おだやかDomは一途なSubの腕の中

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後編

31.秘密ではない花園

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 ここに来るのは、初めてではない。しかし何と言って証を立てればいいのかわからず、レーネは王宮の一角でしばらく立ち尽くしていた。ただ、あまりに長い間、同じ場所で、何をすることもなく立っていれば不審者かと疑われてしまう可能性もある。
 なるようになれと心を決めて、レーネは警備の騎士らしい人物に近づいた。

「筆頭魔術師さまに会いに来ました。レーネといいます。通してもらえますか」

 事前の連絡などしていないから、もしかしたら怪しい人物として追い払われるかもしれない。
 一応覚悟していたのだが、騎士の反応はレーネが思っていたものとは違っていた。

「レーネさまですね! どうぞお通りください」

 追い返されるどころか、丁重に通されてしまった。レーネのことを知らない相手だったはずだから、怪しまれてもおかしくはないのだが、これでは警備が成り立っていないのではなかろうか。
 内心首を捻りつつ、止めてもらいたかったわけでもないので素直にお礼を言って、通してもらった通路を進んでいく。

 見えてきたのは、無造作にも見える花々に囲まれた離宮だ。レーネは植物に詳しくないが、ここの主が丁寧に世話をしていることは知っている。見た目を楽しむ花、香りを楽しむ花、お茶にできたり、毒にも薬にもなるものもあったり、それぞれ有用な植物でありながら、花にあふれた庭としても楽しめるよう植えているそうだ。
 その花の中に据えられたテーブルセットに座っている人影が見えて、レーネはふわりと頬を緩めた。

「プルーメさん」

 陽光で輝く銀糸の髪が揺れ動いて人影が振り返り、レーネと同じ藤色の目がきれいな弧を描く。

「レーネ」

 テーブルの上にあったカップは一つだけだったが、建物の中からカップとティーポットが飛んできてあっという間に温かいお茶がセットされる。椅子も腰かけやすいように動いたが、レーネは魔法で地面から浮き上がって、まっすぐプルーメに抱きついた。

「ただいま、プルーメさん」
「おかえり、レーネ。飛べるようになったの?」
「ううん、まだ浮くだけ」

 プルーメは、レーネが空を飛んでみたいと思っていることを知っている。そもそも、一人ぼっちになってしまったレーネを引き取って育ててくれたのも、レーネに魔法を教えてくれたのも彼だ。レーネにとって、魔法に関することもそれ以外でも、気兼ねすることなく何でも相談できる相手がプルーメだった。

「浮いていられるのもすごいよ。レーネはいろんな魔法が上手だね」
「プルーメさんに褒めてもらうの、うれしい」

 レーネにとって魔法の師匠でもあり、王都の筆頭魔術師として魔法の才能を認められているプルーメに褒められるのは、もちろん嬉しい。
 大好きな育ての親にひとしきり撫でてもらってから、レーネはようやく用意してもらった席に移動した。お茶はまだ温かくて、柔らかい香りがする。

「おやつは食べる? ケーキもクッキーもあるよ」
「ありがとう、今日は食べない」

 レーネの向かいでにこにこ笑っているプルーメは、国王の求めに応じて、王宮内部から王都全体を守護している。そのため離宮一つを住居として与えられており、王宮から出ることはほとんどないのが実態だ。
 レーネも北の砦に行くまではここで育てられていたので、実家に帰ってきたような感覚に近い。お茶を一口飲み進める度にゆるゆると気が緩んで、魔法で取り繕っていた見た目が変わっていく。

「レーネ、そのままだと赤ちゃんまで戻っちゃうよ」
「うん?」

 プルーメの魔法で引き寄せられて膝の上に乗せられ、レーネは自分の体が子どもサイズに変わっているのを自覚した。
 ぼんやりした性格のせいか、誰かに話しかけても、レーネは真面目に取り合ってもらえないことが多かった。しかし性格はすぐに直せるものではないし、常にプルーメを通して会話をするわけにもいかない。そのためふわふわした言動でもきちんと相手をしてもらえるように、見た目の年齢をいじっておじさんの外見を保つようにしていたのだ。
 ただ、ここだとどうしても気が緩む。操作していた外見が、プルーメに保護されたころまで戻ってしまっている。正直なところレーネの実年齢ははっきりわからないのだが、そろそろいい年のおじさんだったはずだ。
 大人の見た目には戻したほうがいいかなと思ったものの、プルーメに嬉しそうに抱きしめられて、レーネは思いとどまった。

「かわいいねぇ、小さいレーネ」
「……プルーメさん、僕の中身、もうおじさん……」
「僕からすれば、いつまでも小さくてかわいいレーネだよ」

 プルーメの見た目は、レーネを拾ってくれたときから変わっていない。そもそもレーネが使っている外見年齢を操作する魔法も、プルーメから教わったものだ。レーネを育てるくらい余裕のある年上の人なのだろうとは思うが、彼の実年齢がいくつなのか、レーネもよく知らなかった。

「それで、かわいいレーネの今日の用事は、何かな」

 かわいいかどうかはもう置いておくとして、プルーメが水を向けてくれた通り、用事があって来たのだ。

「魔道具作りで行き詰まっちゃって……」
「あれ、そっち? 恋の話じゃなくて?」
「恋?」

 思いがけない単語を聞き返すと、プルーメがにこーっと笑った。何か面白がられているようだが、何のことか推測できない。

「じゃあ、まずは魔道具のことを聞こうか」
「う、うん……?」

 何を面白がられているのかわからなくても、魔道具のことは相談したい。プルーメの膝の上に座り直し、手がけている魔道具について説明する。

「結界を張る魔道具なんだけど……広い範囲を守れるようにしたくて……」

 結界に関しては、魔術師がいれば済むので魔道具で代替しようという話はなかなか出ない。しかしレーネが西方地域を見てきた限りでは、それなりの範囲に結界を張れて、持ち運びも簡単な魔道具というのは需要があるはずなのだ。西方部族の住む場所には魔術師が常駐しているとは限らないし、彼らは生活拠点を移動する。
 ただ、一つの魔道具で広範囲をカバーできるようにしようとすると、出力値が膨大になって一般的な魔力量の人間には使えない。かといって一つ一つの出力を抑えようとすると、魔道具をいくつも揃える必要がでてきてそれもコストがかかる。どちらもほどほど、とするとそれこそ中途半端な魔道具になって、だったら魔術師を探したほうが早い、という結論になってしまう。

 そういう悩みを引きずってずるずると開発を続けてきたのだが、いい加減自分では解決策が見出せない。そこでプルーメに相談に来たというわけである。

 ふむ、と熱心に聞いてくれていたプルーメがすっと指を動かして、空中にふわふわと水の球が漂う。水球がだんだん大きくなって、薄い水の幕でできた球体になり、それが二つ三つと増えたかと思うと、くっついて一つの大きな球になった。

「うん、そうだな、くっつけるのはどう? レーネ」
「くっつける……」

 プルーメの作った水球が離れてはくっつき、大きくなったり小さくなったりをくり返す。
 水は魔道具の出力できる魔力量。一つ一つは小さくても、いくつか合算できるようになれば大きくできる。

「……やってみる」
「うん、がんばって」

 そのままもぞもぞと膝を降りかけたレーネの腰をがっしり掴んで、プルーメがにっこり笑った。

「それじゃ、恋の話もしようか」

 レーネとしては、恋と言われて話すようなことは思いつかない。困惑するレーネを撫でるプルーメは、楽しそうだ。

「レーネが魔道具の開発をがんばってるのは、西方将軍のためでしょう?」
「な、なんでティノールトくんのこと知ってるの……」
「僕、筆頭魔術師だよ?」

 そうだった。あまり離宮から出ないにしても、プルーメは筆頭魔術師なのだから、騎士団で偉くなれば対面する機会もあるだろう。

「結界の魔道具作りたいのは、借金返さないといけないからで……」
「……レーネ、返済終わったよって僕言わなかったっけ?」
「え?」

 いつだったかの鳥で、完済を伝えられていたらしい。鳥の内容をきちんと見ていないレーネが悪いのだが、拍子抜けしたというかなんというか。返済のために売った魔法や魔道具の権利は国のものになっているが、完済後に申請したものに関しては、きちんとレーネの名前で登録されているそうだ。

「ほんとこの子は……魔法に関しては天才だけど、他が危なっかしくて心配」
「ご、ごめんなさい……」

 ため息をついてぎゅっと抱きしめてくるプルーメに、あたふたと言葉を探したあと、レーネは謝るしかなかった。

「まあ、西方将軍くんはそういうところしっかりしてそうだから、頼りになると思うけど」

 またティノールトの話だ。内心で首を捻ったレーネの頭を、またプルーメが撫でてくれる。

「でもね、レーネ、彼が好きなら早めに手に入れないとだめだよ?」
「どういう……こと?」

 ティノールトのことは好きだと思うものの、これが恋とかなんとかいう感情なのか、レーネには判別しがたかった。しかし、早めに手に入れろ、というプルーメの言葉は引っかかる。

「王宮にはDomのほうが多いんだ。実力のあるSubなんて、みんな欲しがるに決まってるだろう?」

 プルーメの首にあるCollarが、急に精彩を放ったようだった。
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