40 / 116
仔犬、負け犬、いつまで経っても
4-2
しおりを挟む
師匠がさらさらと翻訳した文字を書いていく。文字の読み方も書き方も師匠に習ったけど、俺の文字は師匠みたいに綺麗じゃない。読めなくはないけど上手とは言えないはずだ。師匠の字は読みやすくて、建物のレリーフとか絵とかみたいに綺麗で、これがお手本だったのに何で上手く書けないのか、自分でもよくわからない。
「師匠」
「んー……?」
邪魔をしないようにじっとしてたけど、ちょっと飽きてきて師匠に声を掛けた。生返事だけど、師匠はいつもちゃんと俺の話に耳を傾けてくれる。だから気にせず、師匠に抱き付いてぽかぽかした気持ちのまま話を続ける。
「俺がもっと魔術使えるようになったら、師匠ともっと一緒にいられる?」
「……うん?」
珍しく不思議そうな声を上げて、手を止めた師匠が肩越しに俺を振り向いた。瞳がいつもよりきらきらして見える。遺跡の中での調査が続いてあまり魔物とも戦っていないから、魔力が多くなってきているのかもしれない。
「俺が魔術使えるようになったら、便利になるから、師匠と一緒にいられる?」
師匠は自分の体の外に魔力を出せないから、自分の体を強化することは出来ても、火を点けたり水を出したりする魔術は使えない。
だから俺がそういう魔術を上手く使えるようになったら、師匠が便利になるから、傍に置いてもらえるはずだ。煙草の火を点けるのが楽になるし、水筒で水を持ち運ばなくても済むようになる。洗濯物だってすぐ乾かせるし、土を盛り上げてすぐに屋根を作ることだって出来る。便利な道具でも、犬扱いでも、何でもいいから俺は師匠の傍にいたい。
師匠が少し動いたから、仕方なく手を離す。くっついてたら師匠のにおいがして、くっついてるところがあったかくてたくさん嬉しくなるから、出来るなら師匠に抱き付いていたい。普段は、くっつこうとしたら蹴り飛ばされる。
石の上で俺と向かい合うように座り直して、軽く眉根を寄せた師匠が口を開いた。
「……あのな、テメェはもういい大人」
「やだ」
言葉の途中で遮って、正面から師匠に抱き付く。いつもだったら許してもらえないけど、今日は師匠が甘やかしてくれるから、たぶん引き剥がされない。
「俺は師匠がいい」
確かに、拾ってもらった時は子供で、師匠に育ててもらったからもう大人にはなってるけど、だからって師匠から離れようと思うわけがない。何回言っても伝わらないなら、何回でも言うだけだ。
俺が欲しいのは師匠だけで、師匠と一緒にいられるなら何でもするし、師匠が離れろって言ってもそれには絶対うんって言わない。親離れとか、独り立ちとか、そんなのは知らない。
拾ってもらった時からずっと、師匠だけがいい。
「……あのなぁ……」
呆れられても構わない。この人と一緒じゃなくなるのより、ずっとずっといい。
「師匠がいい」
もう一度言って、師匠の肩に頭を擦り付ける。ちゃんと魔術を習って、師匠の役に立つようにするから、傍にいさせてほしい。ぎゅって必死でくっついてたら、師匠の手が動いて、背中を撫でてくれた。
「……でっけーガキだな、テメェは」
優しい。師匠がいつもよりたくさん優しい。これもご褒美だろうか。ぐるぐる喉を鳴らして、頭を擦り寄せて師匠に甘える。背中でも撫でてもらえるのは嬉しくて、もっと先まで欲しいけど、まだ我慢しないといけない。
「いい子にしてろ。仕事がまだ終わってねぇ」
「はい、師匠」
「……くっついてんのは、許してやるから」
ちょっと驚いて顔を上げたら、前は邪魔だから後ろって言われた。急いで頷いて、師匠の邪魔にならないようにどいて、資料に向き直った背中にまたくっつく。くっついているところが、ぽかぽかだ。
師匠にくっついていると、いいにおいがする。煙草のにおいももちろんするけど、たぶん師匠のにおいなんだと思う。ふわふわのベッドに包まれてるような、甘い気持ちになれるいいにおい。
「…………いい子にしてろ、気が散る」
「ごめんなさい、師匠」
すんすん嗅いでたらちょっと怒られた。あとはちゃんと大人しくして、師匠の作業が終わるまでいい子にしてた。
「師匠」
「んー……?」
邪魔をしないようにじっとしてたけど、ちょっと飽きてきて師匠に声を掛けた。生返事だけど、師匠はいつもちゃんと俺の話に耳を傾けてくれる。だから気にせず、師匠に抱き付いてぽかぽかした気持ちのまま話を続ける。
「俺がもっと魔術使えるようになったら、師匠ともっと一緒にいられる?」
「……うん?」
珍しく不思議そうな声を上げて、手を止めた師匠が肩越しに俺を振り向いた。瞳がいつもよりきらきらして見える。遺跡の中での調査が続いてあまり魔物とも戦っていないから、魔力が多くなってきているのかもしれない。
「俺が魔術使えるようになったら、便利になるから、師匠と一緒にいられる?」
師匠は自分の体の外に魔力を出せないから、自分の体を強化することは出来ても、火を点けたり水を出したりする魔術は使えない。
だから俺がそういう魔術を上手く使えるようになったら、師匠が便利になるから、傍に置いてもらえるはずだ。煙草の火を点けるのが楽になるし、水筒で水を持ち運ばなくても済むようになる。洗濯物だってすぐ乾かせるし、土を盛り上げてすぐに屋根を作ることだって出来る。便利な道具でも、犬扱いでも、何でもいいから俺は師匠の傍にいたい。
師匠が少し動いたから、仕方なく手を離す。くっついてたら師匠のにおいがして、くっついてるところがあったかくてたくさん嬉しくなるから、出来るなら師匠に抱き付いていたい。普段は、くっつこうとしたら蹴り飛ばされる。
石の上で俺と向かい合うように座り直して、軽く眉根を寄せた師匠が口を開いた。
「……あのな、テメェはもういい大人」
「やだ」
言葉の途中で遮って、正面から師匠に抱き付く。いつもだったら許してもらえないけど、今日は師匠が甘やかしてくれるから、たぶん引き剥がされない。
「俺は師匠がいい」
確かに、拾ってもらった時は子供で、師匠に育ててもらったからもう大人にはなってるけど、だからって師匠から離れようと思うわけがない。何回言っても伝わらないなら、何回でも言うだけだ。
俺が欲しいのは師匠だけで、師匠と一緒にいられるなら何でもするし、師匠が離れろって言ってもそれには絶対うんって言わない。親離れとか、独り立ちとか、そんなのは知らない。
拾ってもらった時からずっと、師匠だけがいい。
「……あのなぁ……」
呆れられても構わない。この人と一緒じゃなくなるのより、ずっとずっといい。
「師匠がいい」
もう一度言って、師匠の肩に頭を擦り付ける。ちゃんと魔術を習って、師匠の役に立つようにするから、傍にいさせてほしい。ぎゅって必死でくっついてたら、師匠の手が動いて、背中を撫でてくれた。
「……でっけーガキだな、テメェは」
優しい。師匠がいつもよりたくさん優しい。これもご褒美だろうか。ぐるぐる喉を鳴らして、頭を擦り寄せて師匠に甘える。背中でも撫でてもらえるのは嬉しくて、もっと先まで欲しいけど、まだ我慢しないといけない。
「いい子にしてろ。仕事がまだ終わってねぇ」
「はい、師匠」
「……くっついてんのは、許してやるから」
ちょっと驚いて顔を上げたら、前は邪魔だから後ろって言われた。急いで頷いて、師匠の邪魔にならないようにどいて、資料に向き直った背中にまたくっつく。くっついているところが、ぽかぽかだ。
師匠にくっついていると、いいにおいがする。煙草のにおいももちろんするけど、たぶん師匠のにおいなんだと思う。ふわふわのベッドに包まれてるような、甘い気持ちになれるいいにおい。
「…………いい子にしてろ、気が散る」
「ごめんなさい、師匠」
すんすん嗅いでたらちょっと怒られた。あとはちゃんと大人しくして、師匠の作業が終わるまでいい子にしてた。
5
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
没落貴族の愛され方
シオ
BL
魔法が衰退し、科学技術が躍進を続ける現代に似た世界観です。没落貴族のセナが、勝ち組貴族のラーフに溺愛されつつも、それに気付かない物語です。
※攻めの女性との絡みが一話のみあります。苦手な方はご注意ください。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる