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歪む朧月
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夕方必ず家に訪れる椿を、うずうずと待つ。土日以外は自宅で彼と勉強をするのが、最近の日課だ。
勉強会が恒例となってからは部屋も比較的整っており、穂希の生活は以前よりも確実に水準を上げていた。
呼び鈴が鳴る。穂希は立ち上がり、玄関まで足を速めた。
「もうすぐ中間試験だね」
机上に教材を広げながら、椿が言った。
「今回はそれなりに点取れそうな気がする。椿が教えてくれたから」
「僕がやりたいだけだよ」
彼の表情を見れば、その言葉に嘘偽りがないことは明白だった。だが貰ってばかりいる罪悪感は日増しに募って、消えてはくれない。
「……俺も何かお返ししたい」
自然と洩らし、瞳は真っ直ぐに椿を見つめる。暫く見合わせていたが、耐えられなくなったのか、椿は目を逸らしてしまった。
「い、一緒にいてくれるだけで充分、……だよ」
眉目秀麗な顔には恥じらいの色が溢れ、語気には彼の抱える不満足が見え隠れしている。
「ねぇ、それ本当?」
「もちろん」
「……嘘だ」
図星を指されたと言わんばかりの表情で、椿の瞳だけがこちらを向いた。
「お礼と言っちゃなんだけど、椿の好きなことしていいよ」
肌の触れ合いに対して何も感じないからこそ、出来る発言なのだと思う。椿が親愛的な行為に至るのは、恐らくそれを理解しているからだ。
「……触りたい」
「うん、こっち来て」
漸く求めてきた彼を、穂希は袖をたくし上げることで迎え入れた。
これまでに数え切れないほどの切創が刻まれた左腕に、椿がそっと触れる。微かに恍惚の溜め息を落とし、ゆっくりと距離を詰めた椿はそのまま唇を合わせた。
口付けはすぐに終わり、躊躇いがちな舌が乾いて切れた唇を僅かになぞる。二度目に落とされたキスは、一度目よりも少し長かった。
彼のしなやかな指先は、途切れることなく傷を撫でていた。
「……いけないことしてる気分」
「何で? 恋人なのに」
「こういうことするの、初めてだからかな」
椿が苦笑する。彼の性的嗜好が特殊とは言え、一回くらいは経験があると思い込んでいた。
「もてそうなのに、意外だね」
「僕、誰とも付き合ったこと無いから。……何回か女の子を好きになったことはあるけど、やっぱり途中で冷めちゃって。ダメだって思うのに、傷見て惚れて、治ったら冷めてを繰り返して、ホント嫌になるよ」
哀調で色付く笑顔に、あることを再認識する。
――――椿は、自分自身ではなく“傷のある体”が好きなのだ。
同時に、穂希は思った。
傷があるうちはずっと好きでいてくれるはずだ、と。
勉強会が恒例となってからは部屋も比較的整っており、穂希の生活は以前よりも確実に水準を上げていた。
呼び鈴が鳴る。穂希は立ち上がり、玄関まで足を速めた。
「もうすぐ中間試験だね」
机上に教材を広げながら、椿が言った。
「今回はそれなりに点取れそうな気がする。椿が教えてくれたから」
「僕がやりたいだけだよ」
彼の表情を見れば、その言葉に嘘偽りがないことは明白だった。だが貰ってばかりいる罪悪感は日増しに募って、消えてはくれない。
「……俺も何かお返ししたい」
自然と洩らし、瞳は真っ直ぐに椿を見つめる。暫く見合わせていたが、耐えられなくなったのか、椿は目を逸らしてしまった。
「い、一緒にいてくれるだけで充分、……だよ」
眉目秀麗な顔には恥じらいの色が溢れ、語気には彼の抱える不満足が見え隠れしている。
「ねぇ、それ本当?」
「もちろん」
「……嘘だ」
図星を指されたと言わんばかりの表情で、椿の瞳だけがこちらを向いた。
「お礼と言っちゃなんだけど、椿の好きなことしていいよ」
肌の触れ合いに対して何も感じないからこそ、出来る発言なのだと思う。椿が親愛的な行為に至るのは、恐らくそれを理解しているからだ。
「……触りたい」
「うん、こっち来て」
漸く求めてきた彼を、穂希は袖をたくし上げることで迎え入れた。
これまでに数え切れないほどの切創が刻まれた左腕に、椿がそっと触れる。微かに恍惚の溜め息を落とし、ゆっくりと距離を詰めた椿はそのまま唇を合わせた。
口付けはすぐに終わり、躊躇いがちな舌が乾いて切れた唇を僅かになぞる。二度目に落とされたキスは、一度目よりも少し長かった。
彼のしなやかな指先は、途切れることなく傷を撫でていた。
「……いけないことしてる気分」
「何で? 恋人なのに」
「こういうことするの、初めてだからかな」
椿が苦笑する。彼の性的嗜好が特殊とは言え、一回くらいは経験があると思い込んでいた。
「もてそうなのに、意外だね」
「僕、誰とも付き合ったこと無いから。……何回か女の子を好きになったことはあるけど、やっぱり途中で冷めちゃって。ダメだって思うのに、傷見て惚れて、治ったら冷めてを繰り返して、ホント嫌になるよ」
哀調で色付く笑顔に、あることを再認識する。
――――椿は、自分自身ではなく“傷のある体”が好きなのだ。
同時に、穂希は思った。
傷があるうちはずっと好きでいてくれるはずだ、と。
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