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後編
41.改めて
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警備についていたジョアルになぜか驚いた顔をされたものの、レーネはようやく執務室にたどりついて、ほっと息をついた。
「ただいま……」
「おかえりなさ……い?」
ぱっと顔を上げたリィロンが首を傾げたので、レーネも同じように首を傾げた。クリフもなぜか眉間にしわが寄っている。何かあったのだろうか。
「……レーネさん?」
「うん?」
「レーネさん!?」
ばたばた走ってきたリィロンだったが、レーネに触れる手前でぴたっと止まり、ぐるぐると周囲を回り始めた。何か問題があるのだろうかと思っても、リィロンが動き続けているので何を見ているのかわからない。
「なんか……なんかあの……すごくきれいですね!」
「そうかい……?」
「はい! 妖精みたいです!」
いい年をした成人男性に妖精はどうだろう。
何とも言えずにちょっと渋い顔をしたレーネの後ろで、ティノールトが笑っている気配がする。振り返って軽くにらむと、申し訳なさそうに微笑まれた。
「俺も思いました」
「服を変えただけだろう」
「いつにも増してきれいですから」
手を取られて口づけられると、許してもいいかという気持ちになってしまう。なんとなくずるい。
返事をせずにティノールトの手から自分の手を引き抜いて、レーネは自分の机に向かった。本当はこのローブを脱いでしまいたいのだが、ティノールトと違ってレーネは寮に戻らないと着替えがない。
「まっ、レーネさん!? それで仕事するつもりですか!?」
「そうだけど……」
「だめですよ!」
リィロンに慌てて止められてしまった。これは式典とか謁見とか、公式の場に出るためのローブだから仕事には使わないほうがいいらしい。確かに白いから汚れやすそうだが、どんな服でも着れば汚れるものなのだから一緒だろう。
「一度戻りましょう、レーネさん」
「いいのかい」
一連の処分のために招集されていたおかげで、今日の仕事はほとんどクリフとリィロンに任せきりだ。寮で着替えて戻ってくるとなると、さらに時間を取られてしまう。
「俺も着替えたいです」
「戻ったら、どうなったか教えてくださいね!」
快く送り出されてしまったので、レーネは再びティノールトと廊下を歩くことになった。
プルーメからは、そのローブはレーネにあげる、と言われたので、好きにしていいものだと思っていたのだが、案外大事にしないといけないらしい。レーネの叙爵を見越して贈ってくれたものだったのだろうか。靴も普段とは違うから少し歩きにくくて、実はこっそり浮いている。それっぽく足を動かしていたら、なんとなくばれない、はずだ。
「……レーネさん、しばらく王宮を一人で歩かないでくださいね」
「なぜ?」
「レーネさんのことは、今どの貴族も取り込みたいでしょうから」
王位継承者がまだ確定していないこともあって、王宮内では常に、リオヴァスの跡継ぎに関する貴族間の駆け引きがついて回る。レーネはそこに新たに現れた材料で、有能な魔術師だ。プルーメが後見についているというのはすぐに知れ渡るだろうし、筆頭魔術師との縁を持ちたい貴族は多い。どれだけ気をつけていても、あの手この手で絡め取られる危険がある。
「そういうやつか」
「なるべく俺も守りますけど、立場が弱くなってしまったので……」
レーネはさらに浮き上がって、ティノールトの頭を撫でた。
「子どものころにもあれこれあったから、少しは慣れてる」
リオヴァスからCollarを贈られていても、筆頭魔術師のプルーメを利用したい貴族は大勢いた。SubだからとCommandで無理やりねじ伏せようとしたり、レーネを人質に言うことを聞かせようとしたり、子どもでさえ眉をひそめるような行為はいろいろあったのだ。プルーメはその度に涼しい顔で切り抜けていて、とても格好よくて憧れたという思い出でもあるが。
レーネも同じように、というのは難しいだろうが、何も知らないわけでもない。
「それでも、あなたに不快な思いはしてほしくないです」
「……ありがとう」
浮いたままぎゅっとティノールトを抱きしめ、床すれすれまで高さを落とす。靴が脱げそうでちょっと危なかった。
そこからは当たり障りのない話をして、騎士団の敷地に入り寮の部屋に向かう。大事な話は、誰が聞いているかわからない廊下でするものではない。
しかし部屋に入った途端ティノールトに後ろから抱きしめられて、レーネはぱちぱちと瞬きをくり返した。
「ティノールトくん?」
「……守ってくださって、ありがとうございました」
何かから守っただろうか。思い当たるものがない。きつく抱きしめてくる腕を緩めさせて、レーネはティノールトに向き直った。
「何のことだい」
「陛下の御前で剣を抜かされていたら……兄ともども殺されていたかもしれません」
ティノールトに言われてから、レーネはようやくその可能性に思い当たって顔をしかめた。
リオヴァスは身近な存在のように思えていたが、国王だ。本人にその意思がなくても、国王を害する可能性があれば警備の騎士にその場で殺されても何も言えない。あのときリーベルトは自分を守れとティノールトに命じていたから、もしリーベルトが警備の騎士に刃を向けられていたら、ティノールトは剣を抜いていたかもしれなかった。
「そのときは、僕が君を守る」
「レーネさんにまで罪を犯させるわけには」
「僕が僕の大切な人を守るのは、当然のことだろう」
国王に背いたとなると、国を追放されたり犯罪者として追われたりしてしまうかもしれない。しかし、ティノールトが危険な目に遭っているのに、レーネが黙って見過ごすわけにはいかない。
Claimしたいと思えるほど大事な相手を、守る力もあるのに見殺しになど、するわけがない。
きっぱりと言いきったレーネに泣き笑いのような表情を浮かべて、ティノールトがぎゅっと抱きしめてくる。
「……俺は、本当に幸せ者です」
「僕、何もしてないのに」
「好きな人に、大切って言ってもらえるんですよ? 自分が好きだからって、相手も好きになってくれるとは限らないのに」
それは確かに、幸運なことなのかもしれない。おずおずと手を伸ばしてレーネがティノールトの背中を撫でると、ふっと体を離されて、口づけが下りてきた。慣らされた通りに口を開いて、飢えた舌が口腔を貪るのを許す。覆いかぶさるように抱えられて足が浮いている気さえするが、そこまでティノールトがレーネを求めてくれるのはうれしい。
拙く応えるレーネに何度も角度を変えて口づけて、ティノールトがすりすりと背筋を撫でてくる。そんなふうに触れられると、腹の下のほうがそわついてきてしまう。
「ティノ、ト、くん……着替え、ないと」
力の抜けてきた体で何とか訴えて、熱っぽい空色の瞳と見つめ合う。ティノールトとのキスは気持ちよくて好きだが、本当は、早く執務室に戻らなければいけない。ごくりと喉を鳴らしたティノールトが、そっとレーネを抱きかかえて長椅子に座らせてくれる。
しかしティノールトがそのままレーネの前にひざまずいたので、レーネは目を瞬いた。
「レーネさん」
手を取られて、そっと両手で包まれた。ごつごつして硬い手のひらだが、ティノールトの触れ方は驚くほど繊細で、優しさが伝わってきて安心する。
「……俺は、貴族ではなくなりました。将軍の地位には留め置いていただけましたが、それもいつ覆るかわかりません」
きゅ、とレーネの手を握る力が強くなった。ティノールトの目がまっすぐ、レーネを見つめている。
「俺は、あなたが好きです。俺が、ずっと変わらずあなたに捧げられるものは、その気持ちくらいしかないかもしれないけど……まだ、俺とClaimしたいって思ってくれていますか」
レーネもじっと、ティノールトを見つめた。
十年ほど前には、まだ少し子どもらしさが残っていて、どこか自信がなさそうにレーネのそばにいた子だ。任地が変わって離れて、知らない間に今の地位まで上りつめていて、なお一途にレーネを慕ってくれている。精悍な大人になって、体も大きくなったのに、不安げにレーネを求める様子は変わらない。
空いていた手をティノールトの手にそっと重ねて、レーネは柔らかく微笑んだ。
「僕のCollar、つけてくれるのかい」
「っ……ほしい、つけたい、です……レーネさん……」
長椅子からゆっくり下りて、レーネからティノールトに口づける。何度聞かれても答えは同じなのに、彼を不安にさせてしまうのはレーネの力不足だ。
「君が僕のあげたCollarをつけてくれてるとこ、僕も見たい」
ティノールトの首に触れて、そっとうなじに手を滑らせる。ここにレーネの与えたCollarがついていたら、きっと嬉しくてたまらない。
「僕は、ティノールトくんがいい」
「……はい」
嬉しそうに微笑むティノールトがかわいい。ちゅ、ちゅ、とついばむようなキスを、抱きしめられて動けなくなるまで何度も贈る。
「これ以上は、したくなっちゃうから……」
ローブ越しに尻を撫でられて、レーネもそろりと身を震わせた。あとどのくらいでティノールトを受け入れられる体になるのかわからないが、練習は続けているおかげで、際どいところを触られると反応してしまう。
「……着替えて、戻らないと」
「……今レーネさんの体見たら、我慢する自信がないです」
「着替え手伝ってもらわないと、このローブ脱げないんだ……けど……」
ティノールトの表情がすごいことになっていて、レーネの声は徐々に小さくなっていった。
「ただいま……」
「おかえりなさ……い?」
ぱっと顔を上げたリィロンが首を傾げたので、レーネも同じように首を傾げた。クリフもなぜか眉間にしわが寄っている。何かあったのだろうか。
「……レーネさん?」
「うん?」
「レーネさん!?」
ばたばた走ってきたリィロンだったが、レーネに触れる手前でぴたっと止まり、ぐるぐると周囲を回り始めた。何か問題があるのだろうかと思っても、リィロンが動き続けているので何を見ているのかわからない。
「なんか……なんかあの……すごくきれいですね!」
「そうかい……?」
「はい! 妖精みたいです!」
いい年をした成人男性に妖精はどうだろう。
何とも言えずにちょっと渋い顔をしたレーネの後ろで、ティノールトが笑っている気配がする。振り返って軽くにらむと、申し訳なさそうに微笑まれた。
「俺も思いました」
「服を変えただけだろう」
「いつにも増してきれいですから」
手を取られて口づけられると、許してもいいかという気持ちになってしまう。なんとなくずるい。
返事をせずにティノールトの手から自分の手を引き抜いて、レーネは自分の机に向かった。本当はこのローブを脱いでしまいたいのだが、ティノールトと違ってレーネは寮に戻らないと着替えがない。
「まっ、レーネさん!? それで仕事するつもりですか!?」
「そうだけど……」
「だめですよ!」
リィロンに慌てて止められてしまった。これは式典とか謁見とか、公式の場に出るためのローブだから仕事には使わないほうがいいらしい。確かに白いから汚れやすそうだが、どんな服でも着れば汚れるものなのだから一緒だろう。
「一度戻りましょう、レーネさん」
「いいのかい」
一連の処分のために招集されていたおかげで、今日の仕事はほとんどクリフとリィロンに任せきりだ。寮で着替えて戻ってくるとなると、さらに時間を取られてしまう。
「俺も着替えたいです」
「戻ったら、どうなったか教えてくださいね!」
快く送り出されてしまったので、レーネは再びティノールトと廊下を歩くことになった。
プルーメからは、そのローブはレーネにあげる、と言われたので、好きにしていいものだと思っていたのだが、案外大事にしないといけないらしい。レーネの叙爵を見越して贈ってくれたものだったのだろうか。靴も普段とは違うから少し歩きにくくて、実はこっそり浮いている。それっぽく足を動かしていたら、なんとなくばれない、はずだ。
「……レーネさん、しばらく王宮を一人で歩かないでくださいね」
「なぜ?」
「レーネさんのことは、今どの貴族も取り込みたいでしょうから」
王位継承者がまだ確定していないこともあって、王宮内では常に、リオヴァスの跡継ぎに関する貴族間の駆け引きがついて回る。レーネはそこに新たに現れた材料で、有能な魔術師だ。プルーメが後見についているというのはすぐに知れ渡るだろうし、筆頭魔術師との縁を持ちたい貴族は多い。どれだけ気をつけていても、あの手この手で絡め取られる危険がある。
「そういうやつか」
「なるべく俺も守りますけど、立場が弱くなってしまったので……」
レーネはさらに浮き上がって、ティノールトの頭を撫でた。
「子どものころにもあれこれあったから、少しは慣れてる」
リオヴァスからCollarを贈られていても、筆頭魔術師のプルーメを利用したい貴族は大勢いた。SubだからとCommandで無理やりねじ伏せようとしたり、レーネを人質に言うことを聞かせようとしたり、子どもでさえ眉をひそめるような行為はいろいろあったのだ。プルーメはその度に涼しい顔で切り抜けていて、とても格好よくて憧れたという思い出でもあるが。
レーネも同じように、というのは難しいだろうが、何も知らないわけでもない。
「それでも、あなたに不快な思いはしてほしくないです」
「……ありがとう」
浮いたままぎゅっとティノールトを抱きしめ、床すれすれまで高さを落とす。靴が脱げそうでちょっと危なかった。
そこからは当たり障りのない話をして、騎士団の敷地に入り寮の部屋に向かう。大事な話は、誰が聞いているかわからない廊下でするものではない。
しかし部屋に入った途端ティノールトに後ろから抱きしめられて、レーネはぱちぱちと瞬きをくり返した。
「ティノールトくん?」
「……守ってくださって、ありがとうございました」
何かから守っただろうか。思い当たるものがない。きつく抱きしめてくる腕を緩めさせて、レーネはティノールトに向き直った。
「何のことだい」
「陛下の御前で剣を抜かされていたら……兄ともども殺されていたかもしれません」
ティノールトに言われてから、レーネはようやくその可能性に思い当たって顔をしかめた。
リオヴァスは身近な存在のように思えていたが、国王だ。本人にその意思がなくても、国王を害する可能性があれば警備の騎士にその場で殺されても何も言えない。あのときリーベルトは自分を守れとティノールトに命じていたから、もしリーベルトが警備の騎士に刃を向けられていたら、ティノールトは剣を抜いていたかもしれなかった。
「そのときは、僕が君を守る」
「レーネさんにまで罪を犯させるわけには」
「僕が僕の大切な人を守るのは、当然のことだろう」
国王に背いたとなると、国を追放されたり犯罪者として追われたりしてしまうかもしれない。しかし、ティノールトが危険な目に遭っているのに、レーネが黙って見過ごすわけにはいかない。
Claimしたいと思えるほど大事な相手を、守る力もあるのに見殺しになど、するわけがない。
きっぱりと言いきったレーネに泣き笑いのような表情を浮かべて、ティノールトがぎゅっと抱きしめてくる。
「……俺は、本当に幸せ者です」
「僕、何もしてないのに」
「好きな人に、大切って言ってもらえるんですよ? 自分が好きだからって、相手も好きになってくれるとは限らないのに」
それは確かに、幸運なことなのかもしれない。おずおずと手を伸ばしてレーネがティノールトの背中を撫でると、ふっと体を離されて、口づけが下りてきた。慣らされた通りに口を開いて、飢えた舌が口腔を貪るのを許す。覆いかぶさるように抱えられて足が浮いている気さえするが、そこまでティノールトがレーネを求めてくれるのはうれしい。
拙く応えるレーネに何度も角度を変えて口づけて、ティノールトがすりすりと背筋を撫でてくる。そんなふうに触れられると、腹の下のほうがそわついてきてしまう。
「ティノ、ト、くん……着替え、ないと」
力の抜けてきた体で何とか訴えて、熱っぽい空色の瞳と見つめ合う。ティノールトとのキスは気持ちよくて好きだが、本当は、早く執務室に戻らなければいけない。ごくりと喉を鳴らしたティノールトが、そっとレーネを抱きかかえて長椅子に座らせてくれる。
しかしティノールトがそのままレーネの前にひざまずいたので、レーネは目を瞬いた。
「レーネさん」
手を取られて、そっと両手で包まれた。ごつごつして硬い手のひらだが、ティノールトの触れ方は驚くほど繊細で、優しさが伝わってきて安心する。
「……俺は、貴族ではなくなりました。将軍の地位には留め置いていただけましたが、それもいつ覆るかわかりません」
きゅ、とレーネの手を握る力が強くなった。ティノールトの目がまっすぐ、レーネを見つめている。
「俺は、あなたが好きです。俺が、ずっと変わらずあなたに捧げられるものは、その気持ちくらいしかないかもしれないけど……まだ、俺とClaimしたいって思ってくれていますか」
レーネもじっと、ティノールトを見つめた。
十年ほど前には、まだ少し子どもらしさが残っていて、どこか自信がなさそうにレーネのそばにいた子だ。任地が変わって離れて、知らない間に今の地位まで上りつめていて、なお一途にレーネを慕ってくれている。精悍な大人になって、体も大きくなったのに、不安げにレーネを求める様子は変わらない。
空いていた手をティノールトの手にそっと重ねて、レーネは柔らかく微笑んだ。
「僕のCollar、つけてくれるのかい」
「っ……ほしい、つけたい、です……レーネさん……」
長椅子からゆっくり下りて、レーネからティノールトに口づける。何度聞かれても答えは同じなのに、彼を不安にさせてしまうのはレーネの力不足だ。
「君が僕のあげたCollarをつけてくれてるとこ、僕も見たい」
ティノールトの首に触れて、そっとうなじに手を滑らせる。ここにレーネの与えたCollarがついていたら、きっと嬉しくてたまらない。
「僕は、ティノールトくんがいい」
「……はい」
嬉しそうに微笑むティノールトがかわいい。ちゅ、ちゅ、とついばむようなキスを、抱きしめられて動けなくなるまで何度も贈る。
「これ以上は、したくなっちゃうから……」
ローブ越しに尻を撫でられて、レーネもそろりと身を震わせた。あとどのくらいでティノールトを受け入れられる体になるのかわからないが、練習は続けているおかげで、際どいところを触られると反応してしまう。
「……着替えて、戻らないと」
「……今レーネさんの体見たら、我慢する自信がないです」
「着替え手伝ってもらわないと、このローブ脱げないんだ……けど……」
ティノールトの表情がすごいことになっていて、レーネの声は徐々に小さくなっていった。
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