さよならピクトさん

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最終話

6-1

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 何気無い会話の中に、甘ったるい匂いが漂ってくる。

「おや、良い匂いがするねぇ」

 それを先に言葉にしたのは、やはりピクトさんだ。
 俺は匂いの正体よりも、ピクトさんに嗅覚があったことに驚いていた。

「この匂い、何を作ってるんだろう?」

 もう一度、匂いを確かめてみる。そして、あることを思い出した。

「そういや今日は、三年生が選択化学でカルメ焼き作るって言ってたわ。あとなんか二年生が調理実習でどら焼き、だったかな……お菓子作るらしい」
「へぇー! 日程被っちゃったんだね。で、三宅くんはカルメ焼き作り出ないの?」
「俺化学選択してないから。てかカルメ焼き中学でもやったからもういいよ」
「えー! そんなこと言って! 美味しいのに!」

 続いて口にした、久し振りに食べたいなーという発言から、やはりピクトさんには“人間として生きていた”期間があったことを確信する。

 ピクトグラムの中なんかじゃなくて、俺に憑依したらカルメ焼きも、その他の美味しい物だって、食べられるんじゃない?

 そう言いたかったが、ピクトさんを幽霊だと認めるのが怖くて、口を噤んだ。

 実験や調理実習は、普段の授業とは違って、自由で騒がしいから好きではない。
 特に、女生徒の甲高い声なんかは、微かにだが、非常口まで聞こえてくる。

「楽しそうだねぇ、ちょっと賑やかすぎる気がするけども……」

 突然、ピクトさんの声を遮るようにブザーが鳴った。

「え? 何の音?」

 ピクトさんの溌剌とした声をも掻き消す、大きな音に、僅かに声が震える。
 訓練があるとも聞いていない。だったら誤作動か、試運転だろうか。

 そんなことを考えていると、複数の慌しい足音が近付いてきた。賑わしさとは少し違う、幾人もの戸惑う声を引き連れて。

 次の瞬間、非常口に混乱する生徒たちが押し寄せた。
 反射的に誘導灯の真下から退いた俺に目もくれず、生徒たちは『やばい』とか『早く』とか、声をあげながら外へと走った。

 甘ったるい匂いは、気付けば焦げ臭い煙の匂いへと変わっていた。
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