9 / 88
憂う春、君の視線
1-9
しおりを挟む
一週間ほど経った頃、呼び鈴が鳴った。時刻を確認すると、デジタル時計は18時を指していた。
「……葉月?」
口にしながら玄関まで歩いていき、ふらつきながらもドアを開ける。
そこには予想した人物ではなく、学校帰りだと思われる佳澄椿が立っていた。
「出てくれてありがとう。突然ごめんね、何だか心配で」
スクールバッグからノートを出しながら、椿が苦笑する。キッチンで見つけ出した焼き菓子の賞味期限を確認していた穂希は、ごく自然に謝礼した。
菓子を用意し、散乱しているプラモデルの箱や医療器具を押し退け、漸く腰を下ろす。
今更になって、部屋が雑然としていることに気付く。椿は存外気にしていない様子で、机上にノートと筆記用具を広げた。
「……ほんと、忙しいのに来てくれてありがとね」
「そんな、気にしないで。あ、ノート見る?」
「うん、いつもありがと。助かる。……俺、一年の時も単位ギリギリで留年しかけたからさ、ノート見せてもらえるのありがたい。すごい分かりやすいし」
「良かった。復習も出来るし、僕こそ助かってるよ。また重点的に知りたい所とかあればいつでも言って」
彼の言葉に安堵し、互いに一週間分の授業の要点を確認してゆく。
学習を進めていくうちに感じるのは、――――やはり椿の視線だった。
真正面に位置しているのだから、仕方ないのかもしれないし、錯覚の可能性だってある。
しかし、さり気無く見遣った彼の瞳は、明らかに文字列ではなく、顔の切り傷に向いていた。
いくら温和怜悧な椿でも、『気持ち悪い』『怖い』といった感情は当然持ち合わせているはずだ。人としての自然な反応に、顔を背ける事も出来ない。
敢えて視線に気付かないフリをしていると、椿が呟いた。
「……なんか傷、減ったね」
「あ、分かる? 顔は最近やらないようにしてたから薄くなってるかも…………」
語尾が消えてゆく。
椿が、物悲しげに微笑んでいたからだ。
憐情、同情、祝福。そのどれでもない、言い表せぬ表情に、言葉を失う。
彼にしか理解できない感性があるのだと言い聞かせ、思考を半強制的に切り離すと、穂希はあらためて数式を注視した。
「……葉月?」
口にしながら玄関まで歩いていき、ふらつきながらもドアを開ける。
そこには予想した人物ではなく、学校帰りだと思われる佳澄椿が立っていた。
「出てくれてありがとう。突然ごめんね、何だか心配で」
スクールバッグからノートを出しながら、椿が苦笑する。キッチンで見つけ出した焼き菓子の賞味期限を確認していた穂希は、ごく自然に謝礼した。
菓子を用意し、散乱しているプラモデルの箱や医療器具を押し退け、漸く腰を下ろす。
今更になって、部屋が雑然としていることに気付く。椿は存外気にしていない様子で、机上にノートと筆記用具を広げた。
「……ほんと、忙しいのに来てくれてありがとね」
「そんな、気にしないで。あ、ノート見る?」
「うん、いつもありがと。助かる。……俺、一年の時も単位ギリギリで留年しかけたからさ、ノート見せてもらえるのありがたい。すごい分かりやすいし」
「良かった。復習も出来るし、僕こそ助かってるよ。また重点的に知りたい所とかあればいつでも言って」
彼の言葉に安堵し、互いに一週間分の授業の要点を確認してゆく。
学習を進めていくうちに感じるのは、――――やはり椿の視線だった。
真正面に位置しているのだから、仕方ないのかもしれないし、錯覚の可能性だってある。
しかし、さり気無く見遣った彼の瞳は、明らかに文字列ではなく、顔の切り傷に向いていた。
いくら温和怜悧な椿でも、『気持ち悪い』『怖い』といった感情は当然持ち合わせているはずだ。人としての自然な反応に、顔を背ける事も出来ない。
敢えて視線に気付かないフリをしていると、椿が呟いた。
「……なんか傷、減ったね」
「あ、分かる? 顔は最近やらないようにしてたから薄くなってるかも…………」
語尾が消えてゆく。
椿が、物悲しげに微笑んでいたからだ。
憐情、同情、祝福。そのどれでもない、言い表せぬ表情に、言葉を失う。
彼にしか理解できない感性があるのだと言い聞かせ、思考を半強制的に切り離すと、穂希はあらためて数式を注視した。
20
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
空は遠く
chatetlune
BL
素直になれないひねくれ者同士、力と佑人のこじらせ同級生ラブ♥ 高校では問題児扱いされている力と成績優秀だが過去のトラウマに縛られて殻をかぶってしまった佑人を中心に、切れ者だがあたりのいい坂本や落ちこぼれの東山や啓太らが加わり、積み重ねていく17歳の日々。すれ違いから遠のいていく距離。それでもやっぱり惹かれていく。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ
雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。
浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。
攻め:浅宮(16)
高校二年生。ビジュアル最強男。
どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。
受け:三倉(16)
高校二年生。平凡。
自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる