馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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犬牙、犬吠、その身に喰らえ

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「可能性……?」

 可能性、自体はわかるけど、何のことかよくわからない。首を傾げたら師匠の手が離れていこうとしたから、急いで捕まえる。ちょっと困ったような顔をしたけど、師匠は俺の手を振り払わないでくれた。

「お前は……俺と違って、家に縛られる必要もねぇ。リチャードに名前を付けさせたし、後ろ盾に俺と、ウィルマと、シルヴェリウスを付けたから……下手な貴族が口を出す隙もねぇはずだ」

 ベルナール・カーティスも、師匠がそこまでやったって言ってた。孤児を拾って、育てて、名前がないって騒いだからちゃんと考えてくれて、他の人に利用されないように守ってくれた。
 そこまでしてくれたから、師匠も俺のこと大事に思ってくれてるって、確信出来た。

「だから……お前の……好きにしたら、いい。俺が一緒にいると、選択肢が狭まるから……」

 そう言って見たことないくらい優しい顔で師匠が笑うから、ちょっとムカついて無理やり引き寄せて抱きしめる。頭を抱えて固定して、もう絶対に逃げさせない。戸惑ってるらしいのにもため息が出る。本当に何もわかってない、この人。

「俺の好きにしていいなら、何で俺からクライヴ・バルトロウを取り上げようとすんの」
「……は?」

 俺には想像出来ないけど、きっと師匠がいろいろ考えて、いない方がいいと思って、俺を置いていったんだとは思う。けど俺が自由に、好きにしていいんだったら、そもそも前提が間違ってる。
 この人が一緒にいてくれないと、何かを選ぶどころか、俺は何も始められない。

「俺を拾ってくれた時、ちゃんと俺に生きたいかって聞いてくれたのに、何で今は聞いてくれないの」
「ま……待、て、聞けって、何を……」

 緩くもがくから、少しだけ離して顔を覗き込む。まだ目が碧だから、魔力は戻りきってない。戸惑って揺れてる、強くて格好いいのに、可愛い人。

「俺がどうしたいか、ちゃんと聞いて」

 呆然として形のいい唇をちょっと開けてるから、めちゃくちゃキスしたい。まだ我慢しないと。もう少し、もうちょっと引っ張って引きずり込んで落とさないと、この人が手に入らない。

「……ルイ」
「うん」
「……どう……した、い、んだ、お前……」
「クライヴとずっと一緒にいたい」

 師匠の肩が跳ねたけど、逃がすつもりもないから腰と背中を抱え直しておく。拾ってもらった時からずっと、俺が師匠だけを追いかけてるって、今でもこの人はわかってない。
 それに、きっと自分の心のことだってわからなくなってる。

「クライヴは、どうしたいの」

 子供の頃の話も、騎士団にいた頃の話も、元々責任感が強くて優しい人だったんだろうと思うけど、ちっとも自分を大事にしてたように聞こえなかった。両手で抱えるものがいっぱいで、自分のことを後回しにする人だから、俺が全部ひっくるめてぎゅってして大事にしたい。

「……どう、したい、って……」
「うん」

 考え込むみたいに少し視線を下げて、ちらりと俺に戻して、もう一度目を伏せる。ちゃんと考えてくれるし、こういう時ははぐらかさないって知ってる。

「俺は……お前が幸せになってくれたら、いい……」

 気が抜けた。思わずため息をついて、師匠の肩に頭を乗せる。そういうこと聞いてるんじゃないのに、ほんとにわかってないな、この人。そういうとこも含めて全部、好きだけど。
 そのまま横を向いて、首筋に口付ける。腕の中の体が強張ったけど、もう絶対に、放してやらない。

「俺の幸せはクライヴ・バルトロウがいないと成り立たないから、俺の傍にいて」

 両手で師匠の頬を包んで、我慢するのをやめて唇を重ねた。ちょっとかさついてる。やっぱり髭がちくちくするから、後で剃らせてもらおう。舌を差し入れて、体と同じように固まっているものに触れ合わせる。これだけでも気持ちいいって俺に教えたのは、師匠なのに。
 ようやく気が付いたみたいに身じろぐ体に片腕を回して、久しぶりの可愛い人を貪る。

「一緒にいてもらう代わりに、ちゃんと俺が幸せにするから」

 だから。

「俺を選んでよ、クライヴ」

 躊躇って、言葉じゃなくて行動で返してくるから、俺を好きって言わせるのはまだ難しいかもしれない。
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