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前編
3.自給自足と逆探知
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レーネたちの勤務する砦は、リユネルヴェニア王国の北端、ユッダ山脈の少し南に位置している。ユッダ山脈までが一応リユネルヴェニアの領土ではあるが、山々が険しすぎて開拓する余地はなく、かといって魔物も生息しているため侵攻を防ぐ必要があり、谷あいになって魔物が入り込みやすい場所に防衛拠点が築かれたのがその由来だ。それゆえ近くの町といっても、馬を走らせて二日はかかる距離にある。
「……結構、地道なんですね」
「自給自足が基本だからね」
フィルが拾った枝を受け取って、サンサが自分の背中の籠に放り込んだ。
北の砦で哨戒任務といえば、近隣の町からの補給を限りなく減らすため、魔物の駆除よりも薪を拾ったり食材を確保したりすることが主たる目的になりつつある。体力面から考えれば、騎士が籠を背負ったり重い荷物を持ったりしたほうが効率はいいのだが、魔物に遭遇して戦闘になることを想定して、体の動きを阻害しかねない荷物は魔術師が持つことになっている。
「まあ、うちの隊はマシなほうだろう。レーネがいるから」
名前を呼ばれて、レーネはモリスを振り返った。ただ、後ろを全く考慮していなかったので、オルランドに思いきり籠をぶち当ててしまった。
なお悪意はない。すでにオルランドは泥だらけの葉っぱまみれになっていることだし。
「ごめん」
「おう……」
ティノールト・ヴァリエとセシル・レスターシャが気の毒そうな顔でオルランドを見ているので、痛烈な勢いだったのかもしれない。
「どうしてレーネさんが?」
微妙な沈黙の落ちたレーネとオルランドの間に、セシル・レスターシャが質問を入れてくれる。気を使わせてしまった。
「魔物は、だいたい僕がよけてるからね」
気になった地面を手頃な棒でつついたら、きのこが出てきた。食べられる種類だったので摘み取り、ティノールト・ヴァリエが持っている袋に入れる。今のところ、彼は言葉数が少ない印象だ。
「えっと……よけてるというのは……?」
「魔物が少ない方向の探知、及び遭遇が避けられない場合の事前排除」
レーネは、平均的な魔術師よりは魔力が高い傾向にある。ついでに、面倒だと感じる手間を回避するために、ちょこちょこと小器用に魔法を使うことに抵抗がない。
魔物との戦闘は面倒くさい。だから鉢合わせなくて済むように、魔物の居場所を探知する魔法を独自に構築した。それでも回避しきれない場合はあるので、直接戦わなくて済むように、威嚇、あるいは弱いものなら倒せる程度の広範囲魔法も使っている。当然討ち漏らしはあるが、魔物が来る方向も事前にわかっているしすでに間引かれているので、新人たちだけでも充分に倒せる数にしか遭遇しない。
つまり他の隊よりは、魔物との戦闘回数は少なくなっているし物資の収集に専念しやすいというわけだ。
「それって訓練にならないんじゃ……」
セシル・レスターシャの言葉に首を傾げ、オルランドに目を向ける。
「説明を投げるな」
「僕には向いてない」
お互いじっと睨み合った後、オルランドがため息をついて頭をかく。折れてくれた証拠だ。少しだけ口角を上げて、レーネは手頃な地面つつきに戻った。
木の実もいいが、きのこのほうが料理のかさ増しになる。摘み取って立ち上がるとティノールト・ヴァリエが袋の口を開けて待っていてくれたので、お礼を言って放り込んだ。
「例えば、子どもと力比べして勝っても意味ないだろ? 経験積むって意味なら、むしろ効率的だ」
外見でわかるほどの体格差や明らかな腕力の差がある相手とやり合っても、大した経験にはならない。場慣れという意味ではよくても、弱い魔物ばかり相手にして慢心してはいけないし、ほどほどに歯ごたえのある魔物と戦って、自分たちの力を磨いていかなければいけない。
そういうことをぱっと説明できるあたり、やはりオルランドに任せて正解だ。
オルランドが枝を拾って、セシル・レスターシャの籠に入れる。そろそろ彼の籠には荷物を入れないほうがよさそうだ。余裕がありそうに見えても、魔物との戦闘に支障が出る量を持たせるべきではない。
「あっちからくるよ」
索敵の役目だけは果たすべく、魔法を潜り抜けて近づいてくる魔物の方向はきちんと告げる。即座に戦闘態勢に移った新人たちに感心しつつ、レーネは地面つつきをやめて周囲を見回した。向かってくるのは人型の魔物が四体、他の邪魔が入らないよう範囲魔法の威力を上げておいて、きのこ以外の食料になりそうなものを探す。
「フィル、リィロン、右に。セシルは俺と左に」
ティノールト・ヴァリエの指示に従って他の三人も動く。彼がリーダー格らしい。
少し離れたところにある木の実を風の魔法で採取しつつ、彼らの観察を続ける。基本に忠実な、魔術師を騎士が守って魔力を練る時間を稼ぎ、隙を誘って高威力の魔法を打ち込むといった戦法を取るようだ。その基本がきちんと身についているから、無駄なく動けているように見える。
それならずっと観察していることもないだろう。フォローにはオルランドたちが入れるだろうから、レーネができそうな別のことをするだけだ。
例えば、この魔物たちはどこから来たのか。
巣があるなら潰さなければいけないし、何か他の魔物に追われて本来の生息域を離れているなら、そちらへの対処が必要だ。それにもし大きな群れが近くにいるなら、そもそも自分たちの安全確保を急がなければいけない。
引くのか打って出るのか、どちらにせよ情報は必要だから、余裕のあるうちにレーネが探っておいたほうがいいはずだ。新人たちと争っている魔物の魔力を解析し、痕跡をたどって移動経路を把握する。ただ、魔力の残滓などすぐに消えてしまうから、根本までたどりつくことは難しい。
「レーネ!」
突然鋭い声がして、レーネははっと顔を向けた。
太い腕。拳。防御。間に合わない。
「っ……!」
せめて急所だけでも守ろうと腕をかざして、寸前で魔物の腕が横に飛んでいった。生温かいものがびしゃりと飛んできて、苦悶の声のあと魔物が地面に沈む。その横に立っているのは、ティノールト・ヴァリエだ。
「……お怪我は、ありませんか」
「……うん」
自然な流れで剣を振って、刃についた体液を拭ってから鞘に戻す。一連の動きを眺めているだけだったレーネにそっと近づいてきて、頬を擦ってくる。ぬめった感触がする。
「すみません、返り血まで気が回りませんでした」
魔物の血を拭ってくれているらしい。ぽけっと世話をされているままのレーネのもとに、ずんずんとオルランドが近づいてきてがしっと肩を掴んできた。こっちは力が強すぎて痛い。
「お前は! 戦闘中に! どこ見てやがった!」
「……ごめん、ちょっと深追いした……」
目の前の戦闘と逆探知と、両方に気を配るべきだったのに追跡に集中したのはレーネが悪い。なので仕方なく肩は掴まれたままにしておく。力とか大声とかに訴えるのはよくないと思うが。
しかし深追いの単語にきちんと反応して、オルランドが力を緩めてくれた。
「何かわかったのか」
「近くに群れはいない。獲物を探しに巣から出てきたって感じの動きでもない。そこまで」
それ以上調べようとしたときに警告を飛ばされたから、詳しいことは何一つわかっていない。イレギュラーな動きには該当しそうだから、原因を突き止めるならもっと調査が必要だ。集中も切れたしそろそろ魔力の残滓も霧散しただろうから、本格的に情報を集めるならもっと歩き回らなければいけない。
ただ、今やることではない。
「戻るぞ」
オルランドの声に全員頷いて、砦に向かって歩き始める。レーネも索敵と露払いの精度を上げた。上長への報告はオルランドが行うにしても、ベースとなる情報や考え方はレーネでもまとめておかなければいけない。余計な戦闘で考えごとの邪魔をされたくなかった。
「……結構、地道なんですね」
「自給自足が基本だからね」
フィルが拾った枝を受け取って、サンサが自分の背中の籠に放り込んだ。
北の砦で哨戒任務といえば、近隣の町からの補給を限りなく減らすため、魔物の駆除よりも薪を拾ったり食材を確保したりすることが主たる目的になりつつある。体力面から考えれば、騎士が籠を背負ったり重い荷物を持ったりしたほうが効率はいいのだが、魔物に遭遇して戦闘になることを想定して、体の動きを阻害しかねない荷物は魔術師が持つことになっている。
「まあ、うちの隊はマシなほうだろう。レーネがいるから」
名前を呼ばれて、レーネはモリスを振り返った。ただ、後ろを全く考慮していなかったので、オルランドに思いきり籠をぶち当ててしまった。
なお悪意はない。すでにオルランドは泥だらけの葉っぱまみれになっていることだし。
「ごめん」
「おう……」
ティノールト・ヴァリエとセシル・レスターシャが気の毒そうな顔でオルランドを見ているので、痛烈な勢いだったのかもしれない。
「どうしてレーネさんが?」
微妙な沈黙の落ちたレーネとオルランドの間に、セシル・レスターシャが質問を入れてくれる。気を使わせてしまった。
「魔物は、だいたい僕がよけてるからね」
気になった地面を手頃な棒でつついたら、きのこが出てきた。食べられる種類だったので摘み取り、ティノールト・ヴァリエが持っている袋に入れる。今のところ、彼は言葉数が少ない印象だ。
「えっと……よけてるというのは……?」
「魔物が少ない方向の探知、及び遭遇が避けられない場合の事前排除」
レーネは、平均的な魔術師よりは魔力が高い傾向にある。ついでに、面倒だと感じる手間を回避するために、ちょこちょこと小器用に魔法を使うことに抵抗がない。
魔物との戦闘は面倒くさい。だから鉢合わせなくて済むように、魔物の居場所を探知する魔法を独自に構築した。それでも回避しきれない場合はあるので、直接戦わなくて済むように、威嚇、あるいは弱いものなら倒せる程度の広範囲魔法も使っている。当然討ち漏らしはあるが、魔物が来る方向も事前にわかっているしすでに間引かれているので、新人たちだけでも充分に倒せる数にしか遭遇しない。
つまり他の隊よりは、魔物との戦闘回数は少なくなっているし物資の収集に専念しやすいというわけだ。
「それって訓練にならないんじゃ……」
セシル・レスターシャの言葉に首を傾げ、オルランドに目を向ける。
「説明を投げるな」
「僕には向いてない」
お互いじっと睨み合った後、オルランドがため息をついて頭をかく。折れてくれた証拠だ。少しだけ口角を上げて、レーネは手頃な地面つつきに戻った。
木の実もいいが、きのこのほうが料理のかさ増しになる。摘み取って立ち上がるとティノールト・ヴァリエが袋の口を開けて待っていてくれたので、お礼を言って放り込んだ。
「例えば、子どもと力比べして勝っても意味ないだろ? 経験積むって意味なら、むしろ効率的だ」
外見でわかるほどの体格差や明らかな腕力の差がある相手とやり合っても、大した経験にはならない。場慣れという意味ではよくても、弱い魔物ばかり相手にして慢心してはいけないし、ほどほどに歯ごたえのある魔物と戦って、自分たちの力を磨いていかなければいけない。
そういうことをぱっと説明できるあたり、やはりオルランドに任せて正解だ。
オルランドが枝を拾って、セシル・レスターシャの籠に入れる。そろそろ彼の籠には荷物を入れないほうがよさそうだ。余裕がありそうに見えても、魔物との戦闘に支障が出る量を持たせるべきではない。
「あっちからくるよ」
索敵の役目だけは果たすべく、魔法を潜り抜けて近づいてくる魔物の方向はきちんと告げる。即座に戦闘態勢に移った新人たちに感心しつつ、レーネは地面つつきをやめて周囲を見回した。向かってくるのは人型の魔物が四体、他の邪魔が入らないよう範囲魔法の威力を上げておいて、きのこ以外の食料になりそうなものを探す。
「フィル、リィロン、右に。セシルは俺と左に」
ティノールト・ヴァリエの指示に従って他の三人も動く。彼がリーダー格らしい。
少し離れたところにある木の実を風の魔法で採取しつつ、彼らの観察を続ける。基本に忠実な、魔術師を騎士が守って魔力を練る時間を稼ぎ、隙を誘って高威力の魔法を打ち込むといった戦法を取るようだ。その基本がきちんと身についているから、無駄なく動けているように見える。
それならずっと観察していることもないだろう。フォローにはオルランドたちが入れるだろうから、レーネができそうな別のことをするだけだ。
例えば、この魔物たちはどこから来たのか。
巣があるなら潰さなければいけないし、何か他の魔物に追われて本来の生息域を離れているなら、そちらへの対処が必要だ。それにもし大きな群れが近くにいるなら、そもそも自分たちの安全確保を急がなければいけない。
引くのか打って出るのか、どちらにせよ情報は必要だから、余裕のあるうちにレーネが探っておいたほうがいいはずだ。新人たちと争っている魔物の魔力を解析し、痕跡をたどって移動経路を把握する。ただ、魔力の残滓などすぐに消えてしまうから、根本までたどりつくことは難しい。
「レーネ!」
突然鋭い声がして、レーネははっと顔を向けた。
太い腕。拳。防御。間に合わない。
「っ……!」
せめて急所だけでも守ろうと腕をかざして、寸前で魔物の腕が横に飛んでいった。生温かいものがびしゃりと飛んできて、苦悶の声のあと魔物が地面に沈む。その横に立っているのは、ティノールト・ヴァリエだ。
「……お怪我は、ありませんか」
「……うん」
自然な流れで剣を振って、刃についた体液を拭ってから鞘に戻す。一連の動きを眺めているだけだったレーネにそっと近づいてきて、頬を擦ってくる。ぬめった感触がする。
「すみません、返り血まで気が回りませんでした」
魔物の血を拭ってくれているらしい。ぽけっと世話をされているままのレーネのもとに、ずんずんとオルランドが近づいてきてがしっと肩を掴んできた。こっちは力が強すぎて痛い。
「お前は! 戦闘中に! どこ見てやがった!」
「……ごめん、ちょっと深追いした……」
目の前の戦闘と逆探知と、両方に気を配るべきだったのに追跡に集中したのはレーネが悪い。なので仕方なく肩は掴まれたままにしておく。力とか大声とかに訴えるのはよくないと思うが。
しかし深追いの単語にきちんと反応して、オルランドが力を緩めてくれた。
「何かわかったのか」
「近くに群れはいない。獲物を探しに巣から出てきたって感じの動きでもない。そこまで」
それ以上調べようとしたときに警告を飛ばされたから、詳しいことは何一つわかっていない。イレギュラーな動きには該当しそうだから、原因を突き止めるならもっと調査が必要だ。集中も切れたしそろそろ魔力の残滓も霧散しただろうから、本格的に情報を集めるならもっと歩き回らなければいけない。
ただ、今やることではない。
「戻るぞ」
オルランドの声に全員頷いて、砦に向かって歩き始める。レーネも索敵と露払いの精度を上げた。上長への報告はオルランドが行うにしても、ベースとなる情報や考え方はレーネでもまとめておかなければいけない。余計な戦闘で考えごとの邪魔をされたくなかった。
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