蒼い春も、その先も、

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憂う春、君の視線

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 式が終わり、辺りがざわめき始めた。生徒たちの気だるそうな声や足音が飛び交い、静寂に包まれていた廊下も活気を取り戻す。

 眠ることで暇を潰していた穂希は、ゆっくりと目を開けたが、布団を被ったままでいた。

 突如、カーテンの向こうでノックの音が鳴る。
 なるべく気配を消そうと、さらに深く布団に潜ろうとした、その時だった。

「すみません、朝比奈穂希君はいますか?」

 聞き慣れない声に、顔を出す。
 佐々木の対応から、彼が本校の男子生徒であることが分かった。

「朝比奈君、クラスの子が来てくれたよ。顔出さない?」

 長袖だけでは隠し切れない手首や手の甲の傷に、視線を落とす。手が届きやすい場所だけあって、異常に傷跡が目立った。
 さらに、人が尋ねてくるとは思っていなかったので、今日はマスクもしていなかった。

 顔の切創を見れば、相手が気分を悪くしてしまうかもしれない。
 自傷行為を後ろめたいわけはなかったが、相手の気分を害するのが怖かった。

 ベッドから降りる体勢のまま躊躇していると、男子生徒は柔らかい語気で穂希に語りかけた。

「初めまして、僕は佳澄かすみ椿つばきと言います。プリントを渡しに来ました。挨拶もしたいので、良かったら顔を見せてくれないかな」

 丁寧な自己紹介に安堵する傍ら、待たせていることに焦ってしまう。

 プリントを受け取るだけ。

 自分にそう言い聞かせ、穂希は漸く立ち上がり、カーテンを翻した。

 清潔感のある黒髪に、何の変哲も無い眼鏡をかけ、すっきりと制服を身に纏う彼、佳澄椿と目が合う。

 その瞬間、椿がハッと息を吐いた、――――気がした。

「……穂希君、会ってくれてありがとう」
「あ、いえ……こちらこそ」
「これ、どうぞ」

 簡潔な説明と共に手渡された書類を、穂希は躊躇いがちに受け取った。傷跡を隠すように、そそくさと後ろ手を組み、顔も僅かに逸らす。
 そんな穂希に気を遣ってか、椿は受け渡しを済ませると佐々木の方に向き直った。

「立ち話してしまって、すみません。……それでは僕はこれで失礼します」

 一笑し、彼は保健室を出てゆく。
 無駄の無い容姿や振る舞いに、つい唖然とする。

 純粋な尊敬の念と、出来すぎた人間との対話による劣等感とが、穂希の中で静かに渦巻いた。
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