61 / 88
冷たい春雷
16-1
しおりを挟む 天使はその日――正確には日付が変わる少し前、閉店間際のドアを躊躇なく開けた。
「いらっしゃいませ。すみません、お客様。当店、もうすぐ閉店でして――」
言い慣れた定型文を口にしながら、その店のマスターは天使の存在を視界に捉えると、意図的に言葉を止めた。それは、互いに誰であるかを認識したのと同義だった。
天使は微笑み、空いているカウンター席へと歩を進めると、座り、マスターを真っ直ぐに見据えた。
「提供できるのは一杯だけですが、それでも宜しいでしょうか?」
「えぇ、一杯だけでも有名な奉日本さんのお酒が飲めるなら光栄ですね」
「こちらも有名な天使さんが来店したとなれば店として箔が付きますよ」
どちらも有名という単語の前には『裏社会』では、という言葉が隠されていたが、音にせずともそれは伝わっていた。それほどまでに、二人は初対面でありながらも、存在を認識し、一目置いていたのだ。
「お酒を飲みながら、少し話がしたいのだけれど……良いかな?」
「……まだ他のお客様がいますが?」
疎らながら客は数名、カウンター席とテーブル席に座っている。これは、それでも話すのか、話せる内容なのか、という奉日本の問いかけでもあった。
「バーではマスターとの会話を楽しむのが、私の趣味でね。それに――誰かがいた方が貴方も安心でしょう」
天使がそう返したとき、奉日本の喉が小さく動いたことを彼は見逃さなかった。
「いらっしゃいませ。すみません、お客様。当店、もうすぐ閉店でして――」
言い慣れた定型文を口にしながら、その店のマスターは天使の存在を視界に捉えると、意図的に言葉を止めた。それは、互いに誰であるかを認識したのと同義だった。
天使は微笑み、空いているカウンター席へと歩を進めると、座り、マスターを真っ直ぐに見据えた。
「提供できるのは一杯だけですが、それでも宜しいでしょうか?」
「えぇ、一杯だけでも有名な奉日本さんのお酒が飲めるなら光栄ですね」
「こちらも有名な天使さんが来店したとなれば店として箔が付きますよ」
どちらも有名という単語の前には『裏社会』では、という言葉が隠されていたが、音にせずともそれは伝わっていた。それほどまでに、二人は初対面でありながらも、存在を認識し、一目置いていたのだ。
「お酒を飲みながら、少し話がしたいのだけれど……良いかな?」
「……まだ他のお客様がいますが?」
疎らながら客は数名、カウンター席とテーブル席に座っている。これは、それでも話すのか、話せる内容なのか、という奉日本の問いかけでもあった。
「バーではマスターとの会話を楽しむのが、私の趣味でね。それに――誰かがいた方が貴方も安心でしょう」
天使がそう返したとき、奉日本の喉が小さく動いたことを彼は見逃さなかった。
20
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
空は遠く
chatetlune
BL
素直になれないひねくれ者同士、力と佑人のこじらせ同級生ラブ♥ 高校では問題児扱いされている力と成績優秀だが過去のトラウマに縛られて殻をかぶってしまった佑人を中心に、切れ者だがあたりのいい坂本や落ちこぼれの東山や啓太らが加わり、積み重ねていく17歳の日々。すれ違いから遠のいていく距離。それでもやっぱり惹かれていく。
病んでる僕は、
蒼紫
BL
『特に理由もなく、
この世界が嫌になった。
愛されたい
でも、縛られたくない
寂しいのも
めんどくさいのも
全部嫌なんだ。』
特に取り柄もなく、短気で、我儘で、それでいて臆病で繊細。
そんな少年が王道学園に転校してきた5月7日。
彼が転校してきて何もかもが、少しずつ変わっていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最初のみ三人称 その後は基本一人称です。
お知らせをお読みください。
エブリスタでも投稿してましたがこちらをメインで活動しようと思います。
(エブリスタには改訂前のものしか載せてません)
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール
雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け
《あらすじ》
4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。
そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。
平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる