馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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犬牙、犬吠、その身に喰らえ

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 明るさに目が焼かれて、しばらく前がよく見えなかった。火傷した感覚はないから、死んではいない、と思うけど。

 ようやく目が慣れた頃に、俺を背に庇うように師匠が立っているのがわかった。肩越しに俺を振り返って、少しだけ心配そうな顔をしてくれていて。師匠の瞳が、碧に戻ってる。

「……無事か」

 師匠が剣を構えたままで、目に金色が見えない。だから、もしかして、師匠が火球から俺を守ってくれたのかもしれない。師匠が自分の魔力を使いきるくらい、強い炎から。
 何て返していいかわからなかった。声が出せなくてひとまず頷いたら、師匠の雰囲気がちょっとだけ緩む。視線を上に向けて、声を掛けた師匠の傍までフェニックスが下りてくる。

「フィー、こいつは敵じゃねぇから……」

 鳥の声と師匠の声が、会話をするように行き交う。俺にはフェニックスが何を言っているかわからないけど、師匠には通じているみたいだ。攻撃されそうな気配もないから、剣を収めて、師匠に近付いて、後ろから抱き付く。

 やっと、やっと師匠に手が届いた。

「……まだフィーと話してんだ、後にしろ」
「……やだ」
「や、だぁ……?」

 呆れたような声で言われたけど、嫌なものは嫌だ。放せというように腕を軽く叩かれたから、痛いと言い返す。師匠がぎこちなく固まった。俺をぼろぼろにしたこと、本当は悪かったと思ってくれてるのかもしれない。
 フェニックスが鳴いたから師匠の意識がそっちに向いて、俺に抱きしめられたままになってくれる。嬉しい。触れさせてくれる。傍にいさせてくれる。大好きな人。俺の一番の人。煙草の煙は薄れているけど、懐かしいにおい。

「ああ……ああ、わかった、わかったって……」

 ため息をついて、俺が放り投げた荷物袋を師匠が示す。フェニックスが飛んでいって持ってきてくれた。受け取った師匠が俺に見せるように軽く持ち上げて、今度は腕に優しく触ってくれる。さっき痛いって言ったせいかもしれない。

「回復薬か何か、ウィルマに持たされてんだろ。とっとと飲め」
「……師匠」
「俺のどこが怪我してるように見えんだよ」

 見えないけど、師匠は自分の傷に無頓着なところがあるから、こっちから言わないといけない。俺の攻撃がほとんど当たってなかったのは、わかってるけど。魔物と戦ってた時に掠ってるかもしれないし、フェニックスの火球で何もなかったのかわからない。

 どうやって伝えようか考えてたら、もう一度ため息をついて、師匠が荷物袋をがさがさ漁り始めた。中から回復薬を探し出して、蓋を開けて俺の口に突っ込んでくる。口に入れられたら飲むしかない。
 おそるおそる師匠から手を離して、師匠が離れていかないのに安心する。いてくれる。大丈夫。急いで回復薬を飲み干して容器を袋に戻して、師匠の手を掴む。荷物持ちは俺のすることだから、袋は俺が持つ。両手が塞がるけど、いざとなったら荷物袋を捨てればいいから、問題ない。
 師匠が手と俺の顔を交互に見て、離そうとするから指を絡めた。眉間に皺が寄る。

「……離せ」
「置いてかないで、くれるなら」

 繋いだ手をじっと眺めて、俺の顔を見てため息を漏らしてから、師匠がそのまま歩き出す。俺と手を繋いだままだ。引っ張られるから一緒についていく。嬉しい。師匠と一緒に歩いてる。

「……拠点に行くぞ」
「はい、師匠」

 魔物が蔓延る場所とはいえ、元は人間が王国を築いていたところだ。建物の残骸みたいなものはここに来る途中にもあった。その一つを宿代わりにしているみたいだけど、あんまり、ゆっくり眠れるところではない気がする。モンドールさんの店で、人間の住む地域には戻る気がないって聞いた。師匠と会えて嬉しい気持ちが先走ってたけど、本当はいろいろ話をしないといけない。
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