馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

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 それでもドラゴンが討伐出来たなら、報告に戻らないわけにもいかない。全身の打ち身以外は大きな怪我のないラクレイン団長が、意識のない師匠を背負って、何とか王都まで戻った。

「討伐隊が帰還した、と王都ではお祭り騒ぎだったな」
「……ほとんど全員が死んだというのにな」

 王都に戻っても目を覚まさない師匠を医者に預けて、護衛騎士とラクレイン団長で、当時の騎士団長や王族に顛末を報告した。二人とも自分が貢献出来たとは全く思えなかったから、ドラゴン討伐の名誉はどうかアドルフ・カーティスに与えてほしいと辞退した。

「……あの選択を、私は正しかったと思っている。だが……それでカーティスに余計な負担を負わせることになったのも、事実だ」

 師匠が目を覚ますまでの間に、ドラゴンを討伐した功績で英雄の称号が贈られることが決まった。本人が出席出来ないから授与式は開かれなかったけど、王家の血筋、公爵家の家柄、ドラゴンを倒せるほどの実力、という情報は他国にまで知れ渡った。結果として、国内外の貴族、果てには他国の王族まで、アドルフ・カーティスを自分の勢力に加えようとし始めた。
 大怪我をして安静にしていなければいけないというのに、師匠が眠っている部屋に侵入して攫おうとする者はいたし、カーティス公爵家に縁談を持ち込む者も後を絶たなかった。カーティス公爵夫妻も、息子の回復を願うどころか、最もカーティス家の利益になる話はどれかと、そちらにばかり目が向いていたそうだ。

「……ドラゴンを倒したのは、あいつだ。あいつが称えられるのは当然だと、俺は思った。けど、あんなふうに……権力争いの玩具にされるとは、当時の俺はわかってなかったんだ」

 本人の与り知らぬところで、勝手に話が進められる。それを止めたくても止められず、ただ目覚めてくれと願いながら、毎日のように見舞っていたラクレイン団長の前で、ようやく師匠が目を開いた。

「ラクレイン……生きてたのか、良かった」

 ざわつく周囲を他所に、第一声がそれだった。

「ひどい話だろう? 俺はあいつを一生裏切れない」

 眠っている間に、面倒な事態に陥らせてしまったのに。自分だって、生死を彷徨うような大怪我を負っていたのに。
 ただ純粋に無事を喜ばれて、ラクレイン団長は人目を憚らず泣いたそうだ。
 驚く師匠に、一緒にいた護衛騎士が経緯や事情を説明した。責められるかとちらりと思ったけど、そうかと受け入れられただけだった。少し困ったような顔で、でも穏やかな様子のままで。

 諦めているのだと気が付いて、そこから護衛騎士とラクレイン団長で動いたらしい。すでに王太子とカーティス家の子女は結婚していたから、これ以上カーティス公爵家に力を付けさせるのは良くない。わざと奏上して王家から新しく名前を与えさせて、まずはカーティス家と切り離した。王都にいると貴族の余計な横槍が入るから、ある程度ほとぼりが冷めるまで、と東の魔女のところまで送り届けた。どうか守ってやってほしい、とウィルマさんに頭も下げたそうだ。

「……そのうち体も回復して、今のように旅をしながら、魔物に襲われる人を助け始めたんだ」
「当時は、警備部隊もなかったからな。どの町も常に魔物の脅威にさらされていた」

 国を亡ぼすほどの魔物を倒せる英雄が来てくれたら、もう大丈夫。死ななくて済む。

 魔物に怯える人たちを、師匠がそうやって助け始めた理由は二人も知らないらしい。けれど、その負担を少しでも軽くするために、当時は王族の警護とそれ以外の部隊しかなかった騎士団を、王族の警護、町の警備、魔物退治の三つの組織に改革した。それぞれが自分を鍛えて、団長にまでなった。

「そういうわけで、俺も、ヴァーリも、バルトロウには返しきれないほどの恩があるんだ」
「……あの男は、押し付けられた役割を投げ出さない。生真面目にも程がある。もっと喚いてもいいものを」

 師匠が優しいのは、知ってる。でも、もっと自由な人だと思ってた。

「……ありがとう、ございました」

 早く、師匠に会いたくなった。
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