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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい
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「師匠が、クライヴ・バルトロウが、どんな覚悟背負ってると思ってんだ……」
街道で魔物に襲われてる人がいたら、すぐに助けてた。大量の魔物が迫ってる村や町の人が、全員逃げられるまで戦ってた。誰が諦めても、師匠だけは前を向いてて、何からも逃げなくて、英雄は強いだけじゃダメなんだって言ってて。助けてって言われたら絶対に断らないし、師匠の涙を見るのは、抱いた時だけだ。
でも、師匠だって怪我をするし、助けられなかった人の墓を掘ったこともあるし、時々、一人で黙々と煙草を吸っている。寂しくて、哀しい顔で。
そういう時に俺が傍に行くと師匠が撫でてくれるけど、手から怪我をした痛みのようなものが伝わってくる。
王様で、どれだけ偉いんだとしても、そうやって師匠が作り上げている英雄を、逃げたなんて言うのは許さない。
「俺が、師匠に追いついてないだけだ……!」
けど俺が、師匠が守ってる英雄を壊すわけにはいかないから、何も言えない。言っちゃいけない。守れないのが悔しい。なんか体がぴりぴりする。喉が詰まっても、胸が痛くても、師匠がいないから、大丈夫にならない。
全部、出したら、だいじょうぶに、なれる?
「……リチャード、今のはあなたが悪いわ」
王妃の声がした。師匠と、少し顔が似てる。金色はないけど、碧の目。宝石じゃないけど、師匠、みたいに、ちょっとだけ、あったかい。
そうだ、大人しくしてろって、噛み付くなって、言われたんだっけ。
「あなたが、あの子を英雄にしたんでしょう? そのあなたが、裏切ってはいけないのではなくて?」
騎士が何か言ってる。けどそれよりも、握ってた手を王妃に両手で包み込まれて、急いで力を抜いた。大人しく、しないと。噛み付くなって、言ってた。この人は師匠の血縁だから、怪我させたらいけない。
「ごめんなさい。あの子は……英雄なのよね」
手を撫でられて、ちょっとずつぴりぴりが落ちついてくる。王妃は師匠じゃないけど、大丈夫に、なってきた気がする。でも、早く師匠を見つけないと、やっぱりダメだ。王妃じゃなくて、師匠にぽんぽんしてほしい。
「……師匠に会いたい」
「そうね、会いたいわね」
気付いたら、王妃しか近くにいなかった。王様と騎士は部屋にいなくて、ミーチャさんは壁の近くまで下がっている。その壁も、入った時にはなかったはずの傷が付いてて、そういえば、何だか部屋の中が荒れている気がする。カーテンはびりびりだし、壁にも床にも家具にも、真新しい傷が出来ていて、何でだ。
「落ちついたかしら」
「……た、ぶん……」
落ちついたって、何だ。王妃とミーチャさんは特に怪我をしていなさそうだけど、王様と騎士は部屋にいないから、わからない。こんなところまで魔物が入ってくるわけないし、怪しいやつが来たなら王妃とミーチャさんだけ残ってるのもおかしい。
「早急にバルトロウ様をお捜しする必要がございますね」
「そうね、ミーチャ。モンドールに頼んでおいてくれるかしら?」
「承りました、妃殿下」
ミーチャさんが扉を開けて、王妃に手を引かれて元の部屋に戻る。王様がスライムから人間に戻っていて、騎士には軽く睨まれた。今日は叩きのめしてないのに。
「ルイくん、いいこと?」
睨み返してたら王妃に頬を撫でられて、やんわりと向きを変えられた。何となく、そういうところも師匠に似ている気がする。
「こちらできちんと情報を集めるから、少し待っていてちょうだい。ルイくんにはその間、別の任務をお願いします」
「任務?」
王都で俺が出来ることはないから、自分でも捜しに行こうと思ってた。途中でモンドールさんのお店に寄れば情報は聞けるだろうし、師匠がどこにいるかわからないけど、魔物を倒して回ってれば会えるかもしれない。師匠を捜しに行く話じゃなかったら、任務とかいうのはやりたくない。
「ええ。いろんな人からクライヴの話を聞くっていう、大事な任務よ」
師匠の話。
細かいところは進めておくから、という王妃の言葉に乗って、もう少し王都に滞在することにした。
街道で魔物に襲われてる人がいたら、すぐに助けてた。大量の魔物が迫ってる村や町の人が、全員逃げられるまで戦ってた。誰が諦めても、師匠だけは前を向いてて、何からも逃げなくて、英雄は強いだけじゃダメなんだって言ってて。助けてって言われたら絶対に断らないし、師匠の涙を見るのは、抱いた時だけだ。
でも、師匠だって怪我をするし、助けられなかった人の墓を掘ったこともあるし、時々、一人で黙々と煙草を吸っている。寂しくて、哀しい顔で。
そういう時に俺が傍に行くと師匠が撫でてくれるけど、手から怪我をした痛みのようなものが伝わってくる。
王様で、どれだけ偉いんだとしても、そうやって師匠が作り上げている英雄を、逃げたなんて言うのは許さない。
「俺が、師匠に追いついてないだけだ……!」
けど俺が、師匠が守ってる英雄を壊すわけにはいかないから、何も言えない。言っちゃいけない。守れないのが悔しい。なんか体がぴりぴりする。喉が詰まっても、胸が痛くても、師匠がいないから、大丈夫にならない。
全部、出したら、だいじょうぶに、なれる?
「……リチャード、今のはあなたが悪いわ」
王妃の声がした。師匠と、少し顔が似てる。金色はないけど、碧の目。宝石じゃないけど、師匠、みたいに、ちょっとだけ、あったかい。
そうだ、大人しくしてろって、噛み付くなって、言われたんだっけ。
「あなたが、あの子を英雄にしたんでしょう? そのあなたが、裏切ってはいけないのではなくて?」
騎士が何か言ってる。けどそれよりも、握ってた手を王妃に両手で包み込まれて、急いで力を抜いた。大人しく、しないと。噛み付くなって、言ってた。この人は師匠の血縁だから、怪我させたらいけない。
「ごめんなさい。あの子は……英雄なのよね」
手を撫でられて、ちょっとずつぴりぴりが落ちついてくる。王妃は師匠じゃないけど、大丈夫に、なってきた気がする。でも、早く師匠を見つけないと、やっぱりダメだ。王妃じゃなくて、師匠にぽんぽんしてほしい。
「……師匠に会いたい」
「そうね、会いたいわね」
気付いたら、王妃しか近くにいなかった。王様と騎士は部屋にいなくて、ミーチャさんは壁の近くまで下がっている。その壁も、入った時にはなかったはずの傷が付いてて、そういえば、何だか部屋の中が荒れている気がする。カーテンはびりびりだし、壁にも床にも家具にも、真新しい傷が出来ていて、何でだ。
「落ちついたかしら」
「……た、ぶん……」
落ちついたって、何だ。王妃とミーチャさんは特に怪我をしていなさそうだけど、王様と騎士は部屋にいないから、わからない。こんなところまで魔物が入ってくるわけないし、怪しいやつが来たなら王妃とミーチャさんだけ残ってるのもおかしい。
「早急にバルトロウ様をお捜しする必要がございますね」
「そうね、ミーチャ。モンドールに頼んでおいてくれるかしら?」
「承りました、妃殿下」
ミーチャさんが扉を開けて、王妃に手を引かれて元の部屋に戻る。王様がスライムから人間に戻っていて、騎士には軽く睨まれた。今日は叩きのめしてないのに。
「ルイくん、いいこと?」
睨み返してたら王妃に頬を撫でられて、やんわりと向きを変えられた。何となく、そういうところも師匠に似ている気がする。
「こちらできちんと情報を集めるから、少し待っていてちょうだい。ルイくんにはその間、別の任務をお願いします」
「任務?」
王都で俺が出来ることはないから、自分でも捜しに行こうと思ってた。途中でモンドールさんのお店に寄れば情報は聞けるだろうし、師匠がどこにいるかわからないけど、魔物を倒して回ってれば会えるかもしれない。師匠を捜しに行く話じゃなかったら、任務とかいうのはやりたくない。
「ええ。いろんな人からクライヴの話を聞くっていう、大事な任務よ」
師匠の話。
細かいところは進めておくから、という王妃の言葉に乗って、もう少し王都に滞在することにした。
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