77 / 116
野良犬、迷い犬、あの手が恋しい
5-1
しおりを挟む
公爵とか男爵とか、貴族の中でも階級があるらしいのは、師匠に教えてもらったから俺も知ってる。公爵が一番上で、男爵が一番下だ。だから師匠の生まれた家は、貴族の中で一番上。ただ、英雄という称号があるから、師匠自身はその枠からは少し外れた立ち位置になるらしい。俺の勇士というのも枠の外、なんだそうだ。そもそも貴族の枠なんて入ったことがないから、違いはよくわからないけど。
ただ実際、王都にある屋敷を見たら、差があることはよくわかった。男爵の屋敷は城から一番遠いし、公爵は城のすぐ近くだ。敷地の広さからして違うし、男爵くらいの家は儲かっている商人なら建てられそうだけど、公爵の家は城に入る前の砦かと思うくらい大きい。屋敷を囲む塀にも模様が彫り込まれていて、たまに空いている覗き穴みたいなところにも、いちいち彫刻が置いてある。外に置いてあるとすぐ壊れそうな気がするけど、貴族はそういうのを気にしないのかもしれない。
その砦の一つに連れてこられて、踏むのが躊躇われる絨毯の廊下を案内されて、今は、高級そうな布張りの椅子に座らされたところだ。前に置いてあるテーブルも、足に彫刻があって天板がガラスだから、かなり高いと思う。表面は平らだけどガラスにも模様が入っているから、たぶん裏から彫ってある。上に乗っているティーセットも、細かい柄が一つ一つ絵付けされていて、スプーンにも同じ柄が彫り込まれている。
ただひたすら、壊しそうで怖い。
「砂糖とミルクは、いかがなさいますか」
「い、いらないです……」
「承知いたしました」
ミーチャさんとは違って、物腰は柔らかいけど温度感のない人にサーブしてもらって、綺麗な色のお茶を飲む。師匠なら違いがわかるのかもしれないけど、俺には美味しいか美味しくないかしか言えない。これは美味しいやつだ。
「おいしい」
「勇士様のお口に合い、光栄にございます」
ちょっとだけ態度が軟化した、気がする。気のせいかもしれないけど。
慣れない場所で落ちつかないし、下手にお茶を飲んだりお菓子を食べたりしたら、カップを割ったり絨毯を汚したりしかねない。ひたすら大人しく、行儀よく座ってカップの絵を眺めていたら、ようやく砦、じゃなかった、屋敷の主が部屋に入ってきた。薄い茶色の髪、冴え冴えとした碧の瞳。王妃は何となく師匠と顔が似ている気がするけど、公爵はあんまり、師匠とは似ていない。血が繋がっていても、似てたり似てなかったりするものみたいだ。
「……お待たせして申し訳ない、勇士殿」
「いえ」
立ち上がって軽く挨拶だけして、促されたから元の椅子に戻る。王妃に言われたから来たけど、噛み付かないように注意しないといけない。あんまり好きじゃないけど、師匠の血縁だから、これも怪我させちゃいけない相手だ。
「……事前に、妃殿下から文は頂いているが……用件を伺っても?」
「クライヴ・バルトロウの……あなたの弟の、話を聞かせてほしいです」
特に何の話を聞いておいた方がいい、とは言われていない。ただ、今はこのベルナール・カーティスが家長だから、きちんと話をしてきなさいと王妃が言ってた。家長というのが何に関係あるのかは、よくわかってない。
使用人の人が公爵の前にもお茶を出して、すっと壁際まで下がった。公爵の周りには誰も立ってないから、俺は特に敵とはみなされていないみたいだ。第一印象はお互いに悪かったはずだけど。でもここで公爵に噛み付いても何にもならないし、師匠が嫌がるだろうからしない。父親のことは苦手みたいだけど、この人のことは悪く言ってなかったと思う。
お茶を飲んでひと息ついた公爵が、表情を苦々しげに変えて吐き捨てるように言った。
「……あれは、英雄の器などではない」
ただ実際、王都にある屋敷を見たら、差があることはよくわかった。男爵の屋敷は城から一番遠いし、公爵は城のすぐ近くだ。敷地の広さからして違うし、男爵くらいの家は儲かっている商人なら建てられそうだけど、公爵の家は城に入る前の砦かと思うくらい大きい。屋敷を囲む塀にも模様が彫り込まれていて、たまに空いている覗き穴みたいなところにも、いちいち彫刻が置いてある。外に置いてあるとすぐ壊れそうな気がするけど、貴族はそういうのを気にしないのかもしれない。
その砦の一つに連れてこられて、踏むのが躊躇われる絨毯の廊下を案内されて、今は、高級そうな布張りの椅子に座らされたところだ。前に置いてあるテーブルも、足に彫刻があって天板がガラスだから、かなり高いと思う。表面は平らだけどガラスにも模様が入っているから、たぶん裏から彫ってある。上に乗っているティーセットも、細かい柄が一つ一つ絵付けされていて、スプーンにも同じ柄が彫り込まれている。
ただひたすら、壊しそうで怖い。
「砂糖とミルクは、いかがなさいますか」
「い、いらないです……」
「承知いたしました」
ミーチャさんとは違って、物腰は柔らかいけど温度感のない人にサーブしてもらって、綺麗な色のお茶を飲む。師匠なら違いがわかるのかもしれないけど、俺には美味しいか美味しくないかしか言えない。これは美味しいやつだ。
「おいしい」
「勇士様のお口に合い、光栄にございます」
ちょっとだけ態度が軟化した、気がする。気のせいかもしれないけど。
慣れない場所で落ちつかないし、下手にお茶を飲んだりお菓子を食べたりしたら、カップを割ったり絨毯を汚したりしかねない。ひたすら大人しく、行儀よく座ってカップの絵を眺めていたら、ようやく砦、じゃなかった、屋敷の主が部屋に入ってきた。薄い茶色の髪、冴え冴えとした碧の瞳。王妃は何となく師匠と顔が似ている気がするけど、公爵はあんまり、師匠とは似ていない。血が繋がっていても、似てたり似てなかったりするものみたいだ。
「……お待たせして申し訳ない、勇士殿」
「いえ」
立ち上がって軽く挨拶だけして、促されたから元の椅子に戻る。王妃に言われたから来たけど、噛み付かないように注意しないといけない。あんまり好きじゃないけど、師匠の血縁だから、これも怪我させちゃいけない相手だ。
「……事前に、妃殿下から文は頂いているが……用件を伺っても?」
「クライヴ・バルトロウの……あなたの弟の、話を聞かせてほしいです」
特に何の話を聞いておいた方がいい、とは言われていない。ただ、今はこのベルナール・カーティスが家長だから、きちんと話をしてきなさいと王妃が言ってた。家長というのが何に関係あるのかは、よくわかってない。
使用人の人が公爵の前にもお茶を出して、すっと壁際まで下がった。公爵の周りには誰も立ってないから、俺は特に敵とはみなされていないみたいだ。第一印象はお互いに悪かったはずだけど。でもここで公爵に噛み付いても何にもならないし、師匠が嫌がるだろうからしない。父親のことは苦手みたいだけど、この人のことは悪く言ってなかったと思う。
お茶を飲んでひと息ついた公爵が、表情を苦々しげに変えて吐き捨てるように言った。
「……あれは、英雄の器などではない」
2
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
王太子からは逃げられない!
krm
BL
僕、ユーリは王家直属の魔法顧問補佐。
日々真面目に職務を全うしていた……はずなのに、どうしてこうなった!?
すべては、王太子アルフレード様から「絶対に逃げられない」せい。
過剰なほどの支配欲を向けてくるアルフレード様は、僕が少しでも距離を取ろうとすると完璧な策略で逃走経路を封じてしまうのだ。
そんなある日、僕の手に謎の刻印が浮かび上がり、アルフレード様と協力して研究することに――!?
それを機にますます距離を詰めてくるアルフレード様と、なんだかんだで彼を拒み切れない僕……。
逃げられない運命の中で巻き起こる、天才王太子×ツンデレ魔法顧問補佐のファンタジーラブコメ!
没落貴族の愛され方
シオ
BL
魔法が衰退し、科学技術が躍進を続ける現代に似た世界観です。没落貴族のセナが、勝ち組貴族のラーフに溺愛されつつも、それに気付かない物語です。
※攻めの女性との絡みが一話のみあります。苦手な方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる