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confusion
11-2
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暗がりの中で目覚め、与えられたばかりの時計を確認する。3時だ。隣に昇良の姿は無い。
「また朝帰りか……」
最近、昇良が帰宅しない日が増えた。それは決まって休みの前日の事なので、彼が何処で何をしているかは考えなくても分かってしまう。
今なら逃げられる。
でも、逃げてどうする?
ここにいたとしても、何か意味はあるのか?
孤独な夜には、いつもこの思考のループに陥る。しかし、孤独感が襲うたび、自分が彼の体温を求めているようで、嫌になる。
拉致されたあの日から、朔斗は自分のことが分からなくなった。
昇良に、自分すら知らなかった部分を暴かれ、絶望に突き落とされたあの日から。
「……僕は一体、何がしたいんだろう……」
その時、寝室にオレンジ色の光が射した。
考え込んでいた所為で、物音に全く気付かなかった。
「遅かったね。……何処行ってたの?」
「風俗行ってた」
「……本当に誰でもいいんだね」
平然と言ってのける昇良に、思わず本音を吐露する。
「……皮肉か?」
「あ、いや……ごめん、なさい」
「そんなビクビクすんな。怒ってないから」
竦む肩を撫で、昇良はベッドに座った。リラックスした背中から、本当に怒っていない事を感じ取る。暫く様子を窺ってみても、やはり変化は無い。
起き上がり、意を決して、借問してみる。
「……昇良はさ、その…………そういうことが好きなの?」
振り向き、昇良がはは、と笑う。惰性で謝りかけた時、彼は口を開いた。
「セックスは薬みたいなもんだよ。その時だけは全部忘れられる」
彼の言う薬とは、風邪薬や痛み止めなどではなく、精神安定剤や坑うつ剤を指しているのだろう。
満たされるとか、気持ちいいとか、そんな事ではなくて、全てを忘れられるというのが一番の理由だとしたら、何だか気の毒だ。
「それにさ、セックスしてると、さつきとも会える気がするんだ。……真っ暗闇の中で触れ合うと、さつきと抱き合ってるみたいで何かホッとするんだよな」
昇良は悲しそうに、馬鹿みたいだろ、と付け足した。
「……にしても、お前に『暴力だ』なんて言われた時はほんとゾッとしたなぁ」
「え?」
「どれだけ嫌おうと、親の血が流れてんだと思うと、吐き気がする」
思えば、昇良にあからさまな変化が起きたのはその後だった気がする。
衝動的な発言が、昇良の傷を抉ってしまったようだ。今になって、心苦しく思う。
「さつきを殺した奴とも、親とも一緒になりたくなかったのに、奴らよりもクズになっちまってさ」
静寂の中、昇良の独白は続く。自虐的な、痛ましい独白だ。
自身の質問から始まった会話であるにも関わらず、朔斗は何ひとつ発言出来ないでいた。
彼の境遇が、あまりにも悲惨だったからだ。
黙り込む朔斗の手に、昇良の手が重なる。今まで彼としてきた交接の時とはまるで違う、仄かな体温が伝わってくる。
「……俺みたいなクズを助けようとしたのは、さつきと、……お前だけだよ」
染み付いた恐怖により小刻みに震えていた手は、スッと緊張を和らげた。
「……酷い事して悪かったな、お前とセックスするのはもうやめるわ」
顔を背け、囁くほどの声で昇良が零す。いつも感じていた威圧感は、何処にも無い。
嬉しいはずなのに、何故だか突然置き去りにされた気分になる。
「……じゃあ、僕はもうここにいなくていいってこと……?」
自分でも、何故そんなことを口にしたのかは分からない。けれど、弁明する気にも、訂正する気にもなれなかった。
昇良は僅かに目を瞠ったが、すぐにその表情を解した。
「何だよその言い方。……良いじゃんそんなこと、ここに居たら?」
追い出される事を覚悟していた朔斗は、僅かな安堵と共に、彼に対する憎悪が鮮明になってゆく感覚を覚えた。
「起こして悪かったな、おやすみ」
事態が好転する度に、脳裏には『憎め』という自分の声が聞こえる。声から逃れるように、布団を頭まで引き上げた。
「また朝帰りか……」
最近、昇良が帰宅しない日が増えた。それは決まって休みの前日の事なので、彼が何処で何をしているかは考えなくても分かってしまう。
今なら逃げられる。
でも、逃げてどうする?
ここにいたとしても、何か意味はあるのか?
孤独な夜には、いつもこの思考のループに陥る。しかし、孤独感が襲うたび、自分が彼の体温を求めているようで、嫌になる。
拉致されたあの日から、朔斗は自分のことが分からなくなった。
昇良に、自分すら知らなかった部分を暴かれ、絶望に突き落とされたあの日から。
「……僕は一体、何がしたいんだろう……」
その時、寝室にオレンジ色の光が射した。
考え込んでいた所為で、物音に全く気付かなかった。
「遅かったね。……何処行ってたの?」
「風俗行ってた」
「……本当に誰でもいいんだね」
平然と言ってのける昇良に、思わず本音を吐露する。
「……皮肉か?」
「あ、いや……ごめん、なさい」
「そんなビクビクすんな。怒ってないから」
竦む肩を撫で、昇良はベッドに座った。リラックスした背中から、本当に怒っていない事を感じ取る。暫く様子を窺ってみても、やはり変化は無い。
起き上がり、意を決して、借問してみる。
「……昇良はさ、その…………そういうことが好きなの?」
振り向き、昇良がはは、と笑う。惰性で謝りかけた時、彼は口を開いた。
「セックスは薬みたいなもんだよ。その時だけは全部忘れられる」
彼の言う薬とは、風邪薬や痛み止めなどではなく、精神安定剤や坑うつ剤を指しているのだろう。
満たされるとか、気持ちいいとか、そんな事ではなくて、全てを忘れられるというのが一番の理由だとしたら、何だか気の毒だ。
「それにさ、セックスしてると、さつきとも会える気がするんだ。……真っ暗闇の中で触れ合うと、さつきと抱き合ってるみたいで何かホッとするんだよな」
昇良は悲しそうに、馬鹿みたいだろ、と付け足した。
「……にしても、お前に『暴力だ』なんて言われた時はほんとゾッとしたなぁ」
「え?」
「どれだけ嫌おうと、親の血が流れてんだと思うと、吐き気がする」
思えば、昇良にあからさまな変化が起きたのはその後だった気がする。
衝動的な発言が、昇良の傷を抉ってしまったようだ。今になって、心苦しく思う。
「さつきを殺した奴とも、親とも一緒になりたくなかったのに、奴らよりもクズになっちまってさ」
静寂の中、昇良の独白は続く。自虐的な、痛ましい独白だ。
自身の質問から始まった会話であるにも関わらず、朔斗は何ひとつ発言出来ないでいた。
彼の境遇が、あまりにも悲惨だったからだ。
黙り込む朔斗の手に、昇良の手が重なる。今まで彼としてきた交接の時とはまるで違う、仄かな体温が伝わってくる。
「……俺みたいなクズを助けようとしたのは、さつきと、……お前だけだよ」
染み付いた恐怖により小刻みに震えていた手は、スッと緊張を和らげた。
「……酷い事して悪かったな、お前とセックスするのはもうやめるわ」
顔を背け、囁くほどの声で昇良が零す。いつも感じていた威圧感は、何処にも無い。
嬉しいはずなのに、何故だか突然置き去りにされた気分になる。
「……じゃあ、僕はもうここにいなくていいってこと……?」
自分でも、何故そんなことを口にしたのかは分からない。けれど、弁明する気にも、訂正する気にもなれなかった。
昇良は僅かに目を瞠ったが、すぐにその表情を解した。
「何だよその言い方。……良いじゃんそんなこと、ここに居たら?」
追い出される事を覚悟していた朔斗は、僅かな安堵と共に、彼に対する憎悪が鮮明になってゆく感覚を覚えた。
「起こして悪かったな、おやすみ」
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