35 / 71
omen
5-2
しおりを挟む
不規則にリズムを刻んでいたキーボードの音が止む。未達成のノルマを気にしつつも、朔斗はノートパソコンを閉じた。
とてもじゃないが、昂良の顔が脳裏に浮かんで集中出来ない。彼の脆弱さはよく分かっているつもりだ。だからこそ、今朝の会話が何かの引き金になることも容易く想像してしまう。
同時に、仕事が手に付かないほどの不安に襲われる自分にも呆れる。
「昂良だって子供じゃないんだから」
敢えてそう口にしてみても、声は虚空に溶けていくだけだ。
気を紛らわずものが他に無い今、きっといつものように帰ってくるだろうと、自分に言い聞かせるしかなかった。
昂良が帰宅したのは、それから9時間後のことだ。
案の定彼は悄然としていたが、朝の一件だけを理由にするには、あまりにも重すぎる影を纏っていた。
墓参にはちゃんと行ったのか、その先で何かあったのかと問い掛けたい気持ちを抑えて、台所に戻る。
「ご飯すぐ食べる?」
「あ、うん」
「座ってていいよ」
短く相槌を打ち、徐に席に着く。そんな些細な行動にさえ、朔斗は違和感を抱いた。
いつもなら真っ先に抱きついてくるくせに。
いつしか体に染み付いていたルーティーンを、無意識に脳が求める。帰宅後の抱擁は、朝起きて夜眠るくらい、食事をして呼吸をするくらい、朔斗の中で当たり前のものになっていたのだ。
抱き締めてほしいのではない。ただ“いつもの”が無いことに寂しさを覚える。昂良が視線ではなく、しんとした背中を向けているから、余計に取り残された気になった。
とてもじゃないが、昂良の顔が脳裏に浮かんで集中出来ない。彼の脆弱さはよく分かっているつもりだ。だからこそ、今朝の会話が何かの引き金になることも容易く想像してしまう。
同時に、仕事が手に付かないほどの不安に襲われる自分にも呆れる。
「昂良だって子供じゃないんだから」
敢えてそう口にしてみても、声は虚空に溶けていくだけだ。
気を紛らわずものが他に無い今、きっといつものように帰ってくるだろうと、自分に言い聞かせるしかなかった。
昂良が帰宅したのは、それから9時間後のことだ。
案の定彼は悄然としていたが、朝の一件だけを理由にするには、あまりにも重すぎる影を纏っていた。
墓参にはちゃんと行ったのか、その先で何かあったのかと問い掛けたい気持ちを抑えて、台所に戻る。
「ご飯すぐ食べる?」
「あ、うん」
「座ってていいよ」
短く相槌を打ち、徐に席に着く。そんな些細な行動にさえ、朔斗は違和感を抱いた。
いつもなら真っ先に抱きついてくるくせに。
いつしか体に染み付いていたルーティーンを、無意識に脳が求める。帰宅後の抱擁は、朝起きて夜眠るくらい、食事をして呼吸をするくらい、朔斗の中で当たり前のものになっていたのだ。
抱き締めてほしいのではない。ただ“いつもの”が無いことに寂しさを覚える。昂良が視線ではなく、しんとした背中を向けているから、余計に取り残された気になった。
87
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます

皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる