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birthday
epilogue【挿絵あり】
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落ち着きを取り戻した時には既に、昇良の切創は塞がっていた。乾いた血を拭い、念の為ガーゼを貼っておく。
「首、ごめんね……痛かったよね」
「いいよこんなの……、俺のが酷い事たくさんしたし……」
返す言葉が見つからない。苦笑し、ベッドの脇に座る彼の横に腰掛ける。昇良は躊躇いがちに肩を抱いたが、視線を合わせようとはしなかった。
「スタンガンの痕、まだ消えてないだろ」
肯定も否定も出来ずに、さらに押し黙る。傷痕が腹部や腕といった箇所にあるため、風呂に入る際、否応無しに目に入るのだ。忘れたくても忘れられない、苦い思い出だった。
「……あの時は絶対に逃がさないって必死になってたけど、あんなやり方しなくても良かったよな」
「もういいよ、終わった事だし」
両親に怯える時のような柔弱な姿に、思わずそう返す。
確かに、心身ともに傷を残す出来事にはなったが、今更彼を責めても傷が癒えるわけではない。寧ろ、いつまでも罪悪感を剥き出しにされる方が、癪に障る。
そんな心根を知る由もない昇良は、安堵したのか向き直って一笑した。
「朔斗ってほんと優しいよな」
「昇良は意外と弱虫だね」
「こんなの、お前の前だけだよ」
だろうね、と軽く笑ってみる。
恐らく、全てを許容してくれる存在であったさつきを失ってからは、彼はずっと自分を殺して生きてきたのだろう。
自分を完膚なきまでに追い詰めて、やっと手にした名誉の代償が、ナイトテーブルの上に今日もひっそりと転がっている。
「キスしていい……?」
不意に訊ねられ、朔斗は目を逸らした。そして、ずっと確かめたかった事を口にする。
「……全然してなかったのに、突然キスしだしたのって……なんでだったの? あの時から僕の事が好きだったの?」
「あぁ、好きだった。セフレとはキスしないって決めてたけど……好きって気付いたら、なんかもう我慢できなくて」
「からかってるんじゃなくて本気だったのか……」
昇良の気持ちに、もっと早くに気付いていればよかった。
そうすれば、誤解も、復讐心も芽生える事はなかったかもしれないのに。
どんな種類のものでも、それが“愛情”と呼べるものならば、受け入れることが出来たはずだ。
――――まさに今の、自分のように。
「今からするのは、薬とか、からかってるとかじゃないんだよね?」
昇良がハッと目を見開く。しかしすぐに口元に、笑みを描いた。
「……当たり前だろ」
刹那、互いに見つめ合い、ゼロの距離で熱が触れた。優しく穏やかで、温かい口付けだ。
唇を離せば、昇良の名残惜しそうな瞳が、こちらをじっと見つめてくる。
「……やっぱり好きだ……」
「……うん、分かった、分かったよ」
頬を包み込み、また一度、二度と啄ばむようなキスをする。
彼は仄かに体温の上がった体を抱き寄せ、肩に顔を埋めた。
「来年の誕生日はお互い良い日にしような」
「いつまでいさせるつもり?」
「俺が死ぬまで」
「…………何年後になるかな」
昇良への形容し難い感情が、静かに湧き上がる。この感情が愛情に近い何かであることを、漠然と感取する。
今までずっと、恐怖心で伸ばす事の出来なかった手で、彼の背中に触れてみる。そのままきつく抱き締め、朔斗は目を閉じた。
深い傷を背負った体は、微かに震えていた。
「首、ごめんね……痛かったよね」
「いいよこんなの……、俺のが酷い事たくさんしたし……」
返す言葉が見つからない。苦笑し、ベッドの脇に座る彼の横に腰掛ける。昇良は躊躇いがちに肩を抱いたが、視線を合わせようとはしなかった。
「スタンガンの痕、まだ消えてないだろ」
肯定も否定も出来ずに、さらに押し黙る。傷痕が腹部や腕といった箇所にあるため、風呂に入る際、否応無しに目に入るのだ。忘れたくても忘れられない、苦い思い出だった。
「……あの時は絶対に逃がさないって必死になってたけど、あんなやり方しなくても良かったよな」
「もういいよ、終わった事だし」
両親に怯える時のような柔弱な姿に、思わずそう返す。
確かに、心身ともに傷を残す出来事にはなったが、今更彼を責めても傷が癒えるわけではない。寧ろ、いつまでも罪悪感を剥き出しにされる方が、癪に障る。
そんな心根を知る由もない昇良は、安堵したのか向き直って一笑した。
「朔斗ってほんと優しいよな」
「昇良は意外と弱虫だね」
「こんなの、お前の前だけだよ」
だろうね、と軽く笑ってみる。
恐らく、全てを許容してくれる存在であったさつきを失ってからは、彼はずっと自分を殺して生きてきたのだろう。
自分を完膚なきまでに追い詰めて、やっと手にした名誉の代償が、ナイトテーブルの上に今日もひっそりと転がっている。
「キスしていい……?」
不意に訊ねられ、朔斗は目を逸らした。そして、ずっと確かめたかった事を口にする。
「……全然してなかったのに、突然キスしだしたのって……なんでだったの? あの時から僕の事が好きだったの?」
「あぁ、好きだった。セフレとはキスしないって決めてたけど……好きって気付いたら、なんかもう我慢できなくて」
「からかってるんじゃなくて本気だったのか……」
昇良の気持ちに、もっと早くに気付いていればよかった。
そうすれば、誤解も、復讐心も芽生える事はなかったかもしれないのに。
どんな種類のものでも、それが“愛情”と呼べるものならば、受け入れることが出来たはずだ。
――――まさに今の、自分のように。
「今からするのは、薬とか、からかってるとかじゃないんだよね?」
昇良がハッと目を見開く。しかしすぐに口元に、笑みを描いた。
「……当たり前だろ」
刹那、互いに見つめ合い、ゼロの距離で熱が触れた。優しく穏やかで、温かい口付けだ。
唇を離せば、昇良の名残惜しそうな瞳が、こちらをじっと見つめてくる。
「……やっぱり好きだ……」
「……うん、分かった、分かったよ」
頬を包み込み、また一度、二度と啄ばむようなキスをする。
彼は仄かに体温の上がった体を抱き寄せ、肩に顔を埋めた。
「来年の誕生日はお互い良い日にしような」
「いつまでいさせるつもり?」
「俺が死ぬまで」
「…………何年後になるかな」
昇良への形容し難い感情が、静かに湧き上がる。この感情が愛情に近い何かであることを、漠然と感取する。
今までずっと、恐怖心で伸ばす事の出来なかった手で、彼の背中に触れてみる。そのままきつく抱き締め、朔斗は目を閉じた。
深い傷を背負った体は、微かに震えていた。
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