おだやかDomは一途なSubの腕の中

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後編

27.力加減

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「お忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます」
「いえ、それは将軍様も同じことでございましょう」

 リユネルヴェニアの西方には様々な部族がいるが、ある程度の相違はあっても基本的に羊や山羊などの家畜を飼って暮らしている。定住していたとしても放牧が一般的で、中には遊牧生活の部族もいるため、北の砦のような防衛基地を設けてその近くで牧畜業を営む、というわけにもいかないのだそうだ。家畜の飼料がすぐに足りなくなってしまう。

「早速ですが、魔物の出現状況について、お伺いできますか」

 家畜を放牧していれば、それを狙って現れる魔物もいる。家畜がやられてしまえば、西方部族の暮らしは成り立たなくなる。
 そのため西方部族はリユネルヴェニアの他の地域に比べて武力を備えているが、戦うために作られた組織である騎士団や魔術師団ほどの戦力にはならない。大型の魔物が出現したときや、厄介な魔物の集団が現れれば、騎士団や魔術師団に出動が要請される。各地に点々と小規模な基地が作られているのは、放牧地を確保することと、何か起きたとき迅速に現場へ駆けつけられる利点を勘案した結果だ。

 それくらいの前提知識はなんとか詰め込んだものの、最近の魔物被害やそれ以外の困りごとも丁寧に聞いていくティノールトたちについていけず、レーネは神妙な面持ちでぼんやりするという謎の特技を会得しつつあった。魔物を退治する手段や計画のことならわかるが、食料の備蓄だとか集落の防衛設備だとか、そういう内向きのことになると途端にわからない。この集落の家々は騎士団の移動式天幕によく似ていて、移動生活を想定している。そのため、防壁を作るだとか集落の周りに堀を作るだとかには向いていないらしい。
 真剣な顔で聞いている体裁を整えていたものの、レーネたちのいる族長の家に近づいてくる人の気配に気がついて、レーネは入り口を振り返った。

「レーネ」

 すぐにクリフにとがめられてしまい、慌てて顔の向きを戻す。外の気配も静かに待っているようだから、急いでいるわけではないのかもしれない。しかし、こちらの話が長引いてあちらをずっと待たせるのも気の毒な気がする。

 けっして、けっしてこれ以上話を聞くふりをしているのが面倒になったとか、そういうことではない。

「……あの」

 一応、族長とティノールトの話の切れ目だと思ったところで声をかけたつもりだ。ティノールトと族長は穏やかな顔で振り返ったが、クリフは眉間にしわを寄せている。

「外に、誰か来てるみたいです」
「外?」

 この場で立場が一番上なのはティノールトだ。そして西方部族の族長がいる場では、立場を明確にするために、ティノールトを差し置いてクリフが先に口を開くことはない。また、レーネの発言は意見や指図ではなくあくまで報告なので、それ自体がとがめられることもない。だからクリフも、眉間にしわを寄せるくらいの反応しかできない、はずだ。

「待たせるのも悪いな。我々は切り上げよう」
「ですが……」
「ラドロ殿に伝えるべきことがあるのでしょう。我々が邪魔するわけにはいきません」

 さっと立ち上がったティノールトに、ラドロと呼ばれた族長がすっと頭を下げる。リユネルヴェニア風の所作に慣れている人らしい。
 レーネも慌ててティノールトに従って立ち上がり、ラドロに向かって頭を下げる。そのまま出ていこうとした四人を押しのけるように男が入ってきて、転がるようにラドロの前に座り込んだ。

「族長、二頭いなくなってる……!」
「何……?」

 二頭、というのは羊のことだろう。事前に仕入れた知識によれば、西方部族にとって羊は大きな財産だ。通貨代わりどころか、土地と交換することさえあるらしい。それが二頭もいなくなったとなると、彼らにとっては大きな痛手ということになる。伝令に来た男がレーネたちを押しのけるように入ってきたのも、気持ちとしては急いでいたからなのだろう。
 ただ、捜索隊を出そう、しかし今からでは暗くなるから危険だ、と部外者のレーネたちがいることも気にせず言葉を投げ合う二人に、レーネは目を白黒させることになった。西方部族はリユネルヴェニア自体をあまり信用していないので、騎士団や魔術師団に対しても当たりが強いのが常だと聞いている。問題が起きていることなど見せたがらないはずだった。よほど慌てているらしい。

 戸惑ってレーネがティノールトを見上げると、そっと背中を押された。ひとまず退出しようということらしい。促されるまま外に出て、集落の外に張った天幕まで特に会話もなく歩く。彼らの住む場所や、食料を圧迫しないようにとの配慮から、レーネたちの寝起きはすべて移動式の天幕だし、食料も王都から持参したものばかりだ。

「防音は?」
「僕がしてます」

 クリフの問いにリィロンが答え、四人で机を囲む。西方地域の正確な地図はないので、集落を中心に自分たちが見てきた風景の情報だけが頼りだ。

「恩は売りたいところだが……」
「こちらとしてもリスクが高いでしょう」

 羊が行きそうな場所について、レーネたちには目星などつかない。そうすると人を多く使うしかないが、今動かせるのは二小隊分の人員だけだ。全員ではないだろうが、集落の大人をある程度動員できる彼らと比べれば、大した数にはならない。ティノールト自ら動くとなると、小隊を置いていくわけにはいかないから集落の防衛がおろそかになる。それなら小隊だけを動かすとすると、小隊の騎士だけで自らの身を守らねばならない。レーネやリィロンの結界を活かせなくなる。 

「……僕、行ってもいい?」

 ティノールトたちの間で交わされた議論を読み取って、レーネは静かに尋ねた。

「お前何を……」
「だめだ!」

 呆れた顔で言いかけたクリフの声が、ティノールトの制止でかき消された。声の大きさに驚いて目を丸くしたレーネの腕を、ティノールトがきつく掴む。

「……行かないで」

 切実な声音に動けることを思い出して、ティノールトに握られている腕に視線を向ける。ぎちぎちと腕を握りつぶしそうな強さで掴まれていて、力が入らない。
 レーネに向ける力を加減できないくらい、動揺させている。

「……痛いよ、ティノールトくん」
「っ、す、すみません……っ」

 ティノールトがぎこちなく手を放して、いたたまれなくなったようにうつむいてしまった。ローブで隠れているからわからないが、おそらくレーネの腕は赤くなっているだろう。怖がらせてしまったことを反省しつつ、きちんと上官を納得させるべく言葉を選ぶ。

「リィロンくんがいれば、集落と天幕を囲むくらいの結界は張れる。結界、探知、魔物への攻撃、同時にこなせるのは僕のほう。だから、僕が羊を探しに行くのが適切……と思います、閣下」

 レーネ一人が捜索に回るくらいなら、集落の防衛をおろそかにしたとは言われないだろう。暗くなったところでレーネ自身の視界よりも探知の魔法に頼るから、昼夜も関係ない。
 上官への提案の体裁を整えて、ティノールトの判断を待って口をつぐむ。レーネたちから提案や献策はしても、決定はあくまでティノールトが下すべきものだ。

「……俺も行く」
「……だめじゃないかい?」
「だめに決まってるでしょう」
「閣下、ご自身の立場をお考えください」

 三者三様のだめ出しを受けてティノールトがぐっと口を引き結び、レーネを後ろから抱え込む。

「ぅわ」
「一人で行かせるのは嫌だ」

 がっちり抱え込まれると、力で勝てないレーネでは逃げようもない。しかし、今回のは適切な提案だったはずだ。助けを求めてクリフに視線を向けると、少したじろいだような顔をされて、ため息までつかれてしまった。さすがのクリフでも持て余し気味の事態らしい。
 どうにか出られないかと身をよじってはみたものの、ますます大事に抱きしめられるだけだった。先ほどの腕の痛みほどではないが、少し苦しい。レーネがうめくと多少は腕の力が緩んだが、がっちり抱えて放してくれそうにない。

「閣下」
「……何だ」

 レーネがあがいている間に、何か策が浮かんだのかクリフが口を開く。レーネはぱっとそちらを向いたのだが、ティノールトの声が驚くほど低かった。どうかしたのかと見上げると、不機嫌そうにクリフに視線を向けている。

「彼一人を向かわせることがお嫌なら、私が同行します。そちらで譲歩いただけませんか」

 クリフと二人で探索するのは気が重い。しかし、誰か一人は一緒に連れていかないとティノールトは許してくれそうにないし、リィロンは残していかなければならない。他の騎士たちのことは、まだよく知らない。
 レーネもそこで妥協するしかなさそうだった。

「…………すごく嫌だ」
「……閣下」
「……許可する……」

 言葉通り嫌そうに答えてから、ティノールトがレーネの向きを変えて抱き上げてきた。もう公私混同しっちゃかめっちゃかだが、今さら何を言っても、という気もする。文官的な仕事の苦手なレーネを自分の補佐官に据えている時点で、ティノールトがレーネという人間にこだわっていることは、クリフとリィロンには明白だろう。

「ちゃんと帰ってきてくださいね」
「うん」

 まだ少し渋った顔をしているので、レーネはよしよしとティノールトを撫でた。ひとまず、このかわいいわがままなSubをコントロールしないといけない。

「ティノールトくん」
「はい」

 そっと地面に下ろしてくれたティノールトの服を引っ張って、身をかがませる。レーネが背伸びしても、親密な距離にはちょっと遠い。

「いい子で、Stay待ってて
「……はい」

 戻ってきたら、ご褒美を与えなければ。
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