馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

6-1

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 公爵が本当は師匠を嫌ってるわけじゃなくて、心配してるってわかってよかった。師匠が家族に嫌われてるより、大事にされてる方が嬉しい。師匠を独り占めしたい気持ちはあるけど、師匠が独りぼっちになるのは嫌だ。
 今師匠がどこにいるのか、早く知りたい。会いたい。

 ちょっとだけ意識を逸らしてたら、公爵のため息が聞こえた。ため息をつかれるようなことをした覚えはない。何だよと思って見たら、公爵の顔がさっきより真剣になっていた。
 何か真面目な話が、まだ残っているのだろうか。

「貴殿は、アドルフの何だ?」
「……はい?」

 全然考えたこともない質問だったから、何を言われたのかわからなくて聞き返す。
 使用人の人が、額を押さえて顔を逸らしたのが横目で見えた。公爵家の使用人が、訪問者の前でそんなことするとは思えないから、何か異常事態なのかもしれない。まずい状況のような気がしたけど、公爵がいきなり顔を覆って何か喋り出したから、タイミングを見失った。

「あの子は昔から誰かのために自分を使うことを躊躇わなかったが、貴殿に対する態度は明らかに違う。あからさまに違う。孤児を拾って育てただと? 結婚もしていないのに? その上剣を教えて、魔術を教えるために東の魔女のところまで連れていって、あまつさえ法王を後見人の一人に付けている? 陛下に名を賜り、貴族に劣らぬ地位をいただくお膳立てまで全てあの子がやったわけだろう。あの子がそこまでしてやるなどと、理由がわからん。いったい貴殿はあの子とどういう関係なんだ!」

 怖い。えっ、何この人。怖い。さっきまで全然こんな態度じゃなかった。怖い。めちゃくちゃいっぱい喋った。

 テーブルを乗り越えんばかりに迫ってきて、怖くて殴り飛ばしそうになるのを必死で我慢した。とりあえず手を体の前に上げてガードしてるけど、この人どうしたらいいんだ。視線を彷徨わせて使用人の人に助けを求めたけど、気の毒そうな顔で首を振られた。

 諦めないで助けてほしい。

「聞いているのかルイ・コネル!」
「えっ、あっ、えと、はい、聞いてはいます……」

 俺の名前知ってるのか。そういえば式典の時、公爵も広間にいたかもしれない。ほとんど師匠しか見てなかったから、全然覚えてないけど。どうしようこの人。印象が違い過ぎて、どう扱ったらいいかわからない。

「答えろ!」
「えっと……弟子、です、今は……」

 余計なことを付け加えたかもしれない。

「今は? だと?」

 余計だった。失敗した。

 俺の襟首を掴んで公爵がそのまま立ち上がったから、併せて立つしかなくて、体がちょっと持ち上げられる。俺より背は高いけど、あんまり鍛えてなさそうなのに。振り解いたら怪我させそうな気がするから、首が締まらないよう気を付けるだけにする。服がびろびろになりそうだ。

「どういうつもりだ」

 どういうつもりも何も。
 けど、どう見ても真剣に答えないとぶちのめされそうな勢いだから、納得してもらえそうな答えを一生懸命探す。公爵が何か言っても師匠から離れるつもりはないけど、邪魔されると面倒そうな気がする。

「……あの時、誓った通り」

 俺の剣は、師匠のためにある。俺の忠誠も、師匠のところにある。

「俺の血の一滴まであの人のために使いたいから、ずっと一緒にいてもらうつもりです」

 それはたぶん、師弟という関係とはちょっと違う気がする。あの人が俺の師匠であることに変わりはないんだけど、でも師匠というだけじゃないと思う。強くて格好いい師匠で、可愛くて綺麗な、何か別の。
 恋人、はしっくり来ない。ちゃんと受け入れてくれたら、二度と離すつもりないし。お嫁さん、でもないな。ちょっとイメージが違う。

 持ち上げられながら考えてたら、公爵の力が緩んで足が床に着いた。疲れたのかもしれない。服を掴んでいる手は離れないけど。
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