馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

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 公爵とか男爵とか、貴族の中でも階級があるらしいのは、師匠に教えてもらったから俺も知ってる。公爵が一番上で、男爵が一番下だ。だから師匠の生まれた家は、貴族の中で一番上。ただ、英雄という称号があるから、師匠自身はその枠からは少し外れた立ち位置になるらしい。俺の勇士というのも枠の外、なんだそうだ。そもそも貴族の枠なんて入ったことがないから、違いはよくわからないけど。

 ただ実際、王都にある屋敷を見たら、差があることはよくわかった。男爵の屋敷は城から一番遠いし、公爵は城のすぐ近くだ。敷地の広さからして違うし、男爵くらいの家は儲かっている商人なら建てられそうだけど、公爵の家は城に入る前の砦かと思うくらい大きい。屋敷を囲む塀にも模様が彫り込まれていて、たまに空いている覗き穴みたいなところにも、いちいち彫刻が置いてある。外に置いてあるとすぐ壊れそうな気がするけど、貴族はそういうのを気にしないのかもしれない。

 その砦の一つに連れてこられて、踏むのが躊躇われる絨毯の廊下を案内されて、今は、高級そうな布張りの椅子に座らされたところだ。前に置いてあるテーブルも、足に彫刻があって天板がガラスだから、かなり高いと思う。表面は平らだけどガラスにも模様が入っているから、たぶん裏から彫ってある。上に乗っているティーセットも、細かい柄が一つ一つ絵付けされていて、スプーンにも同じ柄が彫り込まれている。
 ただひたすら、壊しそうで怖い。

「砂糖とミルクは、いかがなさいますか」
「い、いらないです……」
「承知いたしました」

 ミーチャさんとは違って、物腰は柔らかいけど温度感のない人にサーブしてもらって、綺麗な色のお茶を飲む。師匠なら違いがわかるのかもしれないけど、俺には美味しいか美味しくないかしか言えない。これは美味しいやつだ。

「おいしい」
「勇士様のお口に合い、光栄にございます」

 ちょっとだけ態度が軟化した、気がする。気のせいかもしれないけど。
 慣れない場所で落ちつかないし、下手にお茶を飲んだりお菓子を食べたりしたら、カップを割ったり絨毯を汚したりしかねない。ひたすら大人しく、行儀よく座ってカップの絵を眺めていたら、ようやく砦、じゃなかった、屋敷の主が部屋に入ってきた。薄い茶色の髪、冴え冴えとした碧の瞳。王妃は何となく師匠と顔が似ている気がするけど、公爵はあんまり、師匠とは似ていない。血が繋がっていても、似てたり似てなかったりするものみたいだ。

「……お待たせして申し訳ない、勇士殿」
「いえ」

 立ち上がって軽く挨拶だけして、促されたから元の椅子に戻る。王妃に言われたから来たけど、噛み付かないように注意しないといけない。あんまり好きじゃないけど、師匠の血縁だから、これも怪我させちゃいけない相手だ。

「……事前に、妃殿下から文は頂いているが……用件を伺っても?」
「クライヴ・バルトロウの……あなたの弟の、話を聞かせてほしいです」

 特に何の話を聞いておいた方がいい、とは言われていない。ただ、今はこのベルナール・カーティスが家長だから、きちんと話をしてきなさいと王妃が言ってた。家長というのが何に関係あるのかは、よくわかってない。
 使用人の人が公爵の前にもお茶を出して、すっと壁際まで下がった。公爵の周りには誰も立ってないから、俺は特に敵とはみなされていないみたいだ。第一印象はお互いに悪かったはずだけど。でもここで公爵に噛み付いても何にもならないし、師匠が嫌がるだろうからしない。父親のことは苦手みたいだけど、この人のことは悪く言ってなかったと思う。

 お茶を飲んでひと息ついた公爵が、表情を苦々しげに変えて吐き捨てるように言った。

「……あれは、英雄の器などではない」
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