馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

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 カーメルの言う通り、子供の頃に、師匠が動けなくなっている時は引き離されてたけど、あとはずっと師匠と一緒だった。置いていかれたのは最初に孤児院に預けられそうになった時だけだし、他は全部一生懸命ついてった。師匠と離れたくなかったから。
 なのに、今回は明確に置いてかれた。何とか師匠を探してはいるけど、本当はめちゃくちゃへこんでる。

「カーメルぅ……」
「うんうん、悲しいよね」

 カーメルが甘やかしてくれるけど、師匠じゃないからますます悲しくなる。
 寂しい。師匠がいない。特別なのに、一番なのに、傍にいない。一緒じゃない。悲しい。

「……俺、だめなことしたのかな……」

 しちゃいけないことをしたら、師匠はきちんと理由を説明して叱ってくれる。何でいけないのか、俺にもわかるようにしてくれる。けど何にも言ってもらえずに置いていかれたから、何かが悪かったにしてもわからない。師匠と話がしたい。俺が悪いことしたなら、ちゃんと直すから、教えてほしい。

「置いていかれる前に、何かしたの?」
「……セックスして、愛してるって言った」

 師匠とヤってることを、カーメルには隠してない。別に隠すことじゃないと思うけど、カーメルに言ったら他の人には黙っておきなさいって言われたから、言わないことにしてる。師匠が男とも寝るし、抱かれる側になることがあるのも、娼婦も男娼も知ってるはずだけど、俺が相手なのは隠した方がいいらしい。だからたまに行く娼館でセックスについて教えてもらう時は、好きな人が男なんだけど、どうやったら男を悦ばせられますかって聞いてる。
 ただ、みんな俺が掘られる側のつもりで教えてくるから困る。師匠に抱きたいって言われたらちょっと考えるけど、俺は師匠に突っ込みたいし啼かせたい。エロいし可愛いし、とろとろになった顔見るとめちゃくちゃ興奮する。

「……それじゃない? 愛してるって言ったやつ」
「え」

 起き上がってカーメルを見下ろす。好きって言って嫌がられるって、どういうことだ。師匠に置いてかれたのより遥かにショックだ。それ、師匠が、俺のこと。

「ごめん、言い方が悪かった。君が嫌がられたとか、そういう意味じゃないから」

 目尻を撫でられて、今度は泣いてるのを認めるしかない。ぐすぐす零れていくのを、カーメルが拭っていってくれる。

「クライヴは、人を大事に出来るのに、自分が大事にされるとどうしていいかわからなくなっちゃうんだよ」

 繰り返し繰り返し、父親の求める価値観を何度も叩き込まれたから。それに従うことでしか、赦されなかったから。頭も良くて、剣も強くて、常に誰かを優先する立場にいないといけなかったから。
 だから、自分が大事にされると、相手に負担を強いているような気になって、自分が苦しくなる。

「そんなの」
「そう。気にすることないし、クライヴだって大事にされて当然なのにね。そうなっちゃうんだよ」

 だからね、とカーメルに撫でられて、いつのまにか泣くのが治まっていたことに気が付いた。カーメルの手は師匠よりずっと柔らかくて、すべすべしてる。
 師匠の手はもっとごつごつしてて、殴られたこともあるけど、ちゃんと俺を大事にしてくれた。

「早くクライヴを見つけて、甘やかしてあげてね」
「……甘やかす」

 あんまり想像出来ない言葉過ぎて、聞き返した。師匠が誰かに甘えてるのなんて見たことないし、俺に甘えるって考えるのはちょっと難しい。
 目を瞬いてたら、カーメルがくすくす笑った。

「クライヴ、あれでも結構君には甘えてると思うよ? だからいっぱい甘やかして、慣れさせて離れられなくしちゃいなよ」

 嘘じゃないとは、思うけど。師匠が俺に甘えてくれてるとは、ちょっと思えない。
 でも俺が頑張ったら置いていかないでくれるようになるなら、いくらでも。

「わかった、やる」
「……君は本当にクライヴが大好きだよね! 好きだよ、そういうとこ」

 師匠の好きとは違うけど、俺もカーメルは好きだと思う。柔らかい手にぐりぐり頭を押し付けて、たくさん撫でてもらった。
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