでみる。

「椿、連絡先教えて」
「……それは、出来ない」

 囁くほどの声だが、その物言いはと言うとかなり断定的で、思わず表情を顰める。

「何で? もしかしてまた避けてたの?」

 穂希は困惑を隠す事が出来なかった。数秒間の沈黙のあと、椿が躊躇いがちに視線を上げる。

「……少し話そう」

 あまりにも唐突な言葉に、胸中が怪しくざわついた。
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