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憂う春、君の視線
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一週間ほど経った頃、呼び鈴が鳴った。時刻を確認すると、デジタル時計は18時を指していた。
「……葉月?」
口にしながら玄関まで歩いていき、ふらつきながらもドアを開ける。
そこには予想した人物ではなく、学校帰りだと思われる佳澄椿が立っていた。
「出てくれてありがとう。突然ごめんね、何だか心配で」
スクールバッグからノートを出しながら、椿が苦笑する。キッチンで見つけ出した焼き菓子の賞味期限を確認していた穂希は、ごく自然に謝礼した。
菓子を用意し、散乱しているプラモデルの箱や医療器具を押し退け、漸く腰を下ろす。
今更になって、部屋が雑然としていることに気付く。椿は存外気にしていない様子で、机上にノートと筆記用具を広げた。
「……ほんと、忙しいのに来てくれてありがとね」
「そんな、気にしないで。あ、ノート見る?」
「うん、いつもありがと。助かる。……俺、一年の時も単位ギリギリで留年しかけたからさ、ノート見せてもらえるのありがたい。すごい分かりやすいし」
「良かった。復習も出来るし、僕こそ助かってるよ。また重点的に知りたい所とかあればいつでも言って」
彼の言葉に安堵し、互いに一週間分の授業の要点を確認してゆく。
学習を進めていくうちに感じるのは、――――やはり椿の視線だった。
真正面に位置しているのだから、仕方ないのかもしれないし、錯覚の可能性だってある。
しかし、さり気無く見遣った彼の瞳は、明らかに文字列ではなく、顔の切り傷に向いていた。
いくら温和怜悧な椿でも、『気持ち悪い』『怖い』といった感情は当然持ち合わせているはずだ。人としての自然な反応に、顔を背ける事も出来ない。
敢えて視線に気付かないフリをしていると、椿が呟いた。
「……なんか傷、減ったね」
「あ、分かる? 顔は最近やらないようにしてたから薄くなってるかも…………」
語尾が消えてゆく。
椿が、物悲しげに微笑んでいたからだ。
憐情、同情、祝福。そのどれでもない、言い表せぬ表情に、言葉を失う。
彼にしか理解できない感性があるのだと言い聞かせ、思考を半強制的に切り離すと、穂希はあらためて数式を注視した。
「……葉月?」
口にしながら玄関まで歩いていき、ふらつきながらもドアを開ける。
そこには予想した人物ではなく、学校帰りだと思われる佳澄椿が立っていた。
「出てくれてありがとう。突然ごめんね、何だか心配で」
スクールバッグからノートを出しながら、椿が苦笑する。キッチンで見つけ出した焼き菓子の賞味期限を確認していた穂希は、ごく自然に謝礼した。
菓子を用意し、散乱しているプラモデルの箱や医療器具を押し退け、漸く腰を下ろす。
今更になって、部屋が雑然としていることに気付く。椿は存外気にしていない様子で、机上にノートと筆記用具を広げた。
「……ほんと、忙しいのに来てくれてありがとね」
「そんな、気にしないで。あ、ノート見る?」
「うん、いつもありがと。助かる。……俺、一年の時も単位ギリギリで留年しかけたからさ、ノート見せてもらえるのありがたい。すごい分かりやすいし」
「良かった。復習も出来るし、僕こそ助かってるよ。また重点的に知りたい所とかあればいつでも言って」
彼の言葉に安堵し、互いに一週間分の授業の要点を確認してゆく。
学習を進めていくうちに感じるのは、――――やはり椿の視線だった。
真正面に位置しているのだから、仕方ないのかもしれないし、錯覚の可能性だってある。
しかし、さり気無く見遣った彼の瞳は、明らかに文字列ではなく、顔の切り傷に向いていた。
いくら温和怜悧な椿でも、『気持ち悪い』『怖い』といった感情は当然持ち合わせているはずだ。人としての自然な反応に、顔を背ける事も出来ない。
敢えて視線に気付かないフリをしていると、椿が呟いた。
「……なんか傷、減ったね」
「あ、分かる? 顔は最近やらないようにしてたから薄くなってるかも…………」
語尾が消えてゆく。
椿が、物悲しげに微笑んでいたからだ。
憐情、同情、祝福。そのどれでもない、言い表せぬ表情に、言葉を失う。
彼にしか理解できない感性があるのだと言い聞かせ、思考を半強制的に切り離すと、穂希はあらためて数式を注視した。
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