蒼い春も、その先も、

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紅梅みたいに色付いて

9-3

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「穂希君、……体調悪い?」

 姿勢よくベッドに腰掛けた椿が、穂希の横顔に問い掛ける。

「今日は、なんかね。……だから切ろうとしてて、そしたら椿が来た」
「そっか、邪魔した……?」

 その一言に、椿の持つ歪みを垣間見る。
 恐らく、一般的に言う“普通”の反応ではない。

 彼の負の側面を知れば知るほど、穂希は奇妙な安心感を覚えた。

「ねぇ椿、切るとこ見たい?」

 椿がビクッと肩を震わせる。ゆっくりと落とされた彼の視線は、手首の傷を覆っている袖を見据えていた。

「そんなの……だ、駄目だよ」

 漸く椿が零したのは、肯定とも否定ともつかない返事だ。だからこそ、本音は頷きたいに違いなかった。

「俺の前では我慢しなくていいよ。ちょうど切ろうとしてたしね」

 返事を聞くことなくカッターナイフを手に取り、爛れた左手首に宛がう。
 少し力を入れて横に引けば、それはいとも簡単に皮膚を切り裂いた。同時に、椿が口を押さえて静止する。感情を押し殺しているようにも見えた。

 椿の様子を窺いながら傷を刻んでゆくと、次第に頭が朦朧としてくる。普段よりも浅い傷からは、血液がじんわりと滲み出していた。

 椿は詰めていた息を吐き、たった今目の前で刻まれた生傷を凝視した。

 満足げにその姿を見届けて、フラッと彼の肩に凭れ掛かる。熱を帯びた体の中で、心臓が激しく鳴っている。穂希は暫くの間、心地好い彼の鼓動に耳を傾ける事にした。

 不図、左手首が垂れる。
 自傷行為の後には、特有の脱力感があることを今更思い出す。
 穂希は慌てて腕を持ち上げたが、鮮血は既に椿のスラックスを汚していた。

「あ、ごめん……血、ついちゃった」
「黒だから大丈夫。それより止血しないと……」
「いいよ、こうしてた方が気持ちが楽なんだ」

 汚い血が体内から流れ出ている間は、自分自身も浄化されるような気分になる。

 椿は未だ血の滲む左手首を取ると、切り傷に軽い口付けをした。
 僅かに驚いて顔を上げると、視線が絡み合う。

 真っ赤な血が口紅みたいで、とても綺麗だった。
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