馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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犬牙、犬吠、その身に喰らえ

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 魔物のいる領域では助けてもらったけど、フェニックスとは人の領域に入ったところで別れた。人と話が出来ることが知られるのは、やはり困るらしい。俺には最後まで何を話しているのかよくわからなかったけど、しきりに何かを師匠に言い聞かせ続けていた。師匠はちょっと嫌そうな顔をしていたけど、無下にはしないと思う。

 少し寄り道はしたものの、一応報告がいるだろうと思って王都に師匠を連れて行ったら、着いた途端にそのまま城に連行された。誰かに見張られていたのかどうかはわからない。もしかしたらモンドール家の人かもしれないけど。
 それから、師匠がいろんな人にめちゃくちゃ怒られた。最初は何で怒られるのかよくわかってなかったみたいだったけど、ぼろぼろに泣いている王妃に半日お説教されたのは堪えたらしい。最後まで神妙に大人しく話を聞いて、一人でどこかに行ったりしませんと約束させられていた。

 今はふてくされた顔で、王都の宿で煙草を吸っているところだ。城に留め置かれそうになったけど、師匠がそこだけは必死に抵抗して、城に近い宿でお互い妥協した。師匠の瞳は、また金色が混じった碧に戻っている。

「……全員が全員、あそこまで言わなくてもいいと思わねぇか」
「……それだけみんな、師匠が大事ってことだと思う」

 一応伝えておく。煙草の煙が長々と吐き出されたから、好みの答えではなかったみたいだ。近付いていって煙草を取って口付けたら、いやいやと首を振って逃げられた。本当にご機嫌斜めらしい。

「嫌?」
「……それで機嫌取ろうとすんな」

 キス自体は嫌じゃない。でも今はキスで機嫌を取られるのは嫌。

 言葉足らずなところを補うと、師匠はすごく可愛い。
 煙草を返したらまた吸い始めたから、どうやって機嫌を直してもらおうかと髪を撫でる。一人でいた間に師匠が適当に切っていてぼさぼさだったから、今は整えている最中だ。また長くしてほしいけど、短い髪も似合っててちょっと捨てがたい。
 違うな。師匠は何でも似合う。髭が生えてたってむさ苦しくない。ちくちくするから、剃ってもらうけど。
 髪を撫でていた手を滑らせて、耳に触れて形を確かめる。耳朶は結構柔らかい。

「……やめろ馬鹿犬」

 前だったら触れることすら出来なかった。今は言葉で咎められるだけで、振り払われることも蹴られることもない。許されてる。許してくれている。嬉しい。

「キスもだめで、触るのもだめ?」

 そっぽを向いて煙草に戻ってしまった。触るのはだめではなさそうだ。ひとまず師匠が煙草を吸い終わるまで、荷物を整理しながら待つことにする。
 王都にいる人たちからのお説教は済んだから、あとはカーメルとか、ウィルマさんとか、少し離れた町に住んでいる人にも師匠が戻ったことを知らせておきたい。

 また、師匠と一緒に旅がしたい。

「師匠」
「……ぁんだよ」

 こっちを向いてくれないけど、返事はしてくれる。

「俺と旅、してくれる?」

 視線が俺に戻ってきて、不思議そうに瞬きをしている。変なことを言ったつもりはなくて、首を傾げて返したら、眉間の皺が深くなった。
 ただでさえ機嫌が悪いのに、これ以上。でも何で。

「……傍にいろっつったのは、テメェだろ」

 思わず持っていたものを取り落とした。

 ちゃんと、受け入れてくれてる。

 急いで跳び付いて、煙草を取り上げて灰皿に投げ入れる。抗議の声は無視して抱き上げて、ベッドに連れ込んで組み敷いた。

「っ、おい!」
「したい、ほしい」

 俺を押しのけようとした師匠の手が止まって、苛立たしげな顔に睨まれる。師匠の機嫌が悪いのはわかってるけど、でも、傍にいてってお願いしたことを、本当に受け入れてくれているとは思ってなかった、から。俺を選んでくれたことは信じられても、言葉で語る人じゃないから、どこまでの気持ちなのかわかってなかった。
 俺の伝えたことを、ちゃんと受け止めて、受け入れてくれている。縋り付くように抱きしめても、拒まないでくれる。嬉しい。
 ため息が聞こえて、そっと頭が撫でられる。優しい。大好きな人。

「……してぇって、どこまで」

 聞かれて、ごくりと喉を鳴らす。師匠を見つけた日からずっと、最後まではしてない。後ろは指で解すだけにして、手でしたりフェラしたりで終わらせてた。そろそろ挿れられそうな気はしてたけど、何となく、きっかけがなくてそのままだ。

「……師匠の、全部」

 顔を上げたら片方だけ口角を上げた師匠がいて、わしわしと髪をかき回された。眉間の谷間がなくなっていたから、了承の返事のはずだ。久しぶり過ぎて、少し緊張する。師匠に挿れたら俺はめちゃくちゃ気持ちいいけど、師匠にもちゃんと気持ちよくなってもらいたい。
 ぐしゃぐしゃとかき乱す手が止まったから、ぷるぷる首を振って頭の違和感を消す。その間に師匠の腕が俺の肩に回っていて、ぎゅっと引き寄せられて顔が見えなくなった。ちゃんと向き合いたいと身じろいだけど、耳元に柔らかい感触が来て、大好きな声がすぐ近くで聞こえる。

「……俺を選び続けろよ、ルイ」

 そんなの。

「……最初から、俺はクライヴだけだよ」

 拾ってもらった、あの日から。
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