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第一話
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小料理屋『ひそか』に通い始めて、もう二年半になる。ひそかは和を基調とした創作料理が有名で、常に賑わっているその店は、夕方から夜にかけて特に繁盛していた。
久賀静真は手を合わせ、激務により疲労した体に一杯の水を流し込んだ。
忙しく駆け回るホールスタッフを呼び止めると、栗色の髪をした彼、桐ヶ谷理士がにっこりと微笑む。
「静真君、お仕事お疲れ様」
「桐ヶ谷さんもお疲れ様です。今日も忙しそうですね」
「まぁ毎日こんな感じだけどね。……えっと、いつものやつで良いかな?」
「はい。お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
理士は軽く礼をすると、厨房へと歩いていった。その背中をじっと見つめていると、鼓動が早くなる。まるで騒音さえも掻き消すような、激しい動悸だった。
静真の中で理士という存在が特別なものになったのは、約一年前の事だ。
きっかけと呼べるような出来事はなく、気が付けば、彼目当てに此処に通うようになっていた。
恋心を自覚した事による戸惑いや焦りのようなものはあった。
だが、彼にもっと近付きたいという気持ちが静真を突き動かし、連絡先の交換にまで漕ぎ着けた。
他愛ない会話は冴えない日常に多幸感を齎したが、静真が望むような関係への発展は、その予兆すら見せてはくれなかった。
運ばれてきた料理を味わいながら、理士の声に耳を澄ませる。
全ての客に等しく振り撒かれるあの笑顔が、自分だけのものだったら。
ここに来るたびにそんな気持ちが強くなっていく。
不特定多数の人間に嫉妬している自分に嫌気が差して、思わす溜め息が零れた。
「静真君」
弾かれたように顔を上げる。目の前には、先程まで脳内を侵していた笑顔があった。彼の持つ丸盆には、ひとり分の抹茶のアイスクリームが乗っている。
「あの……僕それ頼んでないです」
「僕からのサービスだよ。静真君抹茶のアイス好きだったもんね?」
胸がざわついた。
自分でも忘れていたような何気ないやり取りを、理士は覚えていてくれたのだ。
「……静真君なんだか疲れてるみたいだからさ、あんまり無理しないようにね」
理士が目を細めて微笑む。
あの笑顔はずるい。無意識なのだとしたら、なおさらの事だ。
微熱で頭がぼんやりするような感覚が、静真を襲った。火照りを冷ますように、心地の良い甘みが喉を流れ落ちた。
久賀静真は手を合わせ、激務により疲労した体に一杯の水を流し込んだ。
忙しく駆け回るホールスタッフを呼び止めると、栗色の髪をした彼、桐ヶ谷理士がにっこりと微笑む。
「静真君、お仕事お疲れ様」
「桐ヶ谷さんもお疲れ様です。今日も忙しそうですね」
「まぁ毎日こんな感じだけどね。……えっと、いつものやつで良いかな?」
「はい。お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
理士は軽く礼をすると、厨房へと歩いていった。その背中をじっと見つめていると、鼓動が早くなる。まるで騒音さえも掻き消すような、激しい動悸だった。
静真の中で理士という存在が特別なものになったのは、約一年前の事だ。
きっかけと呼べるような出来事はなく、気が付けば、彼目当てに此処に通うようになっていた。
恋心を自覚した事による戸惑いや焦りのようなものはあった。
だが、彼にもっと近付きたいという気持ちが静真を突き動かし、連絡先の交換にまで漕ぎ着けた。
他愛ない会話は冴えない日常に多幸感を齎したが、静真が望むような関係への発展は、その予兆すら見せてはくれなかった。
運ばれてきた料理を味わいながら、理士の声に耳を澄ませる。
全ての客に等しく振り撒かれるあの笑顔が、自分だけのものだったら。
ここに来るたびにそんな気持ちが強くなっていく。
不特定多数の人間に嫉妬している自分に嫌気が差して、思わす溜め息が零れた。
「静真君」
弾かれたように顔を上げる。目の前には、先程まで脳内を侵していた笑顔があった。彼の持つ丸盆には、ひとり分の抹茶のアイスクリームが乗っている。
「あの……僕それ頼んでないです」
「僕からのサービスだよ。静真君抹茶のアイス好きだったもんね?」
胸がざわついた。
自分でも忘れていたような何気ないやり取りを、理士は覚えていてくれたのだ。
「……静真君なんだか疲れてるみたいだからさ、あんまり無理しないようにね」
理士が目を細めて微笑む。
あの笑顔はずるい。無意識なのだとしたら、なおさらの事だ。
微熱で頭がぼんやりするような感覚が、静真を襲った。火照りを冷ますように、心地の良い甘みが喉を流れ落ちた。
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