馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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犬牙、犬吠、その身に喰らえ

3-2

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「調子ん乗ってんじゃねぇぞクソガキ……!」

 ぎりぎりだった。むしろまぐれかもしれない。頭で考えるのは間に合わなくて、体が勝手に反応した気がする。

 気付いた時には、今まで受けたどんな一撃よりも重たい剣を、どうにか鍔で受け止めていた。すぐに外れて次の攻撃が来て、それも何とか剣身で受ける。
 目で見て判断する暇がない。考える時間なんて使っていたら、きっとすぐ切られる。響き渡る金属音の嵐を、自分が立てていることすら信じられない。

 師匠に稽古をつけてもらっていた時は、本当に遊ばれているようなものだったんだと思う。
 何とか重たい刃を防いで、師匠と俺の間に逆向きの風を吹かせて距離を取る。

「防ぐ、逃げる、それだけか?」

 せせら笑うように口角を上げている師匠に、強すぎるんだと心の中で反論しておく。本当に危なかったらフェニックスが防ぐだろうと、勝手に頼って魔術で作った炎を放つ。

「……聞いてない……」
「言ってねぇからな」

 炎を剣で切り捨てられるなんて、聞いたことがない。魔力を込められる剣だからなのか、師匠の魔力が高いせいなのかわからない。けど、しょぼい魔術だったらあっさり防がれるのはわかった。そういえば、師匠は魔術を使えない分、防御する手段をめちゃくちゃ鍛え上げてるって、ウィルマさんに聞いたかもしれない。
 また距離を詰められて、休む間もなく打ち込まれる斬撃に何とかついていく。

 どうすればいい。どうすれば勝てる。深く考えろ。ウィルマさんに言われた。剣じゃまだ勝てない。ぎりぎりついていける。だから魔術を足すしかない。弱い魔術じゃ防がれる。強い魔術。どこまで強くすれば通るかわからない。もっと頭使え。
 一瞬気が逸れた隙に蹴り飛ばされて、迫ってきた刃を何とか浅い一撃にとどめる。血が出るのはよくない。流せば流すほど、動きが鈍くなる。
 ただ、今は手当てを待ってもらえるような、遊びの時間じゃない。突きも、薙ぎも、拳も足も、タイミングに慣れる余裕もなく繰り出される一つ一つが、圧倒的に重い。避けきれない、いなしきれない攻撃が少しずつ増えていって、堪らず地面をせり上げて師匠から距離を空ける。

「ぼろぼろじゃねぇか」
「…………お陰さまで」

 師匠にやられたんだけど。死なない程度には手加減されている気がするけど、今までと全然違う。

 俺はきっと、本気のクライヴ・バルトロウには戦ってすらもらえない。

 実力差に疑問の余地はなくて、だったらあとは、どれだけ師匠の裏をかけるかだ。師匠の方が、頭もいいけど。
 少しずつ、少しずつ地面に魔力を流して準備する。他の方法なんて何も考えられてない。ただ、何手も先を組み立てられるほど、俺は器用じゃない。血を止める余裕なんてもらえないし、殴られたり蹴られたりしたところはじんじんして痛い。細かい攻撃には構ってられなくて、何とか致命的なものだけしのぐ。音が聞こえているなら、まだ俺が倒れてない証拠だ。

「……何考えてやがる」

 初めて、師匠が俺から距離を取った。当然だ。これだけやってれば、師匠が気付かないはずがない。師匠みたいに上手に出来てるかわからないけど、痛みで引きつる口角を上げて笑う。

「わる、だくみ」

 一気に地面に魔力を流す。空気から氷を作るのが難しければ、別の水を使えばいい。それを大きくすればいい。俺が自由に使える水で、俺の魔力を流すのに一番いい水。

 俺の血だ。無駄にまき散らしてたわけじゃない。

 仄赤い氷がいくつも宙に浮かんで、切っ先が師匠に向かう。どれだけあるのか、数は俺にもわからない。数えられるような量だったら、きっと師匠に切り捨てられて終わりだ。

 一つでもいい。

「当たれ……!」

 風に乗せて、一気に氷弾を飛ばす。師匠が動く様子はない。肩を竦めて、腕を上げて、急所を庇っているようにも見える。
 さすがに、防ぎきれない? 俺を、認めてくれる?

 甲高い鳥の鳴き声がした。炎の壁が吹き上がって氷から師匠を守る。フェニックスだ。全部溶かされた。次なんて考えてないし、動く余裕もないのに。
 フェニックスが空高く舞い上がって、威圧するように羽ばたく。

 違う、威圧じゃない。太陽が見えなくなるくらいの大きな火球が、フェニックスの上に浮かんでいる。
 避けられない。そんな余裕はどこにもない。あれを水で消すなら、湖くらい持ってこないと無理だ。大きな火に対しては、下手な量だと水蒸気爆発を起こすって、ウィルマさんが。
 呆然としているうちに、熱さで焼けそうなくらい、炎が近付いていて。

「……ルイ!」

 聞こえた声に答える前に、火球の光で視界が真っ白になった。
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