蒼い春も、その先も、

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心は淡雪のように

6-1

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 佐々木の許可を得て、今日は保健室で自習をすることにした。

 本日の課題は現代文だ。ややこしい文法に唸り声が漏れ出すが、気分はどことなく穏やかだった。

 ノートを指差しながら教示する椿を、近距離で見つめてみる。まさに、穂希の思い描く“優等生”の顔をしている。

 椿と勉強をする度に、彼の簡潔明瞭な言葉選びや、周囲への配慮がまざまざと感じられる声量に、その卓越性を感じるのに、もう完璧だと思えなくなったのは、やはりあの秘密を知ってしまったからだろうか。

 奇妙な優越感に浸っていると、保健室のドアがガラリと開いた。

「椿いるー?」
「ちょっと松原さん、ちゃんとノックして」

 椿を呼ぶ女生徒の声に、佐々木の忠言が続く。

「千冬だ。ごめん、ちょっと行ってくる」

 そう言い残し、椿はカーテンの外側に出て行った。二人の会話に、聞き耳を立てる。

「何?」
「先生が探してたよ」
「分かった、すぐ行く」

 直後、再びカーテンが捲られた。

「穂希君、先生が探してたみたいだから行ってくるよ。すぐ戻ってくるから、待ってて」
「あ、うん」

 ヒラヒラと手を振ると、椿は微笑んで立ち去った。足音が遠ざかってゆく。
 ――――かと思いきや、

「朝比奈くん、入っていい?」


 千冬と呼ばれていた女生徒の声が、足音と共に近付いてきた。

「どうぞ……」

 警戒心を剥きだしに迎え入れると、千冬がひょっこり顔を出す。

「……たしかに、思ってたより普通」

 初対面での、お世辞にも礼儀があるとは言えない第一声に、穂希は反応を示す事が出来ない。

「突然ごめんね? 椿が穂希くんのこと話すからさぁ、ちょっと私も話してみたくなっちゃって」

 椿が使っていた椅子に腰を下ろし、千冬は興味深そうに穂希を見つめた。

「あ、私松原千冬です。椿のクラスメイト、で幼馴染」
「はぁ……」
「はぁ、って、穂希くんとも同じクラスだよ? だから仲良くしよ」

 彼女の笑みには、何となく圧迫感がある。
 穂希はそっと袖を引っ張り、傷を覆い隠した。

「椿がさ、穂希くんのこと良い子って言ってたよ」
「そう……」

 嬉しさを大幅に上回る緊張が発言を妨げ、会話が続けられない。
 そんな穂希を意に介さず、千冬が訊ねる。

「教室来ないの?」
「……雰囲気が苦手で」
「えー、楽しいのにー」

 穂希はただ苦笑することしか出来なかった。どうやら彼女とは相性が悪いようだ。
 それ以上の反応を求めることなく、千冬は愛らしい笑みを浮かべた。

「気が向いたらおいでよ。椿がまとめてくれてる良いクラスだよ」 

 張り詰めていた筋肉が、僅かに弛緩する。
 椿の名が含まれる言葉には、驚くほどに説得力があるのだ。

 教室を覗いてみるのも、良いかもしれない。

 そう、思えるほどに。
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