馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

文字の大きさ
上 下
92 / 116
犬牙、犬吠、その身に喰らえ

3-2

しおりを挟む
「調子ん乗ってんじゃねぇぞクソガキ……!」

 ぎりぎりだった。むしろまぐれかもしれない。頭で考えるのは間に合わなくて、体が勝手に反応した気がする。

 気付いた時には、今まで受けたどんな一撃よりも重たい剣を、どうにか鍔で受け止めていた。すぐに外れて次の攻撃が来て、それも何とか剣身で受ける。
 目で見て判断する暇がない。考える時間なんて使っていたら、きっとすぐ切られる。響き渡る金属音の嵐を、自分が立てていることすら信じられない。

 師匠に稽古をつけてもらっていた時は、本当に遊ばれているようなものだったんだと思う。
 何とか重たい刃を防いで、師匠と俺の間に逆向きの風を吹かせて距離を取る。

「防ぐ、逃げる、それだけか?」

 せせら笑うように口角を上げている師匠に、強すぎるんだと心の中で反論しておく。本当に危なかったらフェニックスが防ぐだろうと、勝手に頼って魔術で作った炎を放つ。

「……聞いてない……」
「言ってねぇからな」

 炎を剣で切り捨てられるなんて、聞いたことがない。魔力を込められる剣だからなのか、師匠の魔力が高いせいなのかわからない。けど、しょぼい魔術だったらあっさり防がれるのはわかった。そういえば、師匠は魔術を使えない分、防御する手段をめちゃくちゃ鍛え上げてるって、ウィルマさんに聞いたかもしれない。
 また距離を詰められて、休む間もなく打ち込まれる斬撃に何とかついていく。

 どうすればいい。どうすれば勝てる。深く考えろ。ウィルマさんに言われた。剣じゃまだ勝てない。ぎりぎりついていける。だから魔術を足すしかない。弱い魔術じゃ防がれる。強い魔術。どこまで強くすれば通るかわからない。もっと頭使え。
 一瞬気が逸れた隙に蹴り飛ばされて、迫ってきた刃を何とか浅い一撃にとどめる。血が出るのはよくない。流せば流すほど、動きが鈍くなる。
 ただ、今は手当てを待ってもらえるような、遊びの時間じゃない。突きも、薙ぎも、拳も足も、タイミングに慣れる余裕もなく繰り出される一つ一つが、圧倒的に重い。避けきれない、いなしきれない攻撃が少しずつ増えていって、堪らず地面をせり上げて師匠から距離を空ける。

「ぼろぼろじゃねぇか」
「…………お陰さまで」

 師匠にやられたんだけど。死なない程度には手加減されている気がするけど、今までと全然違う。

 俺はきっと、本気のクライヴ・バルトロウには戦ってすらもらえない。

 実力差に疑問の余地はなくて、だったらあとは、どれだけ師匠の裏をかけるかだ。師匠の方が、頭もいいけど。
 少しずつ、少しずつ地面に魔力を流して準備する。他の方法なんて何も考えられてない。ただ、何手も先を組み立てられるほど、俺は器用じゃない。血を止める余裕なんてもらえないし、殴られたり蹴られたりしたところはじんじんして痛い。細かい攻撃には構ってられなくて、何とか致命的なものだけしのぐ。音が聞こえているなら、まだ俺が倒れてない証拠だ。

「……何考えてやがる」

 初めて、師匠が俺から距離を取った。当然だ。これだけやってれば、師匠が気付かないはずがない。師匠みたいに上手に出来てるかわからないけど、痛みで引きつる口角を上げて笑う。

「わる、だくみ」

 一気に地面に魔力を流す。空気から氷を作るのが難しければ、別の水を使えばいい。それを大きくすればいい。俺が自由に使える水で、俺の魔力を流すのに一番いい水。

 俺の血だ。無駄にまき散らしてたわけじゃない。

 仄赤い氷がいくつも宙に浮かんで、切っ先が師匠に向かう。どれだけあるのか、数は俺にもわからない。数えられるような量だったら、きっと師匠に切り捨てられて終わりだ。

 一つでもいい。

「当たれ……!」

 風に乗せて、一気に氷弾を飛ばす。師匠が動く様子はない。肩を竦めて、腕を上げて、急所を庇っているようにも見える。
 さすがに、防ぎきれない? 俺を、認めてくれる?

 甲高い鳥の鳴き声がした。炎の壁が吹き上がって氷から師匠を守る。フェニックスだ。全部溶かされた。次なんて考えてないし、動く余裕もないのに。
 フェニックスが空高く舞い上がって、威圧するように羽ばたく。

 違う、威圧じゃない。太陽が見えなくなるくらいの大きな火球が、フェニックスの上に浮かんでいる。
 避けられない。そんな余裕はどこにもない。あれを水で消すなら、湖くらい持ってこないと無理だ。大きな火に対しては、下手な量だと水蒸気爆発を起こすって、ウィルマさんが。
 呆然としているうちに、熱さで焼けそうなくらい、炎が近付いていて。

「……ルイ!」

 聞こえた声に答える前に、火球の光で視界が真っ白になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】君を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~

綾森れん
ファンタジー
侯爵令嬢ロミルダは王太子と婚約している。王太子は容姿こそ美しいが冷徹な青年。 ロミルダは茶会の折り王太子から、 「君を愛することはない」 と宣言されてしまう。 だが王太子は、悪い魔女の魔法で猫の姿にされてしまった。 義母と義妹の策略で、ロミルダにはいわれなき冤罪がかけられる。国王からの沙汰を待つ間、ロミルダは一匹の猫(実は王太子)を拾った。 優しい猫好き令嬢ロミルダは、猫になった王太子を彼とは知らずにかわいがる。 ロミルダの愛情にふれて心の厚い氷が解けた王太子は、ロミルダに夢中になっていく。 魔法が解けた王太子は、義母と義妹の処罰を決定すると共に、ロミルダを溺愛する。 これは「愛することはない」と宣言された令嬢が、持ち前の前向きさと心優しさで婚約者を虜にし、愛されて幸せになる物語である。 【第16回恋愛小説大賞参加中です。投票で作品を応援お願いします!】 ※他サイトでも『猫殿下とおっとり令嬢 ~君を愛することはないなんて嘘であった~ 冤罪に陥れられた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら幸せな王太子妃になりました!?』のタイトルで掲載しています。

処理中です...