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ある日の巡り合わせ
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長く外界との接触を拒んでいた、周辺を海に囲まれた島国アルストル王国。
この国の古い言い伝えの一つに、こんな言葉がある。
損壊の激しい死体が見つかったなら、狩人に知らせろ。それは、血に飢えた化け物が食い残した跡だ。
オミッド・ミンゲラ刑事はグラスを傾けながら、ふとそんな言葉を思い出す。
唐突に与太話を思い出したのは、彼の悩みの種である、現在調べている事件に関係するからだ。
しかし、彼は今それとは別の面倒事に巻き込まれていた。
「あー、もう! ほんっとうに腹立たしい! ねえ、聞いてるオミッド!?」
「はいはい、分かったからもう勘弁してくださいよティアさん。落ち着いて落ち着いて」
酒のせいか、それとも生来の気性故か。
とにかくこの面倒事の元凶、ティアはうるさく喚いていた。
これだけウザ絡みを受けているオミッドだが、彼女とはこれが初対面だ。
残業帰りにテキトーに酒と軽食をと入ったバーで、カウンターにいたこの馴れ馴れしい酔っ払いに絡まれたのが、事の始まりだった。
「え~、ホントに聞いてた~? じゃあ、もう一度私がなんでここで吞んだくれてるか、説明してみなさいよぉ!」
「あーはいはい。えっと、アレだ、リストラされたんでしたっけ? それも仲間全員の総意で」
「リストラというか、追放というか……。まあ、広義的に言えばそうね」
「なんですかそりゃ。謎なのは外身だけにしてくださいよ」
何とも容赦のない言葉だが、オミッドは今までの反撃とばかりに見たままの現実を口にする。
「なっ、失礼ね! 私のこの完璧なドレスコードの、どこがおかしいのよ!」
「全体的に古臭いんですよ。何ですか、その昔の貴族が着てそうなドレス」
「そっ、そうなの!? せっかく私の持ってる中で一番最近の流行ってたドレスでオシャレしてきたのに!」
普段どんな格好してんだこの人、とオミッドは呆れていた。
青い宝石で作られたスカーフ留め。質素さと上品さが両立されているものの、妙に時代を感じる古めかしいドレス。
王国が開国し他国の文化が輸入されても、王国貴族はしばらく後になるまで自国製のドレスや正装で着飾っていたなんて話もあるが、それもニ百年は前の話。
彼女の妙な気品漂う姿はまるで、そこからタイムスリップでもしてきたかのような出立ちだった。
何より目を引くのは彼女が飲むワインよりも鮮やかな赤髪と、満月のような瞳。そして何処かのモデルなのではと思わせられる、か細くしなやかな身体は一本の針を想起させる。
これで呑んだくれでなければ、まさに最高の美人なのだが。
「そっかー。じゃあ、服買い替えないとなぁ。って、何? じろじろ見ちゃって」
「いや、何でも?」
……とにかく。彼女は彼の言うように、この庶民向けのバーには似つかわしくない。
店の客も、オミッドが来店した時点でティアの居るカウンター席から離れていた事から、距離を取られているのは明らかだった。
「それより、次はあなたの事聞かせてよ」
ティアは唐突にそんな事を言い出す。
「え? 何で?」
「何で、じゃないわよ。さっきから私ばっかり話してるじゃない。不公平よ不公平。オミッドも何か話しなさいよ! 何かあるでしょ何か」
「えぇ……。
うーん。最近は仕事ばっかで、話題に出来そうな体験が無いんですよ」
「じゃあ、その仕事の事で良いわ」
「いや、それは無理ですね……」
当たり前だが、捜査内容を話す訳にはいかない。
やんわりと断るが、ティアは一歩も引かなかった。
「何それ? つっまんないわね。
とにかく! 何でも良いから話題振ってきなさいよぉ!」
この酔っ払いの雑な無茶振りには、恐らく応えなければ更に面倒になる。オミッドは困惑しながらも、そう直感した。
良い感じの話のネタは無いか、と考えてみるが、酒が入った頭は中々回ってくれない。
しばらく唸っていると、オミッドはある事に気づく。
あれだけうるさかったティアが、やけに大人しくテレビの報道番組を真剣に見ていたのだ。
表示された時計を見れば、もう日付は変わっていた。
『昨夜未明、六人目の身元不明惨殺死体が発見されました』
スラスラと読み上げられてゆく、事件の詳細を静かに聞いているティア。そこにさっきまでの彼女は無く、冷ややかな目で画面を見つめていた。
ダミア連続猟奇殺人事件。それは、オミッドが今調べている事件だ。全身から血を抜かれていたり、臓物がぶちまけられてた欠損の激しいバラバラ死体になっていたり。とにかく惨たらしい姿となって発見されるのだが、肝心の犯人像が浮かび上がらない。
被害者らの繋がりは無く無差別。
殺してわざわざ血を抜く理由は分からないし、バラバラ死体の方からは何かに食いちぎられたような跡がある等、異常性が目立つ上大胆過ぎる犯行なのは間違いないのだが、大胆さに反して捜査は難航している。
「興味あるんですか? その事件」
「ん、まあね。他人事じゃないし」
「……もしかして、ティアさん、被害者のご遺族様?」
「んー、そういう訳じゃないんだけど。まあ、無関係じゃないというか。
ていうか、何であなたそんなに申し訳なさそうにしてるの?」
「いや、俺、こういう者でして……。あんまり詳しい事は言えないけど、この事件の担当なんです」
被害者の遺族では無かったが、会話からティアがこの事件に何か関係があるのではとオミッドは睨む。
勤務外ではあるが彼は聞き込みをしようと、ティアにだけ見えるように警察手帳を見せた。
「あー、なるほどね。あなた、官憲なのね。えっと、今風に言うとお巡りさん、だっけ?
そうだ! ねえ、あなた。この事件、解決したい?」
ティアの反応はかなり淡泊だった。それどころか、質問する前に意味不明な質問をされてしまった。
「何ですかその質問。そりゃ、解決したいに決まってますよ」
「ふーん。じゃ、さっさと始めますか! マスター、お会計お願い! この人の分も私のに合わせといて!」
そう言うと、ヒョイと椅子から立ち上がったティアはオミッドの腕を掴み、強引に彼の意志関係無しに会計を済ませる。
「うわ、力強!? 何するんですか!? あと、自分の会計ぐらい払います!」
「いいのいいの! 協力料ってことで!」
「協力料? 何の!?」
「決まってるじゃない! あなた達が言うところの狩りよ!」
「はあ?」
ティアはそう言うと、困惑するオミッドを引っ張りながら店を後にし、そのままニッコニコの笑顔のまま路地裏へと彼を連れて行った。
この国の古い言い伝えの一つに、こんな言葉がある。
損壊の激しい死体が見つかったなら、狩人に知らせろ。それは、血に飢えた化け物が食い残した跡だ。
オミッド・ミンゲラ刑事はグラスを傾けながら、ふとそんな言葉を思い出す。
唐突に与太話を思い出したのは、彼の悩みの種である、現在調べている事件に関係するからだ。
しかし、彼は今それとは別の面倒事に巻き込まれていた。
「あー、もう! ほんっとうに腹立たしい! ねえ、聞いてるオミッド!?」
「はいはい、分かったからもう勘弁してくださいよティアさん。落ち着いて落ち着いて」
酒のせいか、それとも生来の気性故か。
とにかくこの面倒事の元凶、ティアはうるさく喚いていた。
これだけウザ絡みを受けているオミッドだが、彼女とはこれが初対面だ。
残業帰りにテキトーに酒と軽食をと入ったバーで、カウンターにいたこの馴れ馴れしい酔っ払いに絡まれたのが、事の始まりだった。
「え~、ホントに聞いてた~? じゃあ、もう一度私がなんでここで吞んだくれてるか、説明してみなさいよぉ!」
「あーはいはい。えっと、アレだ、リストラされたんでしたっけ? それも仲間全員の総意で」
「リストラというか、追放というか……。まあ、広義的に言えばそうね」
「なんですかそりゃ。謎なのは外身だけにしてくださいよ」
何とも容赦のない言葉だが、オミッドは今までの反撃とばかりに見たままの現実を口にする。
「なっ、失礼ね! 私のこの完璧なドレスコードの、どこがおかしいのよ!」
「全体的に古臭いんですよ。何ですか、その昔の貴族が着てそうなドレス」
「そっ、そうなの!? せっかく私の持ってる中で一番最近の流行ってたドレスでオシャレしてきたのに!」
普段どんな格好してんだこの人、とオミッドは呆れていた。
青い宝石で作られたスカーフ留め。質素さと上品さが両立されているものの、妙に時代を感じる古めかしいドレス。
王国が開国し他国の文化が輸入されても、王国貴族はしばらく後になるまで自国製のドレスや正装で着飾っていたなんて話もあるが、それもニ百年は前の話。
彼女の妙な気品漂う姿はまるで、そこからタイムスリップでもしてきたかのような出立ちだった。
何より目を引くのは彼女が飲むワインよりも鮮やかな赤髪と、満月のような瞳。そして何処かのモデルなのではと思わせられる、か細くしなやかな身体は一本の針を想起させる。
これで呑んだくれでなければ、まさに最高の美人なのだが。
「そっかー。じゃあ、服買い替えないとなぁ。って、何? じろじろ見ちゃって」
「いや、何でも?」
……とにかく。彼女は彼の言うように、この庶民向けのバーには似つかわしくない。
店の客も、オミッドが来店した時点でティアの居るカウンター席から離れていた事から、距離を取られているのは明らかだった。
「それより、次はあなたの事聞かせてよ」
ティアは唐突にそんな事を言い出す。
「え? 何で?」
「何で、じゃないわよ。さっきから私ばっかり話してるじゃない。不公平よ不公平。オミッドも何か話しなさいよ! 何かあるでしょ何か」
「えぇ……。
うーん。最近は仕事ばっかで、話題に出来そうな体験が無いんですよ」
「じゃあ、その仕事の事で良いわ」
「いや、それは無理ですね……」
当たり前だが、捜査内容を話す訳にはいかない。
やんわりと断るが、ティアは一歩も引かなかった。
「何それ? つっまんないわね。
とにかく! 何でも良いから話題振ってきなさいよぉ!」
この酔っ払いの雑な無茶振りには、恐らく応えなければ更に面倒になる。オミッドは困惑しながらも、そう直感した。
良い感じの話のネタは無いか、と考えてみるが、酒が入った頭は中々回ってくれない。
しばらく唸っていると、オミッドはある事に気づく。
あれだけうるさかったティアが、やけに大人しくテレビの報道番組を真剣に見ていたのだ。
表示された時計を見れば、もう日付は変わっていた。
『昨夜未明、六人目の身元不明惨殺死体が発見されました』
スラスラと読み上げられてゆく、事件の詳細を静かに聞いているティア。そこにさっきまでの彼女は無く、冷ややかな目で画面を見つめていた。
ダミア連続猟奇殺人事件。それは、オミッドが今調べている事件だ。全身から血を抜かれていたり、臓物がぶちまけられてた欠損の激しいバラバラ死体になっていたり。とにかく惨たらしい姿となって発見されるのだが、肝心の犯人像が浮かび上がらない。
被害者らの繋がりは無く無差別。
殺してわざわざ血を抜く理由は分からないし、バラバラ死体の方からは何かに食いちぎられたような跡がある等、異常性が目立つ上大胆過ぎる犯行なのは間違いないのだが、大胆さに反して捜査は難航している。
「興味あるんですか? その事件」
「ん、まあね。他人事じゃないし」
「……もしかして、ティアさん、被害者のご遺族様?」
「んー、そういう訳じゃないんだけど。まあ、無関係じゃないというか。
ていうか、何であなたそんなに申し訳なさそうにしてるの?」
「いや、俺、こういう者でして……。あんまり詳しい事は言えないけど、この事件の担当なんです」
被害者の遺族では無かったが、会話からティアがこの事件に何か関係があるのではとオミッドは睨む。
勤務外ではあるが彼は聞き込みをしようと、ティアにだけ見えるように警察手帳を見せた。
「あー、なるほどね。あなた、官憲なのね。えっと、今風に言うとお巡りさん、だっけ?
そうだ! ねえ、あなた。この事件、解決したい?」
ティアの反応はかなり淡泊だった。それどころか、質問する前に意味不明な質問をされてしまった。
「何ですかその質問。そりゃ、解決したいに決まってますよ」
「ふーん。じゃ、さっさと始めますか! マスター、お会計お願い! この人の分も私のに合わせといて!」
そう言うと、ヒョイと椅子から立ち上がったティアはオミッドの腕を掴み、強引に彼の意志関係無しに会計を済ませる。
「うわ、力強!? 何するんですか!? あと、自分の会計ぐらい払います!」
「いいのいいの! 協力料ってことで!」
「協力料? 何の!?」
「決まってるじゃない! あなた達が言うところの狩りよ!」
「はあ?」
ティアはそう言うと、困惑するオミッドを引っ張りながら店を後にし、そのままニッコニコの笑顔のまま路地裏へと彼を連れて行った。
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