馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

文字の大きさ
上 下
70 / 116
野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

1-2

しおりを挟む
「師匠が、クライヴ・バルトロウが、どんな覚悟背負ってると思ってんだ……」

 街道で魔物に襲われてる人がいたら、すぐに助けてた。大量の魔物が迫ってる村や町の人が、全員逃げられるまで戦ってた。誰が諦めても、師匠だけは前を向いてて、何からも逃げなくて、英雄は強いだけじゃダメなんだって言ってて。助けてって言われたら絶対に断らないし、師匠の涙を見るのは、抱いた時だけだ。
 でも、師匠だって怪我をするし、助けられなかった人の墓を掘ったこともあるし、時々、一人で黙々と煙草を吸っている。寂しくて、哀しい顔で。
 そういう時に俺が傍に行くと師匠が撫でてくれるけど、手から怪我をした痛みのようなものが伝わってくる。

 王様で、どれだけ偉いんだとしても、そうやって師匠が作り上げている英雄を、逃げたなんて言うのは許さない。

「俺が、師匠に追いついてないだけだ……!」

 けど俺が、師匠が守ってる英雄を壊すわけにはいかないから、何も言えない。言っちゃいけない。守れないのが悔しい。なんか体がぴりぴりする。喉が詰まっても、胸が痛くても、師匠がいないから、大丈夫にならない。

 全部、出したら、だいじょうぶに、なれる?

「……リチャード、今のはあなたが悪いわ」

 王妃の声がした。師匠と、少し顔が似てる。金色はないけど、碧の目。宝石じゃないけど、師匠、みたいに、ちょっとだけ、あったかい。
 そうだ、大人しくしてろって、噛み付くなって、言われたんだっけ。

「あなたが、あの子を英雄にしたんでしょう? そのあなたが、裏切ってはいけないのではなくて?」

 騎士が何か言ってる。けどそれよりも、握ってた手を王妃に両手で包み込まれて、急いで力を抜いた。大人しく、しないと。噛み付くなって、言ってた。この人は師匠の血縁だから、怪我させたらいけない。

「ごめんなさい。あの子は……英雄なのよね」

 手を撫でられて、ちょっとずつぴりぴりが落ちついてくる。王妃は師匠じゃないけど、大丈夫に、なってきた気がする。でも、早く師匠を見つけないと、やっぱりダメだ。王妃じゃなくて、師匠にぽんぽんしてほしい。

「……師匠に会いたい」
「そうね、会いたいわね」

 気付いたら、王妃しか近くにいなかった。王様と騎士は部屋にいなくて、ミーチャさんは壁の近くまで下がっている。その壁も、入った時にはなかったはずの傷が付いてて、そういえば、何だか部屋の中が荒れている気がする。カーテンはびりびりだし、壁にも床にも家具にも、真新しい傷が出来ていて、何でだ。

「落ちついたかしら」
「……た、ぶん……」

 落ちついたって、何だ。王妃とミーチャさんは特に怪我をしていなさそうだけど、王様と騎士は部屋にいないから、わからない。こんなところまで魔物が入ってくるわけないし、怪しいやつが来たなら王妃とミーチャさんだけ残ってるのもおかしい。

「早急にバルトロウ様をお捜しする必要がございますね」
「そうね、ミーチャ。モンドールに頼んでおいてくれるかしら?」
「承りました、妃殿下」

 ミーチャさんが扉を開けて、王妃に手を引かれて元の部屋に戻る。王様がスライムから人間に戻っていて、騎士には軽く睨まれた。今日は叩きのめしてないのに。

「ルイくん、いいこと?」

 睨み返してたら王妃に頬を撫でられて、やんわりと向きを変えられた。何となく、そういうところも師匠に似ている気がする。

「こちらできちんと情報を集めるから、少し待っていてちょうだい。ルイくんにはその間、別の任務をお願いします」
「任務?」

 王都で俺が出来ることはないから、自分でも捜しに行こうと思ってた。途中でモンドールさんのお店に寄れば情報は聞けるだろうし、師匠がどこにいるかわからないけど、魔物を倒して回ってれば会えるかもしれない。師匠を捜しに行く話じゃなかったら、任務とかいうのはやりたくない。

「ええ。いろんな人からクライヴの話を聞くっていう、大事な任務よ」

 師匠の話。

 細かいところは進めておくから、という王妃の言葉に乗って、もう少し王都に滞在することにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

色狂い×真面目×××

135
BL
色狂いと名高いイケメン×王太子と婚約を解消した真面目青年 ニコニコニコニコニコとしているお話です。むずかしいことは考えずどうぞ。

没落貴族の愛され方

シオ
BL
魔法が衰退し、科学技術が躍進を続ける現代に似た世界観です。没落貴族のセナが、勝ち組貴族のラーフに溺愛されつつも、それに気付かない物語です。 ※攻めの女性との絡みが一話のみあります。苦手な方はご注意ください。

風紀委員長様は今日もお仕事

白光猫(しろみつにゃん)
BL
無自覚で男前受け気質な風紀委員長が、俺様生徒会長や先生などに度々ちょっかいをかけられる話。 ※「ムーンライトノベルズ」サイトにも転載。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...