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第二話
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いつもと違う窓から見える白んだ空を、静真はぼうっと見つめた。
首を巡らせてみる。どうやら理士の家で、そのまま眠ってしまったらしい。そして恐らく此処は彼の部屋だ。普段から使用しているであろうベッドで、夜を明かしたようだ。
慣れない質感が身に纏い付いている。見たこともないルームウェアに、些か驚いた。
昨夜、遺体を葬った後、この家に帰ってきた以降の記憶が全くない。
とてつもない労働だったとは言え、着替えをさせられ、ベッドで寝かせられたことを微塵も覚えていないのが途端に恥ずかしくなり、枕に顔を埋めた。
ふわりと、理士の匂いに包まれる。
――――たった一度の共犯が、望んでいたものを与えてくれた。
夢にまで見た、いや、夢すら見られなかった願望が、次々と叶えられている。
重罪を犯した自覚はあった。それでも、今はこの現実に甘えよう。
ぼんやりと考えながら、静真はもう一度目を瞑った。
二度目の起床は、午前8時頃だった。僅かな焦りと共に居間に向かうと、ソファーにはルームウェアを着た理士の姿があった。
「……おはよう。眠れた?」
「……思ったよりは。桐ヶ谷さんは寝れてないみたいですね」
まぁね、と苦笑する理士の顔は明らかに疲れ切っていて、とてもではないが、抜け落ちた記憶に関して訊ねられる空気ではなかった。
「静真君、ここ座って」
頷き、彼の左側に座る。こんな形でも、愛する理士と迎える朝は、どこか特別だ。
「昨日はごめんね、……あんなこと、やらせちゃって。許してほしいってわけじゃないんだけど……僕に何かさせてくれないかな、デートでもキスでも……セックスでも、静真君がしてほしいことを何でもするからさ」
歯切れの悪さに、顔を顰める。
交際も、キスも、性行為も、望んでいなかったわけではない。むしろ、それらは期待や希望を通り越して、欲望のようにもなっていた。だが、今それを行うのは、どうも引っ掛かるものがある。
「……今は昨日のことを詳しく教えていただきたいです」
理士は否定をすることも、戸惑う事もなく、ただ俯いたままその唇を開いた。
精神疾患のある母親を、ひとりで介抱していたこと。
それに伴う、不自由な生活を強要されていたこと。
頻繁に癇癪を起こす母親と暮らしている事で、周囲の人間に敬遠されていたこと。
睡眠もままならない毎日が続き、身も心も限界だったこと。
途中まで単調だった理士の語気は、次第に哀調を帯びていった。
想像を絶する苦労に、言葉が見つからない。
「……気付いたら母親の首を絞めていたんだ。普段は暴力的な母も、……その時だけはどうしてか大人しかったよ……」
彼は落ちた目線の先で、実母の命を奪った手を握っては開くという行為を繰り返した。
「でもなんで僕なんかに手伝わせたんですか……?」
「母親を殺した一時間後くらいにね、静真君からメールが来たんだ。その時、静真君しかいない、今しかないって……思ったんだ」
理士の発言は、静真の好意を利用したと言っているようなものだ。
それでも彼のことを嫌いになる事が出来なかったのは、未だに現実感がないからなのか、はたまた恋情が大きすぎるだけなのか、分からなかった。
――――ふたつの衝動が生んだこの奇妙な関係性は、寧ろ自分にとっては好都合である。
共犯と言えど、理士の弱味を握った事は事実なのだ。
誰よりも理士を知る存在になれるという確信が強まっていく。
得も言われぬ優越感は、静真の理性をゆっくりと蝕んだ。
首を巡らせてみる。どうやら理士の家で、そのまま眠ってしまったらしい。そして恐らく此処は彼の部屋だ。普段から使用しているであろうベッドで、夜を明かしたようだ。
慣れない質感が身に纏い付いている。見たこともないルームウェアに、些か驚いた。
昨夜、遺体を葬った後、この家に帰ってきた以降の記憶が全くない。
とてつもない労働だったとは言え、着替えをさせられ、ベッドで寝かせられたことを微塵も覚えていないのが途端に恥ずかしくなり、枕に顔を埋めた。
ふわりと、理士の匂いに包まれる。
――――たった一度の共犯が、望んでいたものを与えてくれた。
夢にまで見た、いや、夢すら見られなかった願望が、次々と叶えられている。
重罪を犯した自覚はあった。それでも、今はこの現実に甘えよう。
ぼんやりと考えながら、静真はもう一度目を瞑った。
二度目の起床は、午前8時頃だった。僅かな焦りと共に居間に向かうと、ソファーにはルームウェアを着た理士の姿があった。
「……おはよう。眠れた?」
「……思ったよりは。桐ヶ谷さんは寝れてないみたいですね」
まぁね、と苦笑する理士の顔は明らかに疲れ切っていて、とてもではないが、抜け落ちた記憶に関して訊ねられる空気ではなかった。
「静真君、ここ座って」
頷き、彼の左側に座る。こんな形でも、愛する理士と迎える朝は、どこか特別だ。
「昨日はごめんね、……あんなこと、やらせちゃって。許してほしいってわけじゃないんだけど……僕に何かさせてくれないかな、デートでもキスでも……セックスでも、静真君がしてほしいことを何でもするからさ」
歯切れの悪さに、顔を顰める。
交際も、キスも、性行為も、望んでいなかったわけではない。むしろ、それらは期待や希望を通り越して、欲望のようにもなっていた。だが、今それを行うのは、どうも引っ掛かるものがある。
「……今は昨日のことを詳しく教えていただきたいです」
理士は否定をすることも、戸惑う事もなく、ただ俯いたままその唇を開いた。
精神疾患のある母親を、ひとりで介抱していたこと。
それに伴う、不自由な生活を強要されていたこと。
頻繁に癇癪を起こす母親と暮らしている事で、周囲の人間に敬遠されていたこと。
睡眠もままならない毎日が続き、身も心も限界だったこと。
途中まで単調だった理士の語気は、次第に哀調を帯びていった。
想像を絶する苦労に、言葉が見つからない。
「……気付いたら母親の首を絞めていたんだ。普段は暴力的な母も、……その時だけはどうしてか大人しかったよ……」
彼は落ちた目線の先で、実母の命を奪った手を握っては開くという行為を繰り返した。
「でもなんで僕なんかに手伝わせたんですか……?」
「母親を殺した一時間後くらいにね、静真君からメールが来たんだ。その時、静真君しかいない、今しかないって……思ったんだ」
理士の発言は、静真の好意を利用したと言っているようなものだ。
それでも彼のことを嫌いになる事が出来なかったのは、未だに現実感がないからなのか、はたまた恋情が大きすぎるだけなのか、分からなかった。
――――ふたつの衝動が生んだこの奇妙な関係性は、寧ろ自分にとっては好都合である。
共犯と言えど、理士の弱味を握った事は事実なのだ。
誰よりも理士を知る存在になれるという確信が強まっていく。
得も言われぬ優越感は、静真の理性をゆっくりと蝕んだ。
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